月は夜ごと海に還り

第六章(3)にモド ル | 第七章 (2)へススム | 009

  第七章  


(1)



 起き出したその日から、009はリアの目覚めを待ち兼ねていた。
 自分の任務と最小限の睡眠の他は、ほとんどの時間をメンテ ナンス室の奥のベッドの傍らで過した。
 必然的にそれを良く思わない仲間もいた。

「そんな張り付いていなくても起きる時には起きるってのによ」

しかし009は、自分には責任があるからと取り合わなかった。毎日何時間も、青白い顔の上に落ちた漆黒の睫毛が意識回復と共に震え、乾いた唇から深く息を 吐き出すその瞬間を待ち続けていた。

 ギルモア博士が調べた結果、リアについて現在分かっている事と言えば、
諜報・戦闘両方を兼ね備えたB.G製サイボーグである事、加速装置等の性能・他の装備から、開発時期は009辺りとほぼ同時期か少し後と考えられる事。し かし詳しい時期や開発基地などは不明。

「さらに注目すべきことは」

博士が指し示したモニターにリアの体内データの一覧が映し出される。

「リンク先不明の情報コードの存在じゃ。 このデータに何が入っておるのか・・・彼の秘密はここに集約されておるとわしは見ておる」

脳内データの解読には時間が掛かりそうだった。


 待つとは言ってもその日が来るのが実のところ009は怖かった。自分の中に封じ込めている数多くの疑問符が一斉に飛び出すかも知れないその時を恐れてい た。
 彼がすべてを話してくれるかどうか分からない。謎は謎のままで心に落された黒い染みは消えずに鮮明な跡を残すかもしれない。 未だにあの眼を思い出すと、体の何処かが竦んでしまうのだ。如何せん、リアの抱えているであろう闇は自分にとって余りにも不透明過ぎた。
 でもまだ看病という形だったら彼と正面から向き合って話が出来る気がする。ここはドルフィン号の中なのだし、敵同士の関係でも危険は少ない。  彼と言葉をかわしたという事実が自分を勇気づけている。彼の声、表情、手当てをする手付、どれもれっきとした心を持っており、 自分達と何ら変りは無いのだという確信がある。
 彼の苦しみを共有出来たらなんて、大それた事は考えないつもりではいた。深入りは自分だけでなく仲間をも危険に晒す恐れがある。
聞きたい事が聞けたらそれでいい。それ以上は何も望まない。今の所は。

 とにかく彼からどんな事を聞かされようと、00ナンバーの一人としてそれを真摯に受け止めるつもりだった。

 ただ、彼が目覚める時は必ず傍に居たい。

 それだけは最初から決めていた。




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