月は夜ごと海に還り

第二章(1)へモド ル | 第二章 (3)ススム | 009
(2)



「本当に人間の形をしておったのだね?」
「はい。頭と肩の輪郭がはっきり見えましたし、服の裾の様な物も・・」


 あれから大急ぎでドルフィン号に帰った009は、博士達にたった今目撃して来た事を真っ先に報告した。後ろめたい気持があったのであまり気は進まなかっ たが、それでもこんな重要な事を知らせない訳にはいかなかった。

『気配を感じてそれを追ったら偶然滝壺に出た。そこから見える崖の上に影を見た』 ──── もちろん水浴びの事はおくびにも出さない。


「その崖にも上がってみたのですが、その時にはもう誰も・・・」
「痕跡は残っていなかったのか?足跡とか、草木が不自然に折れてたとか?」
009は首を横に振る。
同時刻に別ルートの見回りだった004は、帰って来るなり心配な話を聞かされて眉を顰める。

 脆弱な月明かりの下で一瞬見えた物の形は、レイガンに良く似ていた。
集まっていたメンバーは009のその言葉に、更に不安気に顔を見合わせた。
「探査ではこの島にB.Gの基地は無い筈よ」
「では周辺の島か?いや、あれだけ徹底的に調べたんじゃ。その可能性は低い。だとしたら、近くの大陸の基地から偵察、又は脱走でもして潜んでいたか・・ま あ、まだ敵と決まった訳ではないが、心配じゃのう ────」


 博士とメンバー達の顔は不安気だったにも拘らず、009は実は内心密かにほっとしていた。たったひとり、しかも防護服無しの一糸纏わぬ裸のままで、敵か もしれない人影と対峙したのだ。最強のサイボーグとは言ってもその時を思い出すとさすがに冷や汗が流れる。加速装置を使って一瞬で帰って来れたものの、運 が悪ければ今頃命は無いのだ。こうして無事ドルフィン号に戻り、仲間達と強固な壁に守られていることに感謝する。

「002、実はアンさんなんとちゃうか?夕食の時、『昼間の見回りには飽きた。夜空をかっ飛ばしたい』言うて駄々捏ねとったネ」
006が言い、皆が疑いの眼差しで002を見た。
「ちが、違う!俺はメシの後、ずっと制御室に居たぞ!」
彼はぶんぶん首を振った。

「そうよねえ・・」

「しかし解せないのは・・」

004が考え込む様に床に目を遣る。

「009がレイガンを向けたのに、相手は自分も同じ様な物を持っているのにも拘わらす、全く何もして来なかった・・と言うことだ」

「そこなんじゃ。もしB.Gの者なら、自分に向けられている武器が何なのかすぐに判る筈。そうなれば自分の相手があの『裏切りサイボーグ』だと判断して も、おかしくないんじゃ。何のリアクションも無い上、基地に報告・攻撃準備に要する時間を考えても、B.Gなら今こうして居る間にもさっさと我々の居場所 を暴いて襲って来とるじゃろう。さして大きくない島なんじゃからな」

「敵 ──── では無い?」
「も、もしや、ゆ、幽霊?」
「アイヤ ────!!!」
006と007は互いにしがみついて震え上がった。

「ううむ・・」

博士のくわえたパイプの煙が大きな疑問符形の様になってうねり、ゆっくり天井へ立ち上って行った。


第二章(1)へモド ル | 第二章 (3)へススム | 009

-Powered by HTML DWARF-