万能薬は口に美味し



 「サンジさんなんか、サンジさんなんか…、もう知りませんッ!!」

 真っ赤な顔で怒鳴って、空色の髪が翻る。

 「ちょ…、ビビちゃん!?」

 呼び止める俺の目の前から走り去った彼女。
 たたたたっ 走って行き着いた部屋の隅っこで、背中を向けてしゃがみ込む。
 
 ……え〜〜と。

 伸ばした腕をどうしたものかと思いながら、開けた口を閉じるついでに尋ねてみる。

 「……帰るんじゃねェの?」

 「サンジさんを一人にして、帰れません」

 しゃがみ込んだまま、むすっとした声だけが返ってくる。
 とりあえず、部屋を飛び出されなくて助かった。
 追いつけねェもんな、今は。
 ヨレヨレのパジャマにバスロ−ブなんて、みっともねェ恰好だってのもあるけれど。
 何しろ39度の熱だから……、俺。

 三日ほど前から寒気はするし頭は痛ェし、妙だな〜とは思ったんだよ。
 けど俺、今まで病気とかしたことなかったし。
 一昨日も普通に店に出勤した。
 これでも副料理長ですから。
 怪我だろうが二日酔いだろうが徹夜明けだろうが。体調を理由に仕事を休んだことはねェ。
 なのにオ−ナ−のクソジジイの奴、俺の顔を見るなり

 『店のコックとギャルソンが全滅したら、どうしてくれる!!?
  てめェは完治するまで出勤禁止だ!!!』

 仕方なく、喧嘩の怪我ぐらいでしか厄介になったことのねェ病院に行ったら
 流行のインフルエンザ。
 一日寝てりゃ治るだろうとタカをくくって、早二日。良くなる気配もねェ。
 …つ−か、悪化してる?
 今日は折角の休日。しかも、俺の誕生日だってのにツイてねェ。

 だから、非常にとっても物凄〜〜く残念だけど、今日は会えねェとビビちゃんに電話した。
 驚いた様子の彼女にやむを得ず、かくかくしかじかと説明すると


 〔直ぐ行きます!!〕
 
 ガチャン!! ツ−ツ−ツ−……


 うつるから来ちゃ駄目って、言うヒマも無かった。
 慌てた俺がしたことと言えば、洗面所に飛び込んで伸び放題の無精髭を剃って
 汗でベットリした髪を洗ってドライヤ−で乾かすことぐらい。
 しわくちゃのパジャマも何とかしたかったが、生憎もう着替えが無かった。

 電話から30分後、大きなカバンを抱えたビビちゃんが俺のマンションへやって来る。
 玄関先で顔を合わせるなり、うるっとした眸で俺を睨んだ。

 「どうして、もっと早く言ってくれなかったんですか…!!?」

 毎日メ−ルや携帯で話はしていた。
 声が変だと言われても、大したこと無ェって答え続けてた俺は立場が弱い。

 泣きそうなくらいに立腹しながらも、ビビちゃんは優秀な看護婦だった。
 家から持ってきたという体温計で俺の熱を測ったり、氷枕を作ってくれたり。
 汗で湿ったシ−ツを取り替えたり、溜った洗濯物や洗い物を片付けたり。
 それでも彼女が働いている傍で、じっとベッドに寝ているのが居心地の悪ィ俺は
 何度も起き出してはビビちゃんに怒られる。

 「熱が39度もあるんですよ!!
  どうしてじっと寝ていられないんですか!?」

 「だってさ……、せめてお茶ぐらい」

 「お茶なら自分で淹れますから!大人しくベッドに入っててください!!」

 ビビちゃんにぐいぐい背中を押されてベッドに追いやられた俺は、やっぱり落ち着かない。
 そういや次のシ−ズンの新メニュ−、まだ決まってなかったよな。
 う〜ん、ここ数年の傾向からして今年のトレンドは…。
 ベッドル−ムの本棚から何冊かのスクラップファイルを取り出し、ペ−ジを繰りながら考える。
 すっかりお仕事モ−ドに入っていた俺は、ビビちゃんが入って来たのにも気づかなかった。

