Wine red



2月1日から2日にかけて。
料理人は夜の見張り台に上がる。
砂の国の王女がGM号を降りて以来、それは年中行事となっていた。

誰も何も言わず、見張り当番を交代する。
一人になれる時間と空間を彼に与える為に。
…なのに、と言うべきか。

「ロビンちゃんも、一緒にいかが?」

見張り台の上からワインのボトルとグラスを手に、料理人が考古学者に声を掛ける。
これも隠れた恒例だ。
ただ、例年と違うのは黒髪の考古学者が微笑みを浮かべて
彼の誘いに頷いたことだろう。

「私で良ければ」

狭い見張り台の上、輝く星と月明かりの下。
男女が向かい合ってワイングラスを傾けるという、ム−ド満点の図が出来上がった。
女好きでもてなし好きの料理人は、ほろ酔いも手伝って上機嫌だ。

コルクを抜かれたばかりのライトボディの赤がグラスに注がれる。
日付が変って30分も経っていないのに、ボトルの1/3が減っていた。

「まだ、若い味ね」

一口含んで、考古学者は言った。

「新酒ですから。でも、土地や気候が良かったらしくて、味も香りも悪くない。
 ま、好みですけれど」

料理人は月の光に透き通る赤を確かめるように見つめて答えた。


彼が、このワインを買い求めたのは何時だろう?
戸棚の奥に置かれたボトルには
酒豪の航海士も剣士もけっして手を出さない。


「フル−ティ−で、呑みやすいわ。
 …私は嫌いじゃない」

「ロビンちゃんのお口に合えば、何よりですvv」

金色の前髪に隠れていない方の青い眸が、ニッコリと笑う。
いつもの歯の浮くようなセリフが少ないのは、酔いの所為ばかりではないのだろう。


時が経つにつれ、かつて居た誰かの名残は消えていく。
その名が口に出される数も減っていく。
それは、どうしようもないことだ。


「料理人さん」

グラスに二杯目を注がれながら、考古学者は言った。

「忘れられないのがツライの?
 それとも、忘れていくのがツライ?」

問われた料理人は、自分のグラスにも何杯目かを注ぐ。
注意深くその作業を終えて、顔を上げた。

「自分に嘘を吐けないのって、ツライな−って。
 例えば、マジモ−ドでロビンちゃんを口説いてみたりとか。
 彼女の為とか自分の為とか、もっともらしい理屈を積み上げて忘れたフリをしてみたりとか。
 そんな風に出来ねェのは、凄くツライ」

そして、彼はタバコに火を点けた。
闇に浮かぶ紅い灯は、ワインの赤にも似て。

「……だって、ず〜っとそうやって生きてきたからね……」

風下に向かって吐き出した煙が、白く尾を引いて流れる。

「俺と彼女がした約束は、一つだけ。
 …自分のキモチに嘘を吐かねェこと。」


永遠(ずっと)とか、未来(いつか)とか
言葉にすれば容易いけれど
何時かはソレに縛られて守る為に嘘を吐く。

人は、何かを守る為になら
幾らでも狡くなれるし残酷にもなる。


「だから、もしもこの先彼女が誰かと結婚したり、子供を産んだり
 アラバスタの女王様になったとしても、ソレは関係ない。
 彼女にとって、俺に賞金が掛けられようと、万が一クソ海軍に捕まって
 首を斬り落とされようと、関係ねェようにね」


前髪に隠れた方の顔を女に向けて、彼は遠くを眺める。
無意識にか、その眸の色を誰にも見せずに。


目の前に応えてくれる相手の居ない恋は
夢への情熱に似ている。

先は見えない
この手に掴めるのか判らない
諦めれば、終わる

自分自身との闘い


「シンプルなモノが、一番強いわ。
 …そして、一番難しいモノね」


新しい出会い 新しい冒険
その中で、記憶と想いは色褪せていくのだろうか?
色褪せた時、それを見つめることが出来るだろうか?
相手にではなく 夢にでもなく 自分に
嘘を吐かずに。


