再演版・悲しい恋



 − 11 − 劇中・その5

 真っ暗な舞台に、一筋のスポットライト。
 その光に照らされる中、座り込んでいるのは両手を後ろで縛られた王子の姿である。
 縄を解こうと試みるものの、どうすることも出来ず、溜息とともにつぶやいた。

 「…姫…。」

 その時、キイィ… と、扉がきしむ音がした。
 はっと顔を上げ、闇に向かって問う。

 「誰だ!?」

 「しっ、お静かに」

 ライトの中にすべり込んできたのは、クラブの侍女・苺鈴である。

 「…確か、姫の…」

 その問いかけに、彼女は王子の縄を解きながら答えた。

 「ええ、姫様付きの侍女ですわ。さあ、お早く」

 二人の動きを、ライトが追う。侍女と共に王子が進む先に、ダイヤの侍女・利佳とハートの
 侍女・千春も現れる。

 「さあ、こちらへ」

 「見張りの者が来ないうちに」

 やがて、舞台全体が明るくなると、そこは二人が仮面を外して身分を明かし合った
 宮殿の庭である。
 あずまやの椅子に座っている姫に、スペードの侍女・奈緒子が声をかける。

 「姫様、あちらに」

 その言葉に、ぱっと立ち上がった姫は、思わず王子に駆け寄った。

 「ご無事で…!!」

 「姫…!」

 四人の侍女は目配せを交わし、そっとその場を離れた。
 互いに手を取り合い、再会を喜ぶ二人。
 しかし、やがて姫はその顔を悲しみに曇らせて、言った。

 「ここで、お別れです。わたしのことは、お忘れください」

 「貴女も、私を疑っていらっしゃるのですか?」

 問いかける王子に、首を振る姫。

 「いいえ…!けれど、父を殺そうとして毒を盛ったのは、おそらくあなたの国の誰かです。
  それを許すことは出来ません。
  そして、倒れた父にかわって国を治めなければならないわたしは、自分の国を裏切ることは
  出来ません。わたしは…あなたの気持ちに応えることは出来ません…!」

 「私を…お嫌いですか?」

 「ちがいます!…ちがい…ます…」

 椅子の上で、崩れそうになる身体を支えながら姫は言葉を続ける。

 「わたしは…わたしは……。
  いいえ、言えません。わたしのこの想いは、あなたにも。
  いえ、あなたには…!」

 「…姫…。」

 その手を取ろうとする王子から逃れるように、姫は椅子から離れ、彼に背を向けた。

 「どうかお願い…!わたしのことなど忘れてしまってください。
  心から無くしてしまってください…!!」

 その震える細い肩を見つめていた王子は、やがて静かに答えた。

 「…わかりました。お約束しましょう。貴女のことは今日を限りに忘れます。
  貴女をこれ以上、苦しめないために」

 「…ありがとう…」

 振り向かぬままの姫の声は、消え入るように小さい。

 「けれど私達は、また必ず出会うでしょう。≪魔法の石≫をめぐる争いの中で。
  その時は…」

 王子の言葉を振り切るように、姫は走り去った。
 残された王子は、姫の去った方向を見つめながら、つぶやく。

 「その時は…姫…」

 王子もまた、その場から立ち去った。


 誰もいなくなった舞台上。
 植込みの陰からエリオルが現れる。
 姫の退場した右手を。王子の退場した左手を。それぞれ眺め、ふうっと溜息をついた。

 「やれやれ…どうしたものかな。
  王が倒れれば、姫との結婚が早まると思ったんだけれどねえ…」

 言いながら、胸元から小ビンを取り出すと、観客に良く見えるようにかざした。

 「…隣の国の王子と通じ、逃がした罪で姫を…いや、それでは面白くない」

 小ビンをしまうと、エリオルは腕を組み、片手を顎に当てて考える。

 「ふむ。王子は姫をたぶらかそうとしたが、上手くいかず、腹いせに殺してしまう。
  王は悲しみのあまり亡くなり、我が国の善良なる民は、愛する婚約者と叔父を失った悲劇の
  若き王…すなわち、この私と共に正義の復讐に一丸となり、隣の国を打ち滅ぼす。
  …これだな。」

