Going Merry



 − 1 −

 「今年のイブは、お友達と過ごすの」

 週末、実家に帰った時にそう言うと、パパは仕事関係のクリスマスパ−ティ−に
 私と一緒に行けないことを残念がりつつ、少し早目のプレゼントをくれた。

 日付限定の某テ−マパ−クのパスポ−トチケット。
 ペア2組でパ−ク内にある有名ホテルの宿泊券付。

 〔へ−、豪勢じゃない♪いいわよ。
  女二人でってのも何だけど、ウチで飲み明かすよりはマシかもね〕

 ナミさんからはOKの返事。
 もう1組分は、どうしよう?
 何人かの友達に聞いたけど、皆その日は別の予定が入ってしまっているのだそうだ。
 …そりゃ、もうとっくに12月だものね。

 デ−トの時、サンジさんに欲しがりそうなカップルに心当たりはないかと尋ねると
 ニッコリ笑って言った。

 「俺と一緒に行こうv」

 「え、でも…」

 限定日は12月24日から25日にかけて。
 世間一般で言うトコロの、クリスマス・イブからクリスマス。
 レストランにとって、一年で最も忙しい掻き入れ時だ。
 だから、去年は実家に戻っていたのだけれど、パパと秘書のイガラムにパ−ティ−に
 連れ出されて…。
 イブの夜に父親と一緒なものだから、恋人の一人も居ないと思われて
 若手の実業家だの何処かの御曹司だのが取っかえ引っかえ。
 ウンザリだったのだ。

 「サンジさん、お店が…」

 言いかけた言葉を遮るように、もう一度。

 「一緒に行こうよ、ビビちゃんvv」

 お付き合いを始めて、早一年と八ヶ月。
 それでも、コドモのような満面の笑顔で言われてしまうと
 相変わらず私には『Yes』しか返事がない。
 コクリと頷いてから、あっと思った。

 「どうしよう…。ナミさん、楽しみにしてるって」

 彼氏が武者修行の旅に出たまま音信不通のナミさんと、私と。
 二人で騒いでイブを過ごそうという計画だったのだ。

 「ああ、そっちも大丈夫。
  クソ剣士が昨日の晩に帰ってるからさ」

 「Mr.ブシド−が?良かった!!
  じゃあ、ナミさんも今年は彼と過ごせるのね」

 「ミスタ−……何?」

 サンジさんが怪訝なカオをする。

 「ゾロさんのニックネ−ムなんです。
  “Mr.武士道(ブシド−)”。ナミさんやサンジさんから聞いた話で思いついたの。
  ピッタリでしょう?でも、ご本人にはナイショですよ」

 ゾロさんはナミさんの彼氏で、サンジさんのお友達。
 でも、お話する機会もほとんど無いし、いつもムスッとしててチョットとっつきが悪い。
 だから、親しみが持てるようにと思って。
 好きな人の好きな人は、私も好きになりたいから。

 「ふ−ん。ま、確かに剣術馬鹿だしな。
  けど、『武士は食わねど高楊枝』ってのはアイツには当てはまんね−よ?
  昨日の晩さぁ、帰ったらドアの前にのっそり立ってやがって。
  ど−したかと思ったら『腹減って死にそうだ』なんてぬかしやがるし。
  ありあわせで食わせてやったけど、バクバク遠慮もね−の」

 「サンジさんって、いつも御飯作ってあげてるみたいね」

 笑いながら言うと、タバコを横咥えにして頬杖をついた。

 「しょ−がねェよ。コックの端くれとしちゃ、知り合いが餓死するなんて恥だしさ」

 カオはいかにも迷惑そうなのに、目は笑ってる。
 …器用なヒトだなぁ…。

 〔間もなく第二幕が始まります。ホ−ルにおいでのお客様は……〕

 場内アナウンスが着席を促す。
 今日は評判のお芝居を見に来たのだ。
 季節柄、劇場のホ−ルにも色とりどりの光を積み上げたようなツリ−が飾られている。
 さっきまでは少し淋しい気分で眺めていたのに、ゲンキンなモノで今は一段とキラキラして
 楽しげに見えてしまう。

 「…んじゃ、もう1組はあの二人にってコトで。
  せっかく一週間振りのデ−トなんだし、クソマリモの話はこんくらいにしようね?」

 喫煙コ−ナ−の灰皿にタバコを押し付けて、サンジさんが私の肩に手を置いた。
 サンジさんってブシド−のことを話す時、たいてい前か後ろに馬鹿とかクソとか付ける。
 まるで、枕詞(まくらことば)みたい。
 男の人同士の友情って、皆こんなのかしら?
 私とナミさんとは、全然違う。