 「……サンジさん、何してるんですか?」

 強張った声に、はたと我に返る。
 あれほど言われたのにベッドにも入らず、スクラップを拡げた床に座り込んでいる俺。
 ヌ−ド雑誌を読みふけっているトコロを母親に見つかった中坊の気分。
 ……いや、せめて喫煙にしとけって。(汗)

 そそくさとベッドへ戻る俺の傍に黙って立つビビちゃん。
 いつも人一倍表情が豊かなだけに、無表情なのがかえってコワイ。
 何も言ってくれないのに耐えかねて、思わず。

 「いつも忙しくしてるからさ、じっと寝てると落ち着かなくて…。
  店のことも気になるし」

 言ったとたん、ビビちゃんは両手に抱えていたパジャマを俺に投げつけた。

 ……そして、話は冒頭に戻る。


    * * *


 「……ビビちゃん?」

 「………。」

 「ビ〜ビちゃん?」

 「自分が病気だっていう自覚の無い病人なんか、知りません」

 ……うわぁ、いまだかつてなく怒ってる。(汗)

 かくれんぼの鬼のように屈んだまま、俺を見てもくれないビビちゃん。
 どうしたら彼女の怒りをとくことが出来るだろう?
 考えながら、ベッドの上に投げ出されたパジャマの上下を手繰り寄せる。
 昨日か一昨日の夜に着替えたまま、洗濯機を動かす気力も無く放っておいたものだ。
 ピンと伸びた襟元や袖を撫でながら小さく丸まった背中に言う。

 「洗濯とアイロンと、ありがとね」

 チラリと、ビビちゃんが肩越しに振り向く。
 ほんのり紅い目尻、頬、鼻の頭
 化粧ッ気のまるで無い、素顔のままで。

 「着替えたら、置いといてください。また洗濯しますから」

 それだけ言って、壁の方を向いてしまう。
 ピンクのスエットとクリ−ム色のタンクトップの間からチラリと覗く、白い背中。
 暖房を利かせた部屋の中で、剥き出しの肩もほんのり紅い。
 ビビちゃんは部屋着の上にコ−トを羽織っただけの恰好で、文字通り飛んで来てくれた。
 まだ寒ィのに、裸足にミュ−ルをつっかけて。
 その爪先も、ほんのり紅い。
 俺はもう一度、彼女に呼びかけた。

 「パンツ見えてるよ〜?」

 レ−スの縁飾りが、ほんの3mmほど。

 「〜〜〜!!!(////)」

 ペタンと絨毯にお尻を着いたビビちゃんは、タンクトップの裾を両手で引っ張って背中を隠す。
 でも、まだコッチを向いてはくれない。

 あぁ、インフルエンザのバカヤロ−!!
 俺は心の中で身体に巣食うクソウィルスを呪った。
 おめェさえ居なけりゃ今頃は、二人っきりのラブラブディナ−の準備の真っ最中。
 プレゼント代わりに手料理を作ってくれるビビちゃんの可愛いエプロン姿を
 結構相当かな〜〜り楽しみにしていた俺だった。

 …でも、俺以上にガッカリしたのはビビちゃんだろう。
 随分前から今日は何を作ろうか考えていてくれた筈だから。

 時計を見ると、昼はとうに回っている。
 だからといって、食欲があるワケじゃねェけれど。

 「薬飲まねェと治らないし。薬飲む前に何か食わなきゃならねェし。
  ……何か美味しいもの、作ってくれる?」

 作ろうか?ではなく、作ってくれる?
 やがて、彼女はよいしょと立ち上がった。

 「出来るまで、ちゃんと寝ててくださいね」

 まだむっつりした顔の彼女に、毛布を顔まで被って目で頷いた。


    * * *


 「サンジさん、起きれます?」

 ほんの少し、うとうととしていたらしい。
 目の前にはビビちゃんの心配そうな顔。
 
 「あ…、ゴメン」
 
 ベッドの上で上半身を起こすと、ビビちゃんが肩にバスロ−ブを掛けてくれた。
 白い手が前髪を掻き分けて額に触れると、ひんやりして気持ちがいい。

 「まだ熱が高いみたい。…食べられそう?」

 サイドテ−ブルの盆の上には鍋敷きと一人用の土鍋。
 土鍋なんてキッチンにあった覚えがねェから、ビビちゃんが家から持ってきたんだろう。
 体温計や氷枕と一緒に、大きなカバンに入れて。

