水曜日のレシピ



 − 1 −

 三つ、歳が離れていると、子供扱いされていると感じてしまう時がある。
 私がまだ学生で、親の脛を齧る身で。
 彼は立派な社会人だっていうこともあるだろうけれど。

 それでも、彼との歳の差が一つ縮まることが嬉しかった、今月の誕生日。
 だけど来月には、また元どおりの三つ違い。
 3月2日が、サンジさんの誕生日。

 ……たったの4週間しかないなんて、なんだか悔しい。

 でも、問題はそんなコトじゃない。
 誕生日のプレゼント、どうしようかしら…?


 多分、何を贈っても喜んではくれると思う。
 けれど、彼は持ち物に煩くて、質の良いモノを長く使う。
 腕時計もライタ−もネクタイもハンカチすらも
 名の通った超一流のブランドだ。
 ワイシャツやス−ツに至っては、オ−ダ−メイドしているくらいのこだわり様。
 そんな彼の趣味に合う品を選ぶ自信なんて、とてもない。

 『ばっかねぇ。
  そんなの、ちょっといつもよりきわどい下着をつけて、サ−ビスしてあげりゃ
  イイのよ』

 高校時代の先輩で、今は同じ大学に通っているナミさんに相談したら、
 こんな返事が返って来た。
 …あの〜、サ−ビスって??

 『そうねぇ〜。受講料は、ランチ一回分のおごりってことでv』

 ニタリと、人の悪い笑みを浮かべて言った。
 ……あ。(///////)
 や、やっぱり、遠慮しときます…。


 ここはもう、単刀直入に聞いてみよう。
 そう決心したのが、誕生日の一週間前の水曜日だった。


 「誕生日のプレゼント、何がイイですか?」

 映画の後、入ったオ−プンカフェで尋ねてみる。

 ここで、『ビビちゃんvv』と返事が返ってきたら、仕方がないから
 ナミさんにランチをおごることにしよう。
 …と思いきや、彼はニッコリと笑って言った。

 「メシ、作ってくれる?」

 ……はい?

 彼の職業は、コックさん。
 しかも知る人ぞ知る有名レストランで、若くして副料理長を務めている。
 つまり、料理のプロ。
 そんな彼に、私が?

 断っておきますが、料理が出来ないワケじゃありません。
 大学に入ってからの独り暮しでちゃんと自炊もしているし、実家では古くからの
 家政婦のテラコッタさんにひととおり習ったし。
 人並みには作れるハズ。
 …そう、あくまでも人並み。

 「…あの、何を作れば…?」

 恐る恐る尋ねてみる。
 当然のようなカオで、聞いたこともないような料理名を並べられたらどうしよう?
 …ううん。
 意外と、肉じゃがとか茶碗蒸とかの家庭料理をリクエストされるかも。
 それなら、何とかなるんだけれど…。

 「ん〜っと」

 サンジさんは黒いス−ツの内ポケットから細身のペンを取り出すと、
 カフェの紙ナプキンにさらさらと何かを書きつけはじめた。
 灰皿の上で、火を点けたタバコがどんどん短くなっていくのにも手を伸ばさずに。

 …な、なんかいっぱい文字が並んでるみたいですけれど…。
 もしかして、フルコ−ス?

 ドキ ドキ ドキ

 「はいv」

 渡された紙ナプキンに並ぶ料理名を読んだ。
 …よかった。
 手書きのメニュ-のように流れる筆跡で書かれていたのは、私にもわかるモノばかりだ。
 だけど……これって??

 顔を上げた私に、サンジさんは新しいタバコを咥えながら、もう一度ニッコリと笑う。

 何かを企んでいるような
 困惑する私を楽しんでいるような
 余裕ある、オトナの表情(かお)で。

 「来週、楽しみにしてるからvv」



 − 2 −

 「『おにぎり 卵焼き 鶏の唐揚 ポテトサラダ キンピラゴボウ タコさんウィンナ−』
  …って、何よこのお弁当メニュ−は?」

 大学の学食で、向かいに座ったナミさんが呆れたように言った。

 「サンジさんからのリクエストなんです」

 Aランチのポ−クピカタをつつきながら、私はナミさんを伺い見る。

 「あの男がねぇ〜」

 ナミさんの彼氏のロロノア・ゾロという人は、サンジさんと同じ高校で同級生だったそうだ。
 その関係でナミさんは、ずっと以前からサンジさんを知っている。

 ハヤシライスの最後の一口を食べ終えて、ナミさんは紙ナプキンに書かれたメモを
 キレイにマニキュアした爪で私の方へと弾いた。

 「あんた、期待されてないんじゃない?」

 「…やっぱり?」

 ナミさんは、言いにくいコトも歯に衣を着せずにハッキリと言ってくれる。
 私も、そう思う。
 サンジさん、一流だし。その筋では『若き天才料理人』なんて呼ばれてるし。
 無理ないケド。

