再演版・悲しい恋



 − 9 − 劇中・その4

 再び、劇が始まった。

 場面は変わって、ここは姫の国の宮殿である。
 まだ舞台は暗く、その一角だけがライトで照らされていた。
 そこに立っているのは姫の国の三人の家臣達である。

 「王の御身体は、大丈夫なのか?」

 一人の問いに、もう一人が答えた。

 「お命はとりとめたが、どうやら…」

 ふいに声をひそめ、耳打ちする。

 「何?毒だと!?一体誰が…」

 「決まっている。城にもぐり込んだ隣の国の者の仕業だろう」

 「うむ、それしか考えられないな。しかし王がお倒れになって、これからどうするのだ?」

 「姫君がいらっしゃる。まだお若いが、城の者にも民にも慕われている」

 「そうだ。あの方が我々を率いて下されば、隣の国など怖るるに足りん」

 「そうだな」

 「そのとおりだ」

 ライトが消え、家臣の者達が引き上げる。
 同時に、反対側のライトがつくと、そこには長椅子に腰掛けた姫の姿があった。
 背後には大きな窓とカ−テン。
 舞台からは見えないが、その向こうはバルコニーに続いている…という設定である。

 私室に一人。憂いた顔で俯いていた姫は、やがてゆっくりと語り始める。

 「お父様が…この国の王が病に伏せっておられるというのに、わたしの心に浮かぶのは、
  あのひとのことばかり。
  まるで、心が自分のものではないかのよう…。
  あのひとを好きになってはいけないのに、わたしはわたしの心を止めることが出来ない。
  あのひとの優しい笑顔が忘れられない。あのひとに会いたい。
  会って、わたしの本当の想いを告げてしまいたい…」

 かなり長いセリフだが、元々の台本を生かしたものなので、さくらも何とかこなしている。
 そこへ、現れる人影。

 「あなたは…」

 立っていたのは、舞台衣装に着替えたエリオルであった。
 ちなみに衣装は、最初の場面でワルツを踊っていた生徒のうち、エリオルに一番背格好の
 似ていた男子の着ていたものを速攻で直したのだ。
 所要時間、10分。
 さすがはコスチュームの達人・大道寺知世である。

 「姫、王が倒れた今、私と貴女の婚礼は、早めたほうがいいと思いませんか?」

 彼の役どころは、姫の婚約者である王家の血を引く貴族の青年。
 …つまり、典型的な≪美形敵役≫である。

 「…わたしは…あなたと結婚は出来ません」

 顔を背け、きっぱりと言う姫に驚いたふうもなく尋ねるエリオル。

 「…ほう…。何故です?」

 「………。」

 「どなたか、他に好きな方でもお出来になりましたか?」

 「…それは…」

 返事につまる姫に、クスリと笑みをもらし彼は言った。

 「正直な方ですね。しかし、お相手が隣の国の王子というのはいかがなものかと」

 エリオルの言葉に、姫はハッと顔を上げる。

 「どうして、それを…?」

 「昨日の仮面舞踏会には、私の知り合いも大勢出かけていましたからね」

 「………。」

 「大丈夫、黙っていますよ。
  お倒れになった父君に、これ以上の心配をかけたくはないでしょう?
  ですから、私と…」

 一歩、姫へと近づくエリオル。後じさる姫。
 その時。

 「姫から、離れろ!」

 ぱっとカーテンを翻し、王子が現れた。手には、抜き放った剣を持っている。
 劇の中でとはいえ、さくらの婚約者という役のエリオルに、怒りの演技もかなり気合が
 入っている…というか、本気で≪ガビガビ状態≫である。

 「どうして、ここへ…?」

 驚く姫に、答える王子。

 「言ったでしょう、必ずまた、お目にかかると」

 「それで、敵国の宮殿に忍び込んだというのですか?
  一国の王子ともあろう方が、無謀ですね」

 そう言いながら、彼も腰の剣を抜いた。

 実は、エリオルには細かいセリフの指定がない。
 奈緒子ちゃんは、かねてより山崎君と彼とのウソのやりとりを見ており、役柄とお芝居の
 流れだけを説明し、後の一切をアドリブで頼んだのである。
 尚、彼の役名は便宜上、本名そのままのエリオルにしておく。

 剣を構えてエリオルと対峙しながら、王子は姫に訴える。

 「姫、私に応えて下さいませんか?
  私達が手を取り合えば、二つの国の間の愚かな争いを終らせることが出来ます…!」

 「なるほど。そうやって姫をたぶらかし、我が国を乗っ取るおつもりか。
  …とすると、王に毒を盛ったのは、貴方の仕業ということですね」

 「毒…!?」

 「何のことだ!?」

 驚く二人を前に、エリオルは平然と語る。

 「姫。王が倒れたのは、実は何者かに毒を飲まされたせいなのです。
  貴女がショックを受けると思い、伏せさせていたのですが…。
  犯人は、明らかなようですね」

 「違う…っつ!?」

 瞬間、隙をついたエリオルの一撃を、かろうじて防いだ王子。
 本物の剣であれば、火花が散ったことだろう。
 舞台用の模造品とはいえ、王子こと小狼の剣術とエリオルのフェンシングの対決は、
 まるで模範試合のように見事であった。

 手に汗握る技の応酬に、客席から感嘆の声がもれる。
 それもその筈。型のない、ぶっつけ本番の殺陣(たて)なのだ。
 エリオルはともかく、小狼は真剣そのものだ。

 十合を超える打ち合いの末、ついにエリオルの手から剣が弾けとんだ。
 王子の勝ち、である。
 だが…。

 「曲者だ!捕らえよ!!」

 エリオルの声に、城の兵士達がその場に踏み込み、王子は捕らえられてしまう。
 姫は成す術もなく、それを見守るしかなかった。


 再び舞台は暗転し、場面は次へと移る…。


   * * *


 ついに再演版・オリジナルの劇中キャラクター登場。
 展開も、どんどん元の台本から外れていくようだが、大丈夫なのか!?