 「食べないと治んねェでしょ?」

 俺の殊勝な態度に、ビビちゃんは苦笑を浮かべて土鍋の蓋を開けた。
 刻んだネギがたっぷり入った卵雑炊。
 ふんわりした黄色と白の中、一面に散った緑色がまるでタンポポの花畑みてェだと
 熱のせいかビビちゃんのせいか、春めいた連想をする。

 「私が熱を出すと、いつもテラコッタさんが作ってくれるんですよ」

 ベッドの傍に運んだ椅子に腰掛けたビビちゃんは、陶器の匙で雑炊を掬うと
 ふうふうと息を吹きかける。
 そして、

 「はい、あ〜〜んして」

 ……え〜〜と。
 
 ビビちゃんは熱を出すと、いつもこうしてテラコッタさんに食べさせてもらってるのかなァ?
 一瞬、考えた俺だったが断わる理由は何一つ見当たらねェ。

 「あ〜〜んvv」

 ぱく。もぐもぐごっくん。
 熱で味覚の鈍った舌でも、控え目の塩加減と鰹節と昆布で丁寧にとった出汁の味は判った。

 「サンジさんのお誕生日のお祝いは、元気になったらしましょうね」

 ビビちゃんが、ふうふうした匙を俺の口元に運びながら言った。
 雛鳥のように食いついて、もぐもぐごっくんして、俺は答える。

 「え〜、コレで十分でしょ。美味しいしv」

 「でも、ちっともご馳走って感じじゃないもの。
  サンジさんに喜んで欲しくて、色々考えて準備してたのに…」

 不本意そうなビビちゃん。
 満面笑顔の俺。

 「え〜〜、でも俺は十分嬉しいしvv」

 ふうふう、あ〜ん。
 もぐもぐごっくん。

 「……そうですか?」

 「うんvvv」

 最後の一匙を飲み込むと、ビビちゃんは空になった土鍋の蓋を閉じる。
 そして今日初めて、俺の目を真っ直ぐに見てくれた。

 「サンジさん、お誕生日おめでとう」


    * * *


 「着替えたばっかりなのに、また汗かいちまったみてェ」

 腹にあったかい食い物が入ったせいか、身体が汗ばんできた。
 濡れたタオルで顔を拭う俺に、ビビちゃんがニッコリ笑って言った。

 「でも、あったかいものはサンジさんの身体に良いんですよ。
  たくさん汗をかくと、それだけ早く治るから。
  お薬を飲んだら、着替えをしましょうね」

 ようやくいつもの笑顔。

 「へえぇ〜、汗をかくとイイのか〜〜vv」

 俺もニッコリ笑って答える。
 これも、いつもと言えばいつものパタ−ンだったりするけれど。
 大学はもう春休みだもんな♪

 「…?」

 首を傾げつつ食後の薬を揃えてくれるビビちゃんを見ながら、これからは年に一度は
 熱を出して寝込むのも悪くねェなと思う。
 世話を焼かれるのも、心配かけて怒られるのも、年に一度くらいなら。

 何よりあったかくて美味しい薬は、俺の目の前に居るからねv



                                         − 終 −


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 姫誕企画「Princess of Peace20050202」にて頂戴しましたあすかしのぶさんの素敵
 ビビイラスト「×××」より勝手に想像を膨らませてしまいました。

 「ビビちゃんを泣かすなんて、サンジ君は何したんだ〜!?」→「すごく心配をかけた」
 →「サンジ君は自分を大事にしないっぽいし。怪我しても病気しても大人しくしてなさそう」
 →「怪我は原作でよくするし、たまには病気で」→「流行のインフルエンザ」

 …みたいな連想ゲ−ム。
 あすかしのぶさんに一方的に捧げます。ごめんなさい、返品可です。(汗)

 ちなみに、2004年姫誕での「Sweet Very Sweet」から約半月後になります。
 ホワイトデ−ではなく、サンジ誕ですけれどね。