 パチン と指を鳴らし、まるで楽しいイタズラでも思いついたかのように笑うエリオル。

 「もともと私は姫の従兄弟で、姫に継ぐ王位継承者なわけだし。
  ちょっともったいないけれど、このさい、姫にも死んでもらって…」

 ニヤリと、その表情が冷酷なものに一変する。

 「王座も、二つの国も、そして≪魔法の石≫も。すべては、私のものに…」


   − 暗転 −


 エリオルの独壇場に、舞台裏では…。

 「柊沢君、上手ね」

 と、利佳ちゃん。

 「うんうん。悪役なのに、何だかすっごくカッコイイよね」

 と、千春ちゃん。

 「≪悪役≫っていうのはね〜」

 と、一席設けようとした山崎君は、即座に千春ちゃんに待ったをかけられた。


 「素晴らしいですわ〜♪盛り上がりますわ〜〜♪♪」

 ケロが消えたことにはまったく気づいていないらしい知世。

 「ああいう役って、結構ノッちゃうのよね〜」

 学芸会の≪眠れる森の美女≫で魔女役を熱演した苺鈴が、実感を込めてつぶやいた。

 「ほえ〜、そうなんだ〜〜」

 素直に感心するさくらの横で、小狼は確信を深めていた。

 ………あいつ、絶対にああいうの、好きで楽しんでるんだ……。

 その時、彼の脳裏に浮かんでいたのは、回想モードによるかつての光景。
 ルビー・ムーンとスピネル・サンを従え、月見峰神社の鳥居の上にふんぞり返るエリオル
 の姿であった…。


    * * *


 かくして、堂に入った悪役振りのエリオル大活躍の山場も終り、ついに次回は最終場面。
 結末は、当初の予定通りの悲劇か、はたまた一転して HAPPY ENDか?
 脚本&演出&舞台監督の奈緒子ちゃんに訊いてみよう。

 「あ〜っ、ストーリーはカンペキなのに、演出が追いつかないよ〜〜」

 …さて、無事に幕は降りるのであろうか…?




 − 12 − 劇中・その6

 舞台の両端に、スポットライトが当てられた。
 右手に姫、左手に王子が客席に背を向けて跪いている。
 姫の前には長椅子に身を横たえた白い髭の男性が。王子の前にはドレスを着た女性が。
 それぞれ頭に王冠をつけ、家臣を従えていた。

 「隣の国へ、話し合いの申し入れをした」

 と、姫の前に身を横たえた男性…国王は言った。

 「隣の国から、話し合いの申し入れがありました」

 と、王子の前に立つ女性…女王が言った。

 「わしに代わって、姫、そなたに行ってもらう」

 「わたくしに代わって、王子、そなたに行ってもらいます」

 頭(こうべ)を垂れたまま、動かない姫と王子に、王の声と女王の声が重なった。

 「「忘れぬように。この国の命運は、そなたの肩にかかっているのだということを」」

 「「はい」」

 跪いたまま、答える二人。
 やがて、立ちあがると客席へ振り向き、舞台の前へと進み出る。
 ライトがそれを追い、王と女王の姿が消える。


 「わたしの力で争いを無くすことが出来るなら」

 と、姫。

 「二つの国に平和をもたらすことが出来るなら」

 と、王子。

 「「この想いが届かなくても、あのひとの願いを叶えることが出来るなら」」


 その時、三つ目のスポットライトの光が二人の間…舞台の中央奥に立つエリオルを照らした。

 「我が国は、我々の王を毒殺しようとした罪により、貴国の王子の身柄を要求する!」

 王子を指差し、鋭く言い放たれたセリフを合図に、舞台全体が明るくなる。
 右手にはオレンジを基調とした姫の国の、左手には緑を基調とした王子の国の、家臣と
 兵士がずらりと並んでいる。

 ここは、二つの国の国境。
 荒涼とした不毛の土地で、両国の間に話し合いの場がもたれようとしていた筈であった。
 しかし、エリオルの第一声で始まった話し合いは、その幕開けから険悪さに満ちている。

 「我が国の王子が、そんな真似などするものか!!」

 「何の証拠があって、そんな言いがかりを!?」

 憤る王子の国の家臣と兵士達。

 「王子が我が国の宮殿に侵入し、捕らえられたことについては、多くの証人がおりますぞ」

 「証人だと?皆、そちらの国の者ばかりではないか!でっちあげだ!!」

 「無礼な!!」

 「何を…!」

 渦巻く不信と憎悪。
 嵐のような非難が投げつけられる中、姫も王子も無言だった。
 王子は真っ直ぐに姫を見つめている。
 苦しそうに王子から目をそらせていた姫であったが、震える両手を握り締めると、ついに
 唇を開いた。