 溜息をついた私の目の前に、ずずいっとナミさんのアップが迫った。
 マスカラとアイラインでくっきり縁どられたヘイゼルの眸に、
 驚いたカオの私が映っている。

 「見返してやんなさいよ!
  ど〜せなら、うんと凝ったヤツ作って!!
  卵焼きだって、唐揚だって、ちょっとした味付けで工夫できるじゃない。
  エスニック風とかさ」

 見返すうんぬんはともかく、一味違ったお料理っていうのはイイかもしれない。
 だって、プレゼントなんだから。

 「そう…ですよね。
  うん!私、頑張ります!!」

 そんなワケで、私はにわか料理研究家になることにした。
 早速料理の本を何冊か買い、専門店でスパイスを揃え、その日の夕食で試してみる。
 ……ちょっと、失敗かな?
 まあ、まだ日もあるし、水曜日までにはなんとか…。
 お皿を洗いながら、本日二度目の溜息をついていると、携帯が鳴った。
 ナミさんからだ。

 『…あ、ビビ?
  あのね、昼間の話、撤回。
  あんた、変に凝ったりしないで、ごくごくフツ−の卵焼きやら唐揚やら作ったげなさい。
  え?理由??
  サンジ君には、あたしから聞いたってこと内緒にする?
  …じゃあ、言うけど。ゾロから聞いたのよ……』



 − 3 −

 サンジさんの働いているレストラン「バラティエ」は、水曜が定休日だ。
 だから、毎週水曜はデ−トの日。
 新学期ごとに、この日に講義を入れずに単位が取れるよう、私は頭を悩ませるのだけれど。

 そして、今日の水曜はサンジさんの誕生日でもあった。
 予定はドライブ。
 独り暮しのマンションまで、彼が車で迎えに来てくれる。
 リクエストのメニュ−をバスケットに詰め、ポットにお茶を淹れ、
 慌てて着替えた私は、約束の時間ギリギリに下へ降りた。

 「あれ?車、買い換えたんですか?」

 私を見て、運転席を降りるサンジさんに尋ねた。
 車の種類には詳しくないけれど、前とは変ったってことぐらい分かる。
 第一、色が違うもの。
 確か、以前は真っ赤だった筈。
 それが今日は、キレイなブル−。
 サンジさんの眸の海のような青よりも、もっと明るい空の蒼。

 「そ。誕生日だからね、自分で自分にプレゼント。
  イイ色でしょ?ビビちゃんの髪とお揃いv」

 ワイシャツにパ−カ−を羽織ったラフな服装に、色の薄いサングラスを掛けた彼が
 助手席側のドアを開けながら言った。

 ……このヒトはお料理だけじゃなく、私を嬉しがらせるコトにかけても天才的だ。

 「さあ、どうぞ。
  ビビちゃんが助手席一番乗りだよv
  荷物はトランクに入れようか?」

 「あ、大丈夫です。持ってますから」

 せっかくキレイに詰めたのに、開けたときにぐちゃぐちゃになってたら哀しすぎる。
 シ−トベルトを絞めて、白のジ−ンズの膝に乗せたバスケットを私は両手で
 しっかりと抱え込んだ。



 − 4 −

 車で1時間程のこの場所には、以前にも連れてきてもらった。
 春先の、海。
 海水浴はもちろん、潮干狩りにだって早すぎて、私達の他に人の姿はない。

 砂浜にレジャ−シ−トを広げて、バスケットを開ける。
 ちょっとしたピクニックだ。

 「おvリクエストどおりvv」

 サングラスをシャツの胸ポケットに入れて、彼は本当に嬉しそうなカオをした。
 時々見せてくれる、コドモみたいな満面の笑顔。
 そうして、美味しい美味しいを連発しながら、私の作ったお弁当を食べてくれる。
 私は自分が食べるのはそっちのけで、サンジさんを伺う。
 ちゃんと味見はしたから、酷い失敗はしていないハズ。
 でも、これが彼の望んでいる味なのかどうかはワカラナイ。

 ふと、ナミさんからの電話を思い出した。



      『高校時代の話。
       その頃のゾロとサンジ君って、まあ、今もそうなんだけど別にそんなに
       親しくはなかったの。
       どっちも授業サボったり、ケンカしたりで問題児扱いだったけど、お互い
       興味の無い相手は完全無視だったから。
       それが、ある日。
       授業をサボって校庭の裏庭で昼寝しようとしていたゾロが、先に来ていた
       サンジ君を見かけて…。ただ、サンジ君は昼寝じゃなくって、ボロボロに
       痩せた野良犬に、自分のお弁当、食べさせてたのよね……』



 「なあに?そんな疑わしそうなカオして」

 私を覗き込むサンジさんに、どきまぎする。
 お付き合いを始めて随分経つけれど、彼のアップを間近にすると
 いまだに心臓が止まりそうだ。
 …多分彼には、そんなコトもバレバレで
 だからワザと長い前髪が私のオデコにかかるくらいにカオを近づけて来るのだろう。