「でしょ−?俺には時々、荷が勝ちすぎるよ」


右手でタバコを持って、ふわりと風のように軽く女との距離を詰める。
見張り台の縁から生えた“手”がワイングラスを受け取る。
鳶色の眸が、ゆっくりと瞼に覆われた。


   まだ、こんなにも
   さみしくて くるしくて

   だから、ほんのすこしだけ
   やさしさを ぬくもりを


触れるだけのキスは、タバコとワインの香りがした。

「…慰めてくれるの?」

離れたばかりの唇から出された声は、低く甘い響きを纏っている。
明るい月の光に、金糸の髪が煌く。

「そうね、…でもココまで」

離れていく唇は、その両端を吊り上げて答を放つ。

「……ちぇ−っ」

ふっと空気が緩み、男の声がいつもの軽さを取り戻した。
眉毛がだらんと下がる。

「そんな、ホッとしたようなカオをして言うモノじゃないわ」

微笑みながらいつものように距離を置いて、女は見張り台の縁にもたれた。
ただ、ワインと会話を楽しむだけの位置に戻って。

「いや〜、それはロビンちゃんの優しさに癒されたからで〜vv」

口に咥えたタバコから、盛大にハ−ト形の煙が吐き出される。
女は男の肩に“手”を生やすと、煙の元を弾き飛ばした。
紅く弧を描いて夜の海に吸い込まれていく火種。

「そんな事を言っていると、プリンセスにバラしてしまうわよ?
 空島の天使さん達や、春島の花売り娘さんや、夏島の……」

「あははは……。(汗)バレてた?」

引き攣る男に、女は優雅な仕草でグラスを傾ける。

「覚えておきなさい、料理人さん。
 女はね、同じ男を取り合いでもしない限り、常に女の味方に付くってコトをね」

苦笑いを浮かべた料理人は、少し表情をあらためて言った。

「ロビンちゃん、ありがとね。一緒に思い出してくれて」

考古学者は、静かに微笑んだ。

「貴方はこの船の“仲間”だし、彼女も“仲間”だわ」

「そう言ってくれると、すげ−嬉しいvv」

料理人は笑顔を見せた。
苦笑でもなく、自嘲でもなく。少年のように満面の。
この顔を意識して使い分けられるなら、彼はもっと幸せになっていたかもしれないし
最低に不幸になっていたかもしれない。

そんなコトを思いながら、考古学者は一言付け加えた。

「お互い、これ以上は無いってくらい嫌い合ってはいるけれど」

「いいんじゃねェ?俺とクソ剣士だって、そうだしさ−」

彼の返事に、考古学者は苦笑した。

「貴方と剣士さんとに比べられてもね…。
 それに、私は誰かのモノを奪うことに興味は無いわ。
 ただ、“真実”が見たいのよ」


二杯目のグラスを空けると、考古学者は見張り台を降りた。

「あんまり長居をすると、航海士さんの風当たりがキツクなるの」

と、笑いながら。
大いに名残を惜しみつつも、自分には風どころか氷の礫(つぶて)が降り注ぐと
予想の付く料理人は、敢えて引き止めなかった。


   * * *


静けさを取り戻した見張り台の上で、料理人は残り少なくなったボトルの中身を
グラスに空けた。


「俺には、彼女が俺に喝を入れに来てくれたようにしか感じられないんだけど…。
 それって、女性同士の連帯意識?俺への個人的な好意?それとも…?
 “真実”とやらは、何処にあると思う?」


月は、グラスを透かした紅い液体の中に閉じ込められたように見えた。


「…ねェ、どう思う?ビビちゃん」


   * * *


カルガモにつつかれて、砂の国の王女は物思いから醒めた。
大きな窓からは冴え冴えと輝く月が顔を覗かせている。

「どうしたの、カル−?あら、もうこんな時間なのね。
 正午から式典だし、目の下に隈なんか作ったらテラコッタさんに怒られちゃう。
 あ〜ぁあ、またコルセットか…。アレだけは慣れないわ」

窓辺を離れた王女は、ベッドに向かった。

「おいで、カル−。いっしょに寝よう」

「クエェ…、クエックエッ」

「なあに、“おめでとう”って言ってくれるの?ありがとうカル−」

カルガモの羽根を撫でた王女は、その手触りに金色の髪を思い出した。
タバコの香り、潮の匂い。
まだ、覚えている。


せつなくて   
こいしくて   
ただ、あいたい   


『今日で私は、あの頃の貴方と同じ歳になりました。
サンジさん、まだ私を覚えていてくれますか…?』


紅い小さな光が夜空に弧を描いて、砂の海に吸い込まれていった。



                                                − 終 −


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姫誕祝最後の自作Textは、サンビビ原作設定しぶとく遠恋中です。
単品でも読める内容とは思いますが、昨年のサンビビ企画に投稿させていただいた
Log」→「Pain」→「Floral」→「Cigarette」の一連に繋がる設定です。
…このシリ−ズ化癖、いい加減なんとかしないと…。
なお、背景画像はどう見てもブランデ−グラスだったりしますが、そこはまあ雰囲気で。(汗)
明日は料理人の誕生日。
各所で賑わうだろうサン誕にエ−ルを送りつつ、これにて姫誕企画の〆とさせていただきます。


2004.3.1 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20040202