 「お待ちなさい…!」

 その凛とした声に、口論が止んだ。

 「姫…?」

 「王に代わってここに来たのは、わたしです。これ以上の勝手は許しません」

 「しかし…」

 「聞こえませんでしたか?お下がりなさい!」

 その声に、エリオルもやむを得ず口をつぐみ、引き下がった。
 姫は王子と話すために、真っ直ぐに顔を上げて一歩進み出る。
 王子もまた、一歩姫へと近づいた。
 話し合いは好転しそうな気配をみせた。
 だが…。

 「なんだ?」

 「…占いだ」

 「≪石≫が…」

 姫の国の兵士の中から、ざわめきが起こった。
 兵士達の間をぬって、占い師が現れる。
 濃紺のマントをすっぽりと被ったその占い師は、手にした大人の拳ほどの大きさの
 水晶球を示しながら、低くくぐもった声で言った。

 「…間もなくこの地に、≪魔法の石≫が現れる…」

 「≪魔法の石≫が…!」

 その声は、さざなみのように広がり、そして…。
 姫の国の兵士達は、一斉に剣を抜いた。

 「≪魔法の石≫は我が国のものだ!」

 それに応じるように、王子の国の兵士達も剣を抜く。

 「いいや、我が国のものだ!」


 「まって!」 「姫様、こちらへ!!」
 「まて!」 「王子、危険です!!」


 止めようとする姫と王子の声も、津波となった人々の欲望の前には空しく、話し合いの場は、
 一転して争いの場になった。
 二つの国の兵士達が、互いに剣を振り下ろし、盾で防ぐ。
 姫付きの四人の侍女達さえもが姫を庇いながら、その手に剣を握っている。
 戦いがひときわ激しくなり、敵・味方が入り混じった、その時。
 先ほど≪魔法の石≫の出現を予言した占い師が、姫の背後にしのびよっていた。
 その手に握られた短剣が、姫に振り上げられている。
 だが、ずっと姫の姿を目で追っていた王子は、その不審な動きに気づいていた。

 「姫!!」

 彼女を庇い、その一撃を受ける王子。
 そして次の瞬間には、王子の剣が占い師のマントを貫いていた。
 ハラリとマントが地面に落ちる。
 その中から現れたのは…。

 「…もう少しだったのに…」

 呻くようにつぶやいて、倒れたエリオルの懐から転がり落ちた小ビン。
 それを拾い上げた侍女達が、驚きの声を上げる。

 「これは…毒…?」

 「では、王に毒を飲ませていたのは…」

 皆が争いを止めて見守る中、姫は力尽きて倒れた王子を懸命に抱き起こそうとしていた。

 「どうして!?どうしてわたしを庇ったりしたのですか!!
  わたしのことは忘れると約束なさったのに…!!」

 「…はい。約束は、守りました。
  けれど…今日、貴女に会って、私はもう一度、貴女に恋をしました…」

 苦しい息の中で、王子は姫に最後の想いを伝える。

 「何度でも、出会うたびに私は貴女に恋をするでしょう…。
  貴女が貴女である限り。私が私である限り……次に生まれ変わった時も、きっと……」

 悲しみに顔を歪め、姫は小さく首を振った。
 伝えたいことがある筈なのに、言葉にならない。

 「泣かないで…笑って……、幸せに…」

 そのまま、王子は目を閉じた。
 冷たくなっていく王子の手を握ったまま、姫はもう届かない言葉を紡ぐ。

 「なぜ、こんなことに…。わたしを守るために、死んでしまうなんて…。
  あなたがいなければ、わたしに幸せなどないというのに…」

 姫の瞳に、涙が滲みはじめた。震える声が唇からこぼれる。

 「あなたに、私のこの想いを伝えればよかった。……本当の、想いを……」

 涙があふれ、頬を伝う。
 その最初の一雫がライトの光をうけて、きらめきながら王子の胸の上に落ちた。

 その瞬間、

 パアアアァ……

 虹色の光が生まれた。
 ざわめく人々。
 その輝きは、ふわりと浮き上がり、舞台の中空にとどまった。

 『私を呼び覚ましたのは…貴女ですね』

 やさしく、懐かしい声が響く。

 「あなたは…!」

 クロウさん!?と、言いかけたさくらを遮るように、

 『私は…貴女方が≪魔法の石≫と呼ぶもの…』

 ふと気がつくと、いつのまにか舞台袖に引っ込んだエリオルが小さく目で合図を送っている。
 うなずいたさくらは、そのままお芝居を続けた。

 見上げる姫に、虹の光からの声は言った。

 『姫…貴女の願いは、わかっています。
  王子の命をよみがえらせて欲しい…違いますか?』

 「出来るのですか!?」

 『ええ…。ですが、死んだ人をよみがえらせるには、私の全ての力が必要です。
  その一度の願いで私は再び眠りにつき、貴女は二度と私を呼ぶことは出来ないでしょう。
  惜しくはありませんか…?永遠の若さと美しさ。世界中の富。貴女の国の繁栄…。
  私の力なら、その三つを同時に叶えることも出来ますよ…』

