piece



人の動く気配に、意識が覚醒する。
長い逃亡生活で染み付いた習性は、安心して眠れる場所を得ても
容易に抜けるものではない。
身体をハンモックの上に横たえたまま、“目”を生やす。

航海士さんが、クロ−ゼットの前にぺたんと座り込んでいた。
いつもの彼女の起床時刻には、一時間程早い。
天候が変ったのかと、見張り台にも“目”を生やしてみたが
波は穏やかで、明けたばかりの空は蒼く澄んでいる。

引き出しを覗き込んで動こうとしない航海士さんは、やがて手を伸ばした。
彼女が中から取り出したのは、キャミソ−ルでもミニスカ−トでもない。

木彫りの枠に支えられた、“永久指針(エタ−ナルポ−ス)”
その指針は、今も真っ直ぐに砂の国に向けられている。


   * * *


狙撃手さんが、船医さんに昔話をしている。
彼等がグランドラインに入ってから、船医さんの故郷の冬島にやって来るまでの
短い間のことを。

お腹の中に人が住んでいる、大きなクジラ
岩だらけの賞金稼ぎの島
二人の巨人が百年もの決闘を続ける太古の恐竜の島
“島喰い”と呼ばれる大金魚

もう何度もした話の筈なのに、船医さんがしきりにせがむ。
狙撃手さんも、『もっと凄ェ冒険があるのによぉ…』と言いながら嬉しそうに話す。
話す度に敵の人数は桁が増え、大きさを表す描写はレベルUpしているのだけれど
それは二人にとって重要なことではないのだろう。

一番大事なのは、そこにいつも空色の髪の少女と一羽のカルガモが居るということだ。


   * * *


船長さんが、いつもどおり羊頭の上に座っている。
けど、見ているのは海ではなく良く晴れた空。

この海域の色は、表現するならば“エメラルドグリ−ン”
だから、彼の今日の気分には相応しく無いのだろう。
真上に顔を向け、ぽかんと白い雲の浮かぶ空を眺めている。

剣士さんの今日の昼寝場所は、前部甲板だ。
時折片目を開けて、船長さんの後姿を確認する。
海に落ちやしないか心配なのだろう。

そして、僅かに視線を上げる。
落ち着いて昼寝も出来はしないだろうに、船長さんに何も言わない。

貴方は、船長さんの最高の相棒ね。

けれど私に気づくと、凄く嫌そうな顔をする。
この前、昼寝心地が悪そうだから生やした脚で膝枕してあげたのを
まだ根に持っているようだ。


   * * *


歴史書を手にキッチンのドアを開けると、スパイシ−な香りが溢れてくる。
料理人さんが真剣な面持ちで調合の最中だ。

とはいえ、あの国の香辛料は独特だ。
寄港のたびに市場を回って買い足してはいるようだけど、しだいに
GM号オリジナルの料理へと変化していくのは否めない。
彼がそれに満足しているのか、不満なのかは判らないけれど。
それでも三年余り慣れ親しんだ味と香りを、懐かしく感じてしまう。


……懐かしいと、感じてしまう。


プリンセス、信じないでしょうけれど。
私は貴女の国を嫌いじゃなかったわ。

古い遺跡や建造物を、あれほど大切に扱ってくれている国は他に無かった。
王朝が変れば、以前の王朝の物は破壊されるのが常なのに
貴女の国では全てが丁寧に保存されていたわ。


……過去を尊ぶその精神は、今も保たれているのかしら…?


生真面目で、実直で、頑固で。
だから、貴女の国の人々に信じているものを覆させるのはとても難しかったわ。
けれど一度覆しさえすれば、後は坂を転げ落ちるように簡単だった。


……同じ国の民同士で、憎み合い、殺し合った過去を尊んでいけるのかしら…?


そんな出来事は、昔も今も世界中の何処にでも溢れている。


「…ロビンちゃん…?」


料理人さんの声に、顔を上げる。


「冷めちゃいますよ?」


目の前には、エスプレッソを通り越した濃いコ−ヒ−。
上澄みだけが辛うじて飲める、砂の国の淹れ方だ。

「料理人さんは私にだけ、コレを淹れてくれるのね」

女好きの彼は、休憩に入ったのか私の目の前に座りニコニコと愛想が良い。

「なんか、ロビンちゃん好きそうだったから。
 それに折角習ったのに、偶には淹れないと忘れちまいますからね−」

そんな素振りを見せたつもりはないのに、一流料理人を自負するだけあって
飲食の好みには敏感だ。
そして女心にも敏感なのか、私の物想いには何も触れようとはしない。
或いは彼も、物思いに捕らわれているのかもしれない。


……淹れ方を教えたのは、王女様?


「ごちそうさま」


カップを置くと、本を片手にキッチンを出た。


   * * *


見張り台の上で、栞を挟んだ歴史書を膝に目を閉じた。


今日の日に、航海士は“永久指針(エタ−ナルポ−ス)”を抱きしめる。


   『あんたのことだもの、きっと頑張ってるわよね?』


狙撃手は話をしながら鼻を擦り


   『こっちは、相変わらず毎日が騒がしくってしょうがねぇ』


船医はつぶらな眸を瞬かせる。


   『みんな、もの凄く元気だぞ!』


船長は船首の上で空を見上げ


   『なぁ、ちゃんと笑ってるか?』


剣士はその背中越しに空を眺める。


   『別に、心配はしちゃいねぇけどよ』


料理人はコ−ヒ−のおかわりを勧めることも忘れ
手書きのレシピの束を睨む。


   『たまには俺達のこと、思い出してくれてるかな?』


私は彼等の向こうに、私の知らない少女を見る。
“王女”でも“エ−ジェント”でもない、この船の“仲間”を。


見知らぬ彼女は、見知ったあの真っ直ぐな眸で私に問いかけるのだ。

まだ、私にも出せない真実(こたえ)を求めて。



   『ねぇ、貴女はこの船の“一員(piece)”なの?』



                                     − 終 −


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こちらはGM号側のとある2月2日。拙作「ring」と同じ構成です。
「ring」はロビンさんの乗船直後から、数日〜数週間の設定ですが、こちらは1〜2年ほど
時間が経過しているというイメ−ジです。

“D”の謎や、その他色々なことを黙したまま。
仲間になった経緯も年齢に伴う人生経験も、他のクル−とはまったく異なる彼女は
真に麦わら達の“仲間”なのか?少し疑問だな〜と現時点でさえも思っています。
だからと言ってロビンさんが嫌いなのではなく、むしろ大好きです。
姫が好きだからロビンさんが嫌いとか、そう単純に思えないのが「OP」の奥深さかと。
…ああ、また姫誕らしくない代物を…。(汗)

「しあわせぱんち!」様の姫誕企画「…キミに会いたい」に投稿させていただきました。
ゆうさん、ありがとうございました!!


「しあわせぱんち!」様は06.11.30に閉鎖されました。

2004.2.6 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20040202