 しょっちゅう会うワケでもないし、一緒に遊びにいくワケでもない。
 でも、相手のことを心の何処かに留めているのね。

 そういうのって、イイなって思う。





 − 2 −

 カ−ラジオから流れるのは、スタンダ−ドから最新ヒットチャ−トまで
 洋楽邦楽取り混ぜてのクリスマス・ラブソング。
 歌の中の恋人達は、二人っきりでヨロシクやってんのによ−。

 「…何で、おめェが助手席なんだよ?」

 クリ−ニングしたばかりのダ−クグレ−のロングコ−トにカシミヤのマフラ−。
 その下は黒のス−ツと卸したてのブル−のワイシャツ、ピカピカの革靴でキメた俺。

 「知るかよ。オンナ共に訊け」

 色褪せたオリ−ブグリ−ンのダウンジャケットに、毛玉の浮いたマフラ−。
 着古してヨレヨレになったジ−ンズ。
 ワンパタ−ンの冬装束をしたクソマリモが、愛車の助手席で面倒臭そうに言う。
 “福井”と“福岡”の区別もつかね−クセに、偉そうなんだよクソ迷子!!

 後ろの座席に並んだ二人のレディ−は、ガイドブックを広げてお喋りに花を咲かせている。

 同じ日に同じ場所に行くのだからと、現地への送り迎えまでさせられるハメになっちまった。

 「だって、ゾロは免許ないし。ノジコがスキ−に行ってて、ウチの車ないしね。
  電車は込むから嫌だし。ホント、助かるわ〜♪」

 ナミさんはそう言ってニ〜ッコリと笑い、さっさとビビちゃんの腕を引っ張って
 後ろのシ−トに滑り込んだ。
 これは多分、俺に対するささやかな嫌がらせに違いねェ。
 ナミさんはたま〜にこんな具合に俺とビビちゃんの邪魔をしてくれるのだ。

 皆に愛される天使を恋人に持った男は辛いねェ〜。
 もっとも、ビビちゃんはナミさんの意図には全く気づいてねェようだけど。
 …天使っていうか……、天然?

 時折、俺達に聞こえねェようにナミさんがビビちゃんの耳元で何事か囁く。
 するとビビちゃんは頬を染め、俺の方を気にしつつナミさんの耳元に囁きを返す。
 朝も早よから人前で、ンなラブラブっぽいコト。俺にだってしてくれたことね−のに−!!

 ふいにビビちゃんが、それまでの内緒話を打ち切るように明るく言った。

 「そういえば、ナミさん達と一緒って初めてですね」

 「たまにはWデ−トってのも新鮮じゃない?」

 ……ソレは勘弁してくれぇ〜〜。

 俺は心で叫んだが、隣のマリモも同じことを思っていたに違ぇねェ。
 ナミさんはともかく、なんでイブに野郎のツラなんぞ…。


    * * *


 クリスマス・イブといえば、キリスト降誕祭の前夜。
 本来は教会のミサに行く敬虔な日である筈が、何時の間にやらお祭り好きのこの国では
 “恋人達のイベント日”になっちまった。
 そんなワケで、レディ−方の服装にも今日への気合が見て取れる。

 ビビちゃんの装いは、真っ白なアンゴラのフ−ド付ハ−フコ−ト。
 ショ−トブ−ツもタイツも手袋も白一色で、まさに可憐な雪ウサギちゃんvv

 ナミさんはと言えば、フェイクム−トンのショ−トコ−トに、レザ−のミニスカ。
 そして、ロングブ−ツ。
 さすがナミさん。セクシ−でワイルド、かつキュ−トな着こなしだvv

 レディ−の美しさを褒め称える俺を白けた目で眺めていたゾロは、

 「あんたも偶にはサンジ君を見習って、自分のカノジョを褒めてみれば?」

 とナミさんにせっつかれ、こうのたまった。

 「ビビがウサギだってんなら、おまえはさしずめトラ猫か」

 ブ−ツの踵で、履き古したア−ミ−ブ−ツの甲を思いっきり踏んづけられるマリモ頭に
 俺は白い溜息を吐いた。

 ……せめて、“雌豹”ぐらい言えよな…。


    * * *


 まぁったく。
 こんな剣術馬鹿にナミさんも良く付き合ってくれてるよな。
 ちったぁ感謝して、たまのデ−トぐらいリップサ−ビスの一つも言えねェのか?
 金もかかんね−し年中文無しにゃ、うってつけじゃねェか。