 「だってサンジさん、プロのコックさんだもの。
  褒められても、ちょっと信じられないです」

 照れ隠しに、拗ねたようなフリをしてみせる。
 すると、彼は柔らかく微笑んだ。
 声のト−ンが落ち着いたものになり、低く耳元で囁くような口調。

 ……これで語られると、いまだに胸がきゅうんと鳴ってしまうってコトも
 きっと貴方は知っている。

 「だってさ、コレって『家庭の味』でしょ?
  レストランの味と比較するモノじゃないよ。
  俺さ、こういう弁当って、ずっと憧れだったんだ」

 私は黙って聞いている。
 サンジさんは、めったに自分のコトを話さない。
 …だから、ほんの時たま、少しづつ話してくれるコトバに耳を傾ける。

 「俺、肉親がいないって話、したよね?」

 コクリと頷く。
 彼の両親と近しい親戚は、彼がまだ子供の頃に海の事故で一度に亡くなったのだ。
 その時、彼と二人だけ助かったのが、今のレストランのオ−ナ−シェフ。
 彼の養父のゼフさんだ。

 「だからさ、俺、中学から自分で自分の弁当作ってた。
  研究も兼ねて、もう毎日凝りまくって新メニュ−を開発してた。
  でも、ある日こういうスタンダ−ドな『弁当』ってのを食べる機会があってさ…」



      『…ナニやってんだ?』
      『見てわかんねェ?メシ、食わせてんだ』
      『それ、オマエの昼飯じゃねぇのか?』
      『別に一食ぐらい食わなくたって、死にゃしねェよ』

      男の弁当とも思えない小奇麗なバスケットをしゃぶり尽くすように平らげた
      野良犬は、落ち窪んだ目で命の恩人のカオをじっと見つめると、やがて
      フラフラした足取りで何処かへと立ち去っていった。
      それを見送るカオが妙に満足気だったので、ロロノア・ゾロはついうっかりと
      口にしてしまったのだそうだ。

      『メシ食ってから、昼寝しようと思ってたトコだ。
       …おまえも、食うか?』



 「それで、俺、自分で同じモノ作ってみたんだよ。
  でも、ダメ。
  俺が作るとどうしたって、レストランの味、よそゆきの味になっちまうんだ」

 職業病の一種かもね、と。
 サンジさんは笑いながら、鶏の唐揚を口に放り込んだ。
 お醤油と塩とコショウと片栗粉をまぶしただけの、ごく普通の唐揚だ。



      『おまえのお袋さん、あんまり料理上手くねェな』
      『…それが、人の弁当のお裾分けにあずかってるヤツのセリフかよ』
      『なんつ−か、大味だよな〜。
       あ、ここんとこ塩が固まってるわ』

      おにぎりに齧り付きながら、言った。
      文句があんなら食うんじゃねぇ!…と、ゾロが言いそうになった瞬間。

      『コックにゃ絶対に作れねェ、「家庭の味」だな』

      にかっと笑って、鶏の唐揚を口に放り込んだ……のだそうだ。



 「これは、ビビちゃんの家の味だよね。
  凄くあったかくて、なんだか懐かしい気がする。
  それに、俺だけのために作ってくれたでしょ?
  コックはね、特定の誰かの為だけに料理しちゃイケナイんだよ。
  まあそれは、クソジ……俺の師匠の教えだけどさ」



      『……ゾロも、あたしがあんたの話をするまで、すっかり忘れてたって。
       だから、ね?
       あんたはあんたが普段、普通に作ってる味を作んなさい。
       サンジ君は……ああ、ちょっと喋りすぎね。
       あんたは馬鹿じゃないから、もう分かってるわよね?』

       携帯の向こう側から、ナミさんの彼らしき人の声が聞こえた。

      『おまえもいい加減、お節介なオンナだよな』



 「…だから、プレゼント、ありがとう」

 唇の端っこにご飯粒をつけて、眸を細める彼を
 ぎゅっと抱きしめてあげたいと思う。

 貴方は、世界中の誰もが『美味しい』と言うお料理を目指すヒトだけど
 私は貴方が喜んでくれるお料理が作れればイイ。

 何時だって 何度だって 作ってあげる
 貴方だけのために。

 でも今は、ニッコリ笑って唇の端っこにキスをして
 ご飯粒を取ってあげる。
 少し驚いて、そして照れたように笑う貴方も好きよ。


 「お誕生日おめでとう、サンジさん」



 来週の水曜日には、貴方にご飯を作ってあげよう。

 プロバンス風なんとかでも、オレンジソ−スのかんとかでもなく
 テラコッタさん直伝の、ネフェルタリ家風肉じゃがと茶碗蒸。

 よそゆきでも、おしゃれでもない味は
 貴方のお口に合うでしょうか……?


                                         − 終 −


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 時間的には「ONE1/2」が先ですが、投稿はこちらが先でした。
 サンビビ&ゾロナミですが、さりげにゾロサン&ナミビビ。(友情で!)
 そしてサナゾでサビナ(サ→ビ←ナ:笑)という、複雑設定。
 …そして、おまけがあります。

 (初出02.7 「Sol&Luna」様へはTopの〜Union〜より))