月は夜ごと海に還り
(2)
ぽつりぽつりとした口調で語った009の説明は、拍子抜けする程簡単な物だった。
つまり・・・
『拉致直後から自分はずっと監禁されていた。よって爆発の理由、乗員達の動向については一切解らない』
「・・・それだけか?」
「それだけだよ」
皆は困惑して、顔を見合わせた。
「・・・このリアって奴が君を残して独房を出て行った直後から爆発が始まった・・・・タイミングが良過ぎる気がするね。
彼と爆発の因果関係に何か心当たりは無いのかい?」
008は落ち着いて問いかけるが、009は首を振るしかない。
「僕が知っている事と言えば・・・彼は僕に何も危害を加えなかった、それだけで・・・。それどころか怪我の手当てだってしてくれたし、彼が足の鎖を切って
くれなければ僕は今ここには居なかった。僕は・・・リアに感謝しているくらいだ」
「ちょっと待てよ!鎖切ってくれたっつーけど、実際お前を攫ったのはコイツなんだろ?しかもそのまま放っていかれてお前、爆発に巻き込まれてコイツもろと
も死ぬとこだったんだぜ?お前それをどう説明するよ?」
誰もが腑に落ちない思いを、せっかちな002がまとめる形になった。
009はうっと言い淀んだ。
「でもリアは・・・彼は、僕を殺すつもりは無かった筈だ!やろうと思えばいつだって出来たのに・・・」
009はベッドから身を乗り出して、懸命にリアを弁護した。しかし説得性に欠けているのは否めなかった。
「だが009、彼らは俺達の交信にも一切答えず、爆発を起し、目の前で塵になった。お前の話によると乗員達が殺されていたそうだが・・・内部抗争でもあっ
たのか分からないが、本当にリアはお前を助ける意志があったのか?第一、こいつの体の傷は、」
004は奥のベッドに向かって顎をしゃくった。
「・・・どう見ても自分で自分を刺したとしか思えないのだが」
009は雷に打たれた様に体を硬直させ、俯いたまま息を飲んだ。不安な思いは的中していた。
ああ、やはり・・・
なぜ・・・
「・・・004の言った事は本当じゃよ。009、何か思い当たる事は無いのかね」
顔を青ざめさせた009を覗き込んで、博士が優しく尋ねた。
009は首を横に振るしかない。
「何も・・・ただ彼はドルフィン号が来た事を知った時に鎖を切って、鍵も掛けずに行ってしまった。その事がまるで
僕をみんなの所へ返すみたいな意味にしか・・・」
言葉の最後は小さく、途切れがちになる。
「 ・・・そういう意味にしか見れなかった。・・・だから・・・」
呟きの様な声は序々に消え、 後は戸惑いの混じった沈黙だけが残った。009は両手でシーツを掴んだまま顔を上げなかった。
「何か、裏があるな」
静まり返った部屋の中に、無機質な004の声が通る。
誰かが小さく溜め息を吐いた。002は椅子に座って組んだ長い脚をいらいらと揺すっている。
メンテナンス室はリアに取付けられている医療機器のモーターが回転する微かな唸りしか聞こえなくなった。
その時、
「アンさんら、まーだアレこれ議論しとるんかネ?!」
粥を乗せたトレーを捧げ持って006が扉から入って来た。美味しそうな匂いを振り撒きながら立ち尽くす仲間の間をずかずか
掻き分けて、009の前にトレーを置く。
「幾ら考えたって、このお方はんが目を覚まさない事には、ワテらにはまだ何もわからんネ。大事なのは、009だけでなくもうひとつの命も助けることが出来
たという事実じゃないアルか?敵や味方や言うのはまた別の話ネ!」
ぴしゃりと言ってのけると、009にスプーンを握らせる。
「今は食べて、力をつけることに専念するがヨロシ!」
博士は頷いた。
「006の言う事は最もじゃ。2つの尊い命が助かった事に感謝すべき。・・・さ、009、とにかく今は食べなさい。そして少し
眠るんじゃ。なあに大丈夫じゃよ、この青年も直に回復する。君もみんなも良く頑張った」
009の肩を博士は優しく叩いた。沈んだ顔に、ようやく僅かな笑みが戻った。
熱い湯気と良い香り、皆の元気な姿・・・今はこれで十分だ。
しばらく後、003はメンテナンス室をそっと覗いて見た。
シーツにくるまって、009はすやすや眠っている。
003は微笑んでそのままドアを閉めようとしたが、009の腕が大きくシーツからはみ出ているのに気付き、傍に寄ってきちんと直してやった。
穏やかな、少年の匂いを残したあどけない寝顔だった。
「忘れないで009、皆あなたを愛し誇りに思っている・・・。ただまだショックが癒えていないだけなのよ・・・」
あの時、また目の前で行ってしまうかと思った。何も出来ない自分達の目の前で。自身が信じた道の為に。
けれど彼は自身だけでなく敵の命さえも無駄にはしなかった。いや、まるで彼の命は自分の命といった様な強い思い入れさえ感じる程に。
003は奥のベッドに横たわる姿を改めて眺めた
死んだ様に身動きひとつしない。顔は血の気が無く、右目の包帯が痛々しい。
───── なぜこの人は自らを傷つけたのだろう、なぜ009はあんなにも・・・
リアは自分達と同じB.G製のサイボーグ。敵とはいえ、殺されそうになったとはいえ、009には彼なりの強いシンパシーを感じたのかもしれない。
003はリアから目を逸し、照明を更に小さく落としてドアの方へ足を向けた。
あまり考えたくない言葉を心の中で呟いて。
・・・シンパシー・・・。
そう、いつもシンパシーから始まるんだわ・・・・・・。
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