 高校の頃から変わんね−な、おめェはよ。

 …あ、俺か?
 俺が麗しのレディ−に捧げる言葉は、何時だって本気も本気。
 特に愛しのプリンセスにはvv

 こ〜んなに可愛くて優しくて美しくて素敵なレディ−は、他にドコにもいねェしな。

 扱いにくい雌豹ってのも捨てがたいけれど、俺はふわふわでや〜らかいウサギちゃんを
 美味しく頂きたいワケだ。

 だから、そっちはそっちで上手くやってくれ。
 俺達の邪魔、すんじゃねェぞ!!





 − 3 −

 ホテル専用の駐車場に車を止め、まずチェックインを済ませる。
 サンジとビビで一室。俺とナミとで一室。
 誰に確認をするでもなく、当たり前のように振られた部屋割りに、ビビは頬を赤くして
 恥ずかしそうに顔を伏せた。

 まあったく、こ−いうのを“初々しい”ってんだろうな。
 こいつ等が付き合い出して、二年近いってのによ。
 相変わらず、エロコックの口から出るのはこの女の名前だけだ。
 いい加減、聞き飽きたって−の。

 まあ、修行から戻ったばかりで無一文のところをタダ飯食わせてもらったんだから
 黙って聞いてやったけどよ。

 …いや、こいつの口から出る女の名前は、もう一つあった。
 俺の顔を見るたびに。
 見るたびに見るたびに、しつこく。

 『ところでおめェ、ナミさんに帰ったコ−ルしたんだろ−な?
  何ィ、まだだぁ!?
  ボケッツ!!お湯割り焼酎なんぞ呑んでる場合じゃね−だろ−が!!?』

 梅干も置いてね−クセに、偉そうに指図すんなよなエロ眉毛。
 俺が土産に持って来た芋焼酎じゃね−か。
 …北陸に行くつもりが、なんで九州に着いちまったのかはわかんね−が。

 そんなことを思い出しながら、ハンドバッグ一つで前を歩くナミの後に続く。
 たった一泊だってのに、何が入ってんだ?持たされた鞄はけっこう重い。
 ちなみに俺は手ぶらだ。
 それに気付いたナミとサンジからは、

 『替えの下着くらいないの(か)!?』

 と言われた。

 『別に必要ねぇだろ?たかが一泊だし、昨日替えたばかりだしよ』

 と答えると、うっと声を詰まらせて半歩引き、顔に縦三本線と汗を浮かべた。
 申し合わせたワケでもねぇだろうに、ソックリ同じかよ。

 …こいつらには、そ−いうコトがよくある。

 「おめェ、ナミさんと御一緒だってのに、その仏頂面何とかしろ」

 自分のとビビのと。
 二つ分の鞄を手にしたエロコックに囁かれて、俺は言った。

 「うるせぇな。この顔は生まれつきだ」


    * * *


 テ−マパ−クのホテルだって−から、てっきり縫いぐるみやらで溢れかえってんのかと
 思ったが、そういうワケでもねぇんでホッとした。
 その代わり、こんなところにまでツリ−がある。

 たく、墓石と仏壇拝んでる人種が、何で十字架の神さんの誕生日に大騒ぎすんだかな。
 それでも一流ホテルとか言うだけあって、やたらにだだっ広い。
 二つ続きの部屋で、奥の一部屋にはどでかいベッドが二つ。
 一つで用は足りるってのに、無駄なことしやがるぜ。
 いかにも金が掛っていそうで、ナミやサンジあたりは気に入るだろうがな。

 洗面台にゃ、髭剃り用のクリ−ムだのロ−ションだの一通り揃っている。
 …やっぱ、手ぶらで済むじゃねぇかよ。
 てか、この風呂桶のデカさならココでも十分…。

 「…あんたがナニ考えてたか、当ててみましょうか?」

 用を足して、風呂場兼便所から出たところに声を掛けられて、焦った。
 とにかく、このオンナはやたらにカンが良い。

 振り向いた首がギギギッと音をたてる。
 両腕を胸の前に組んで、少し脚を開いて顎を引いて。
 コイツが怒っている時のキメポ−ズだ。

 「ビビのコト。初々しくって、可愛いって思ったでしょう?
  …ドコかのダレかとは違ってね!!」

 「……あァ?」

 ほんのついさっきまで、上機嫌だったじゃねぇかよ。
 このオンナは突然に凄まじく不機嫌になる。
 俺にはその理由も原因も、サッパリ理解出来ねぇ。
 ただ判っているのは、一旦そうなったらもう、手がつけられねぇってコトだけだ。

 はああぁ〜っと、溜息を吐いた瞬間にナミはくるりと背中を向けた。

 「どおぉ〜せ!あんたにとって、あたしはその程度の存在ってコトよね!!」

 …だから、ど−してそうなるんだよ!?





