七 宝 今は昔の物語。 砂漠に拡がる空のごとく、蒼い髪をした王女。 そう、この国では知らぬ者のない“救国の姫”ネフェルタリ・ビビ様は 賢君と名高かったコブラ王に似て、一国の王女とも思われぬ程に 質素なお暮らしをなさる方だったそうな。 そんな御方だったので、クロコダイルとその一味から国を救った後、 最初に迎えた誕生日にも、何の贈物も要らないとおっしゃった。 三年に及ぶ大旱魃と内乱で、国は疲弊しきっている。 そんな大変な時に、贈物など受け取るわけにはいかないと。 『国を想うその気持ちは尊いが、王女が誕生日の贈物すら受け取らぬとあれば お前を愛するアラバスタの民は、皆がお前に習おうとするだろう。 さて、王女よ。 お前の望みは、この国から“贈物”を失くすことではあるまいに』 父君である国王様に諭されて、王女様は暫く考えた後、おっしゃった。 『それでは、番(つがい)の牛をいただきたいと思います』 こうして王女様の誕生日には、若くて元気な番の牛が贈られた。 王宮の東の庭で飼われた牛は、毎年、元気な子牛をたくさん産んだそうな。 しっかり者の王女様は、牝牛が出す乳と、燃料や肥料になる糞を売って餌代になさった。 王宮で祝宴が催される時は、給仕長が食べ頃の牛を買い取って料理する。 すると、食べたお客は口を揃えて褒め称えた。 『なんと柔らかく、美味しい肉だろう!!』 あっという間に、“王宮の牛”は大評判になった。 たまに、育った子牛が市場で売りに出されると、大層な高値がついたそうな。 そのお金で王女様は新しい番の牛を買い、牛はますます増えていった。 やがて、王宮の東の庭がそっくり牧場になった頃、王女様は満足そうにおっしゃられた。 『これで、“食いしん坊の誰かさん”がいつ来ても大丈夫ね』 “王宮の牛”は、今もアラバスタで一番のご馳走だ。 アルバ−ナに来たら、一度は食べなきゃもったいないね! * * * さて、次の年の誕生日が近づくと、王女様はおっしゃった。 『この国に、新しいお酒を作らせていただきたいと思います』 国を救うため、王女様がニ年間、“偉大なる航路(グランドライン)”を彷徨われたのは 誰もが知る物語。 その時、“東の海(イ−ストブル−)”の酒を口にして、大層お気に召したそうな。 アラバスタでも、それと似た酒を作りたいと思われたのだろう。 王女様のお声がかりに酒造家達は張り切ったが、これが実は大変な仕事。 “東の海(イ−ストブル−)”の酒の原料となる米は、アラバスタの米とは違う。 原料が違えば醸造方法も、熟成の期間も違ってくる。 その苦労と試行錯誤は、今も語り草だ。 数年後、ようやく完成した透明な酒を口にして、王女様は満足そうにおっしゃられた。 『これなら、“お酒好きの誰かさん”の口にも合いそうね』 “大剣豪”と名づけられたその酒は、アラバスタで一番の名酒だ。 黒ビ−ルも赤ワインもいいが、アルバ−ナではキリッと辛口のこの一杯だね! * * * その次の誕生日が近づくと、王女様はおっしゃった。 『新しい香水を作らせていただきたいと思います』 やっと年頃の娘らしい贈り物を望まれて、国王様はそれはお喜びになったとか。 早速、香水で有名な“ナノハナ”から一番の調香師が召し出された。 調香師は、これぞと思う清楚で気品溢れる数々の香りを携え、王女様に勧めたそうな。 けれど王女様は、どの香りにも首を横にお振りになった。 『私が望むのは、魅力たっぷりで気紛れで。 それでいて、凛とした優しさと清々しさのある香りなのです』 普段は香水はもちろん、ドレスにも宝石にも、あまり興味を示されない王女様が この香りに関してだけは五月蠅く注文をつけたそうな。 この国一の名誉にかけて、調香師は王女様の希望を叶えようとした。 やがて調合されたのは、幾種類もの香木と香料から成る複雑な香り。 初めの印象は甘く刺激的。けれど後には柑橘類の爽やかさがふわりと残る。 献上された香水に、王女様は満足そうにおっしゃられた。 『きっと、“お洒落なキュ−ト美人の誰かさん”にも、気に入ってもらえるわ』 オレンジ色のガラス瓶に葉を模(かたど)った緑の蓋。 “Mikan”は、香水の国・アラバスタで一番有名な香りだ。 そこのお兄さん、恋人への土産にどうだい? * * * さて、また次の年。誕生日が近づくと、王女様はおっしゃった。 『新しい葬祭殿の一室を、いただきたいと思います』 クロコダイルとの戦いで、崩れたままの葬祭殿。 ちょうどその頃、内乱の犠牲となった人々の慰霊碑と共に新しい葬祭殿を造ることが 決まったばかりだったそうな。 『王女よ。葬祭殿は神聖なものであらねばならぬと、お前も知っている筈。 その一室を、どうするつもりかね?』 国王様のお尋ねに、王女様がどのように答えられたのか。 残念ながら、わからない。 わかるのは、王女様の願いが聞き入れられたことだけだ。 出来上がった真っ白な葬祭殿。 その広間の四方の壁と天井は、蒼く塗られた。 砂の国の空のような。 王女様の長い髪のような。 “偉大なる航路(グランドライン)”の海のような。 ただ、一面の蒼。 その蒼い部屋の中で、王女様は満足そうにおっしゃられた。 『いつか、“嘘つきで勇敢な誰かさん”がやって来て、この蒼いキャンバスに 素晴らしい絵を描いてくれるでしょう』 宮殿と同じ白い石造りの葬祭殿が、“蒼の神殿”と呼ばれているのはそういうわけだ。 一度、ぜひ見ておくといい。 * * * また次の年。誕生日が近づくと、王女様はおっしゃった。 『北の庭園の一角を、いただきたいと思います』 その頃には、最初の年の贈物だった牛達が随分増えていたので、国王様は笑いながら お尋ねになった。 『今度は羊か豚でも飼うつもりかね?』 王女様は首を横にお振りになった。 『いいえ。今度はハ−ブとスパイスを育てるつもりです』 やがて、アラバスタ中からハ−ブの種やスパイスの苗が集められた。 王女様自ら畑を耕し、種を撒き、苗を植えられたそうな。 それでも土や気候が合わず、根が腐ったり害虫にやられたり。 その度に肥料を替え、新しい品種を試し、何年もかけて工夫をされた。 王宮の北の庭がハ−ブとスパイスの畑になると、王女様は満足そうにおっしゃられた。 『これで、“世界一美味しい料理を作る誰かさん”に牧場のお肉を料理してもらえるわ』 以来、“王宮の牛”の肉は“王宮のハ−ブとスパイス”で料理するのが決まりなわけだ。 さっきも言ったが、アルバ−ナに来て食べないなんて、一生の損だよ! * * * さらに、また次の年。王女様はおっしゃった。 『お医者様になるための学校を、作らせていただきたいと思います』 “学校”とは、誕生日の贈り物とは思えないが、国王様は何もおっしゃらず ただ微笑んで頷かれたそうな。 医術で有名な冬島の“サクラ王国”。 その国王様と王女様が親しく文通をしておられた縁で、何人もの医者が招かれた。 新しい医学書や道具も届いて、アラバスタの医療はぐっと進んだそうな。 今じゃ逆に、“サクラ国”から留学生が来る程だからね。 最初の入学式の日に、王女様は満足そうにおっしゃられた。 『“恥ずかしがり屋の誰かさん”が見たら、きっとビックリして。 ……それから、踊りながら喜んでくれるわね』 王家の名が付けられた医学校では、今も入学式と卒業式に薄紅色の紙吹雪を撒く。 花びらを模(かたど)ったそれが舞い散る様は、それは美しいって話だよ。 * * * そして、また次の年。 誕生日を迎え、ネフェルタリ・ビビ様は第十三代の王となられた。 即位したばかりの女王様は、臣下に向かっておっしゃった。 『地下神殿と共に埋まった“歴史の本文(ポ−ネグリフ)”を掘り出したいと思います』 アラバスタに、“空白の百年”を語る歴史が託されていたことは、今では誰もが知っている。 悪党クロコダイルが、その謎を狙ってアラバスタから雨を奪ったことも。 ダイヤより固い“硬石”に刻まれた碑文は砕けることもなく、アラバスタの砂と瓦礫の下に 眠っているだけなのだ。 しかし、女王様の言葉に臣下の誰もが反対した。 『また、この国に災いを呼び込むおつもりか!?』 女王様は静かにお答えになった。 