 「何とかなるよ〜、ぜったい大丈夫だよ〜〜」

 …奈緒子ちゃん、そのセリフをどこで…?




 − 10 − 舞台裏・その4

 舞台裏…そこは、戦場であった。

 「えっ?わたしの次のセリフは、どうなるの??」

 「オレの次の出番は〜!?」

 パニックになる出演者達。

 「あれ?じゃあ次の場面のセットは、どう動かすんだ??」

 「効果音のテープ、このままでいいの〜!?」

 混乱する裏方さん達。
 むろん、全員が友枝小学校6年2組の生徒のみである。
 それをリードしているのは、人が変ったようにテンションの高い奈緒子ちゃんと、常に
 ニコニコしているクラス委員の山崎君であった。

 「じゃあ麻生君はちょっと走っていって、最終場面の台本をコピーして来てくれるかな?
  工藤君と高田さんは、こっちの紙にこれを書き写してね。
  え、これ?カンニングペーパー。
  木之本さんのセリフは赤で、李君のは緑のマジックで書いてね。
  森尾さん、テープはそのまま使ってていいけれど、次の場面で効果音の追加があるから、
  注意してね。
  じゃあ、次の場面のセットの説明をするので、大道具係のみんなは集まって下さ〜い」

 テキパキテキパキ。見事な手並みでパニックを収拾していく山崎君。
 某国の総理大臣に爪の垢を送ってあげたい危機管理能力である。

 「…俺、こんなにヒマでいいんだろうか…?」

 舞台裏、唯一の大人である寺田先生は、椅子に座ったまますることもなく自らの教育者と
 しての在りように疑問を抱いてしまう。

 「大丈夫です…!
  寺田先生がそこに座って見ていて下さるから、私は…私達は、安心出来るんです…!!」

 利佳ちゃんが言った。
 才能が溢れていたり、国際性が豊かだったり、素晴らしいリーダーシップを発揮したり。
 そして、こんなにも優しくて良く気がついたり。
 良い生徒に恵まれている自分を、寺田先生は心底幸せ者だと思った。

 「ありがとう、佐々木。おまえも頑張れよ。先生、ちゃんと見ているからな」

 寺田先生は利佳ちゃんの肩に手を置くと、爽やか〜に笑った。

 「はい…!(//////)」

 佐々木利佳、まさに至福の瞬間であった。


   * * *


 その頃。
 舞台裏の奥。生徒達に忘れられたエリオル持参の差し入れのバスケットの中にも、至福の
 時をすごしている者達がいた。

 「おお、こりゃイケるやないか〜。
  このスコーン、ジャムをた〜っぷりと付けて食うんが、またうまいんや〜♪
  それに、このクッキーもサックリとしてたまらんな〜〜♪♪」

 いつの間にか、知世の手提げを抜け出してバスケットにもぐり込んだケロが、エリオル
 お手製のお菓子をパクついている。
 それを横目で見ながら、スピネルもサンドイッチを食べていた。

 「まったく、食べなきゃやってられません。あんな人が主だなんて…」

 「おお、そうやろそうやろ。
  あいつはなぁ、クロウの頃からしょーもないイタズラばーっかり仕掛けちゃあ、喜んどる
  ヤツやったんや。よおわかるで、スッピー」

 「…誰がスッピーですか…。
  まったく、これじゃあ飲み屋でオヤジが愚痴の言い合いをしているみたいじゃないですか。
  それにしても、このサンドイッチはイケますね。さすがはエリオルです…(モグモグ)」

 嗜好と言葉遣いの違いはともかく、良く食べるという一点においてはスピネルもケロと
 いい勝負である。
 この小さな身体のどこに消えているのかという勢いでサンドイッチを減らしていく。
 ハム、チーズ、卵サラダ、ツナ、スモークサーモン、レバーペースト、チキン。
 そして生クリームとフルーツ………ん?

 うっかりとスピネルが口にしたのは、甘〜いフルーツサンドだった。

 「もっと食べりゅ〜〜♪」

 ピンクに染めたほっぺを両前足で押さえ、スピネルは1オクターブ高い声を上げた。

 「お、おまえ、また〜〜」

 青くなるケロの前で、あっという間にバスケットを空にしたスピネルは、

 「もおぉ〜っと甘いもの、たべたああぁ〜〜い♪♪」

 と叫びながら黒い弾丸と化して友枝町へと飛び出して行った。

 「ス、スッピ〜〜!!」

 あたふたと、その後を追うケロ。
 裏口から出ていったので、誰にも見られなかったのはせめてもである。
 もっとも、すれ違ったとしても人間の目には、二匹は一陣の疾風(つむじかぜ)としか
 映らなかったであろうが。

 その後、街中で起きた騒ぎについては……また、別のお話である……。
 (詳しくは、「劇場版・ケロちゃんにおまかせ!2」をご覧下さい。)
                    ↑※大嘘です。念のため…。


                                        − つづく −

                                        − もどる −

 ≪TextTop≫       ≪Top≫ 



***************************************

 (初出01.2〜3 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)