 − 4 −

 後も見ずに部屋を出て、エレベ−タ−に乗った。
 キ−を抜くのに手間取ったゾロの鼻先で、閉まりかけたドア。
 こいつときたら、ゴツイ手を隙間に突っ込んで力任せにこじ開け乗り込んできた。

 「あんた、馬鹿!?壊したらどうすんのよ!!
  万年金欠のクセして、弁償できんの!!?」

 「うるせぇな!てめぇこそ何だよ!?」

 そっちこそ、何よ!!
 例によって二ヶ月以上も音信不通にして、やっと帰ってきて。
 三年振りにイブを一緒に過ごせると思ったのに、何でぼんやりしてんのよ!!!
 ど−せ、こんな人込みばっかでチャラチャラした場所なんて、来たくなかったのよね!!?
 あんたって、いっつもそう!!
 付き合って六年間、まともなデ−トスポットなんてロクに行ったコトないじゃない!!!

 喉の奥まで出かかった言葉を飲み込んで、あたしはそっぽを向いた。
 また、ゾロが溜息を吐く。

 『付き合ってらんねぇ』

 そう、言っているように聞こえた。


 悔しい。
 悔しい。
 指折り数えて、今日を楽しみにしてたのに。
 絶対に間に合わせようって、頑張って徹夜までしたのに。
 一人で浮かれてた自分が、バッカみたい。


    * * *


 一階のロビ−に着くと、ビビとサンジ君がホテルのソファ−に並んで座っていた。
 あたし達を待っていたんだろう。
 ここから直接パ−クに入ることが出来るのだ。

 「いいわよ、別に!!無理して付き合ってくれなくたって!!!」

 「…だから、ンなこと言ってねぇだろ!!?」

 言い争いながらエレベ−タ−を降りるあたし達に、立ち上がったビビは眸を丸くし
 サンジ君は深く溜息を吐いた。

 「ナミさん、一体どうしたんですか?」

 「言わんこっちゃねェ。おい、クソマリモ!おめェ、またナミさんに…」

 二人の声を、あたしはワザとらしい明るさで遮った。

 「ね〜ぇ、ゾロがイイコト思いついたのよ?」

 「おい!?」

 「たまには相手を変えてみない?」

 「「ナミさん?」」

 ビビの声とサンジ君の声が、キレイにハモる。

 「なによサンジ君、あたしとじゃ不満なワケ?」

 上目遣いに詰め寄ると、思ったとおり。

 「そんな、滅相もない〜。
  ナミさんからのお誘いなんて、光栄すぎて夢のよう……っと……」

 条件反射のように何時もの調子で軽口を叩き、しまったと口を噤む。
 ビビが大真面目な顔で言った。

 「…そうですか、判りました。
  行きましょう、Mr.ブシド−」

 ビビはゾロの腕を取り、引っ張った。
 あっけに取られたゾロが、半ば引きずられるように直通ゲ−トに向う。

 「お、おい…」

 「ビビちゃ…」

 「さ、こっちも行くわよ。サンジ君」

 ビビに向って伸ばしかけたのと反対側の腕を掴んで、ぐいと引っ張った。
 フェミニストの彼があたしの手を振り払える筈もなく、やっぱり引きずられるサンジ君は
 ゲ−トを通過するや反発し合う磁石のように離れていくゾロの背中に向って叫んだ。

 「クソ剣士!!ビビちゃんに変な真似しやがったら、100万回オロス〜〜!!!」

 「エロコック!!てめぇにだけは言われたくねえ!!!」

 すれ違う家族連れが、何事かと振り返る。
 あたしは即座にサンジ君の後頭部に拳を振い、ビビは背中を向けたままで足を速めた。


 …ごめんね、ビビ。
 ごめんね、ごめんね。
 後で幾らでも謝るから、ちょっとだけサンジ君貸して。

 今は、その剣術馬鹿のカオを見ていたくないの。



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