月は夜ごと海に還り

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  第三章   



(1)


 ドルフィン号の機体横に稲妻型に出来た傷の修理をしていた009は、ずっと同じ体勢を続けて痛んだ背中をやれやれと伸ばした。
 海に突き出た翼の上をペタペタ歩いて、一番端に腰を降ろす。
午前の太陽光はもうかなり熱いが、頬を撫でる海風は適度に冷たく、気持が良かった。


 今朝早く、009はまだ眠っている恋人の腕の中から抜け出して、加速装置でこっそりと例の滝壺へもう一度行ってみたのだった。
昨晩あんなに厳しく尋問されたのに全く懲りていない自分に呆れもしたが、明るくなってから調べてみればまた何かが判るかも知れな いと思ったのだ。
 沢は昨晩月に照らされて輝いていた時の様な神々しさこそ少なくなっていたが、相変わらず美しく生命力に溢れて、とうとうと流れるその涼しげ な水音も、何も変わっていなかった。  しかし夜のそこは明らかに神秘的で畏怖すら感じられ、水浴と云うよりは厳かな禊の様な感覚だったが、今、明るい朝陽に照らされている同じ場 所は、もっと胸踊る高揚感があり、 ワーッと歓声を揚げて 笑いながら勢い良く飛込んでみたい、そんな楽しさがあった。
黒い影が居たあの崖の上も、オレンジ色の朝日を一杯に受けて、昨日の不気味さなど全く消えてしまっていた。

───── やっぱり気のせいだったのかな・・・変な気配なんてまるで無いや

何だか拍子抜けして馬鹿馬鹿しい気分になり、早々に引き返して来たのだった。(その後は真直ぐ自分の部屋に戻った)

 009は翼の端から降ろした脚をぶらぶらさせて、厚い木立から覗く抜ける様な青空と、時折葉の間をシュッと横切って一瞬の影を作る 鳥達の軽やかさを眺めながら、そっと口笛を吹き始めた。



 目覚めた時自分の隣がもぬけの殻だったことに,004は少しむっとした。
 激しく体を重ねた満足感と罪悪感とが入り交じった、まるで初めて体を重ねた時の様な甘酸っぱくほろ苦い感覚に、 朝のまどろみの中で恋人と浸りたかったのだ。

─────  あんなに乱れた癖に、さっさと行っちまいやがって・・・

気だるそうに腕を伸して、サイドテーブルに転がっていた煙草の箱を掴んだ。

しかし・・・

壁際で一回、その後繋がったままベッドに移動して組み伏せ,抵抗の言葉を無視してさらにもう一回。
欲情に流され、半ば強引に抱いてしまった。そんな我儘な自分に対する、しかも決めた訳ではないとはいえ ルールまで破らせた事に対する後ろめたさがあったので、強い事は言えなかった。
そして自分の愛撫に喘ぐ体を久々に堪能した満足感を考えて、放ったらかしにされた分は差し引くことにする。

 シェードを少し上げて、煙を吐き出しながら漏れ来る朝の光の眩しさに目を細める。

 そう言う訳で、彼は機嫌が良かった。決して顔には出さないが。



 機体の修理は順調だった。

 002はいつも口煩い004が機嫌良さ気なので、不気味に思いながらも便乗してこっそり翼の影で煙草を吸ってのんびりした。
005は仕事の合間にひとりで瞑想に励んでいる。
口笛を吹く仲間の側に座り、その音に耳を傾けながら003は001を抱いて彼方の水平線を眺めていた。



午前はこうしてのんびり過ぎて行った。



 けたたましく脳内通信が響き、緊急招集が掛けられたのは、太陽が空の真上を少し過ぎた時刻の事だった。


  近くの大陸の村の一つで住民達が軍の圧力に対して蜂起し、鎮圧と称しての虐殺が行われているという情報に、彼らは急いだ。しかも
軍側は何か得体の知れない武器で、村を壊滅させようとしている ─────。

Β.Gか?
嫌な予感はやがて的中するだろう。




『修理は万全ではないが、仕方がない。近くにいたことが幸いだ。───── 急行だ!!』





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