 「そうです姫!敵国の王子の命など、我が国の繁栄にくらべれば…!!」

 「なんだと!王子は、その敵国の姫を庇われたのだぞ!!
  お前達こそ、我が国に濡れ衣を着せて、疑ったではないか!!」

 再び剣を取り、争おうとする人々に姫は叫んだ。

 「やめて!!」

 そして、虹の光を真っ直ぐに見つめた。

 「わたしは大事な人と、共に生きて老いていきたい。
  その幸せは、世界中の富と引き換えても、買うことは出来ません。
  我が国の繁栄も、隣の国の人々の幸せを踏みにじるものであっては何のイミもありません。
  わたしが願うものは、ひとつだけです」

 光は、きらきらと瞬いた。まるで、満足そうに微笑んでいるかのように。

 『私を呼び覚ますひとの答えは、いつも同じですね。
  そして、願うこともいつもひとつ。
  それも、不思議ではないのかもしれません。何故なら…』

 光はゆっくりと下がり、王子の身体を包み込んだ。
 そして、一瞬、目が眩むほどの光を放った。

 『……私は…≪一番大事なひと≫を想う……≪こころ≫の結晶なのですから……』

 光が消え、王子がゆっくりと目を開ける。

 「…姫…?」

 身体を起こしながら、不思議そうに問う。

 「…私は…なぜ……?」

 姫は涙に濡れた瞳で王子を見つめ、その両手で王子の手を握りしめた。
 その姿を前に、一人また一人と兵士達が剣を納め、二人の前に跪いていく。
 やがて、姫はニッコリと花のように微笑んだ。

 「あなたに…伝えたい。わたしの、本当の想いを…」


 …全ての動きが止まり、静かにライトが消えていく…


   ― 幕 ―


 一瞬の間を置いて、客席は割れんばかりの拍手に包まれた。
 レースのハンカチで鼻をかんでしまう園美さんに、藤隆さんがそっと自分のハンカチを
 差し出している。
 奈久留は桃矢のTシャツを派手に濡らしており、離れろ離れないで大モメ中。
 その横で、雪兎はニコニコと惜しみない拍手をおくっている。

 そして、幕の内側では。
 抱き合って泣いている女の子達。照れ笑いを浮かべながら、肩を叩き合っている男の子達。

 特に主役のさくらと小狼は、出演者から裏方までクラスの皆に、もみくちゃにされている。
 そんな大騒ぎの中で、妙に冷静な三人。

 「劇の最後、変ってしまいましたわね」

 ビデオを片手に話しかける知世に、奈緒子ちゃんは答えた。

 「うん。はじめに台本を書いた時はね、『ロミオとジュリエット』みたいな悲劇ってすてきだ
 なって思ったの。
 でも、お客さんを見ていたら、やっぱりHAPPY ENDがいいかなって」

 その返事に、知世はうなずいた。

 「私もお話の結末は、HAPPY ENDの方が好きですわ」

 「僕もですよ。でも、柳沢さんの脚本と演出は、実に素晴らしかったですね」

 エリオルの賞賛に、奈緒子ちゃんが照れながら言った。

 「ううん!柊沢君があの光を出してくれなかったら、あんなに盛り上がらなかったよ〜。
  でも、あの光と声、どうやったの?」

 「手品ですから、タネは秘密ですよ」

 エリオルは知世と目を合わせ、共にニッコリと微笑むと、主役の二人に視線を戻した。
 ちょうど二人は、苺鈴にタックルされているところである。

 「でも一番、素晴らしいのは、やはりあのお二人ですわ♪」


    * * *


 おかげをもちまして、劇も無事に幕を降ろすことが出来ました。
 このお話も、ようやく次回で最終回。

 「えっ、終ったんじゃないのか?」

 「最後に、みんなで御挨拶するんだって」

 「うん、さくらちゃんも李君も、よろしくね〜」

 「おほほほほほ〜♪またまたベストショットの予感がしますわ〜〜♪♪」

 …お気が向かれましたなら、お付き合いのほどを…。


                                        − つづく −

                                        − もどる −

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 (初出01.2〜3 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)