『“世界政府”は既に倒れ、時代は変わっていくのです。 もう“プルトン”を狙う者はいない。 今こそ、我が国が預っていたものを返さなければなりません。 ……世界に、歴史の遺産を』 言葉を尽くして、女王様は臣下を、国民を説得なさったそうな。 それから長い時間をかけて、“歴史の本文(ポ−ネグリフ)”は掘り出された。 “空白の百年”を語る石が、連合国の認める“世界遺産”となったのは、ご承知のとおり。 “歴史の本文(ポ−ネグリフ)”は、その石を巡る内乱での犠牲者の名を刻んだ慰霊碑と 向かい合って置かれている。 今も国中から、そして世界中から。 大勢の人が訪れる二つの石の周りに、花が絶えることはないのさ。 * * * こうして、“救国の姫”が望まれた七つの贈物は、今もアラバスタの宝として この国に恩恵を授けているというわけだ。 さあ、ところで。 七つの贈物の意味は、皆さんよくご承知だろうね。 王女様の贈物を、“海賊王とその仲間達”は受け取ったのか? 残念ながら、何の記録も残っちゃいない。 ……だからって、ガッカリした顔をおしでない。 “歴史の本文(ポ−ネグリフ)”の横に立つ、大きな看板。 失われた過去を紐解く助けとなったその翻訳は、一体、誰なら出来たのだろう。 医学校には、生徒達の一番大事な教科書になった直筆の医学書。 署名代わりの花びら形の刻印が、ガラス越しに見られる筈さ。 アルバ−ナの名物料理、ハ−ブとスパイスを使った数々の肉料理のレシピ。 神業のような配合と繊細な調理法は、誰が考えたものかねぇ。 毎年、この祭の間だけ公開される“蒼の神殿” 大広間には、国を飛び出した王女様が王国を救うまでの波乱万丈の絵物語。 香水“Mikan”のラベルには、誰のものかわからないキスマ−ク。 名酒“大剣豪”のラベルには、赤・白・黒の三本の刀。 最初は無かった図柄が、いつの間にか描かれるようになった。 そして、“王宮の牛”はなんでも一度、全滅しかけたという話だよ。 たった一組の番を残して、一人の男に食い尽くされてね。 つまりは、そういうことなのさ。 いやいや、お代は要らないよ。 今日はめでたい祭の日。百年前、アラバスタが救われた日だからね。 “ビビ王女と海賊達”にまつわる話をすれば、国からご祝儀をもらえるのさ。 まったく、ここは良い国だ。 それじゃあ、また来年もご贔屓に。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** これは企画の最後にUpした方が良い話かも?と思いつつ…。 語っているのは、語り部とか吟遊詩人みたいな人。 …のつもりが、何やらアルバ−ナ観光課の職員みたく…。(汗) あの時代から百年後。 アラバスタは王政を廃し、王宮は国民に解放されているものと思われます。 旧王家は今も国民に慕われ、現政権もそれを奨励する平和な未来。 イメージとしては、2004企画での「祝祭」の王女誕生日イベントが、そのまま国の祝日に なってしまった百年後。 “歴史の本文(ポ−ネグリフ)”に刻まれた“プルトン”も、早い時期に兵器としての意味を 失っています。流石に一般公開用の翻訳では、作り方は省略されているでしょうが。 ……補足説明が長くてすみません。(汗) リンクの有無、サイトの傾向等は問いませんが、いずこかに拙宅サイト名を明記して くださいますよう、お願いします。 分割掲載、背景、文字色等レイアウトも自由に変更していただいて構いません。 (背景画像についてはDLFではありません。) 企画期間中ですので、お持ち帰りのご報告も特に必要ありません。 DLF期間は本日(2008.2.2)より企画終了予定日(2008.3.31)までといたします。 * DLF期間は終了いたしました。 * 今年もまた、懲りずに姫と姫に関わる人々について、あれこれ書いてまいります。 姫誕期間中、どうぞよろしくお願いします。 |
2008.2.2 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20080202 |