月は夜ごと海に還り
(2)
デッキに上がって来た004は、夕焼け空の下ではしゃぎ回る少年達の姿を眩しく見つめていた
もっと遊ばせてやりたいのは山々だが、その冷徹な照準眼は何一つ見逃さない。残念だが。
自分に向かって近付いて来る、対称的なふたりの顔(片方は拗ねてこちらを睨み付け、片方はいかにも済まなそうにシュンとして)に、思わず苦笑する 。
すとん、と床に着地すると、009は急いで002の腕の中から滑り降りた。
「ご・・ごめんなさい・・」
009は、腕組みして立っている仲間が何か言う前に、おろおろ謝った。
「遊びの時間にはまだ早いな。皆まだ動いてるんだ・・おい、さっさと報告だ 」
004は鋼鉄の手をひらひらさせて、恨めしそうにしている002に容赦なく言い放つ。
「けっ! せっかくロマンチックな空中散歩だったのによー これだから石頭のオッサンはな!」
「後でいくらでも一人でロマンチックに浸れ。009を無理矢理付き合わせるな 」
「ぜ・・004、違うよ。 僕がちゃんと止めなかったから・・」
「無理矢理なんて人聞きのわりー事。 すげー楽しかったよな! 」
002は自信満々に009の顔を覗き込んで、ポフッとその肩を組む。ギロリと冷徹な眼に睨まれる。
009は一層おろおろした。
その時、3人の頭上でばさばさと羽音がした。
「よおーお三方お集まりで!! 」
そこには双眼鏡を下げた、一羽の奇妙なカモメ。
「おお、素晴らしきかな、黄昏時の空中散歩! 果てしない金色の大海原よ!!」
朗々と歌い上げながら、 ご機嫌至極デッキをぐるり一周、ぽかんとする002の頭にどすんと着地する図々しいカモメ ─────もとい007。
「恋人同士の別れの如く、切なく心を染めて行く・・ああ、ロマンチックな夕暮れの一刹那!!」
004はふーっと溜め息をつく。009は我慢出来ずにくすくす笑う。
「おい、重いったら! 降りろ! 」
自慢の頭に居座った007を追い払おうと、もがく002。
「・・とにかく002、007、下で内容の報告を。」
眉間に指をあてながら、004はふたりをドアの方へ追い遣った。
「・・降りろってば!」
カモメを乗せたまま渋々コクピットに向かった002の声が、階段の所からまだ響いて来る。
「ゴメンなさい・・ 」
ふたりの姿がドアの向こうに消えると、009はシュンとした顔でもう一度謝った。
004は風でさんざん乱れた相手の髪を、無言で梳いて直してやる。 その指の動きは、鋼鉄とは思えない程繊細だった。
梳く度に、太陽と、海と、大気の匂いがした。
「でも──── 」
「でも?」004は指を止める。
「・・・すっごく楽しかったんだから!!」
悪戯っぽく笑って、009はくるりと身を翻す。
くすくす笑いながら、先に行ったふたりの後を追おうとした。
「待て 」
背後から呼び止められて、笑顔のままで振返る。
肩を引き寄せられ、顎に指が掛かり、上を向かせられた。
言葉を発しかけて、はっと思い当たり、素直に目を閉じた。
そうして唇を受け入れる。
デッキに、ふたりの長い影が落ちる。
沈みかかった太陽はその日最後の光を一杯に放ち、ドルフィン号はその機体を一層黄金色に輝かせた。
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