真昼の嵐
最後に見た顔を擦り切れるまで何度も何度も再生する。
驚きと悲しみの混じった、何とも痛々しい表情だった。
そんな表情をさせたのは自分だ。いつも不敵とも言えるあの顔を崩させたのは自分だ。
罪だとは知っている。
それらを思い出す事自体が罪なのだと。
(美し過ぎる)
(芋侍め)
飛び越して、 駆け抜けて来い。あの漆黒の瞳が、そう叫んでいる様で。
太陽は南中高度にあった。
乾いた空気は爆風と林立する剣の煌めきによって益々空気中の水分を奪っていった。
大勢の足音が地鳴りの様に耳を伝わる。怒号やサイレン、土埃が舞い上がり、煤混じりの熱い風が路地の中で渦巻いている。
真昼の嵐だ。
それぞれの思惑がつむじ風になって逆巻き、髪を乱し、鼓動を加速させる。
無表情な人形の様な顔で部下が気紛れにぶっ放すバズーカの砲弾が、民家の屋根を抉る。崩れ落ちて来た瓦の破片が額を直撃する。
あいつは俺達をまとめて始末する気なのか。上等だ、千細一隅のチャンスを逃すんじゃねえぞ。
血が眉間を伝って流れ、顔に物騒な道筋を作っている事を確信して、土方は不遜に唇を歪めた。
路地は迷路の様に入り組んでいる。きっとこの壁の裏側や曲がり角の向うにいつも彼がいて、自分達はさっきからニアミスを繰り返し
ているのだ。
煙草を投げ捨てると、土方は今正に爆音と共にどす黒い煙が拡散した場所へと走り出す。散らばったあらゆる金属の残骸がブーツの下
で尖った悲鳴を上げる。
この日が来た。ぶつかり合い、静かな暴発と共に世界の果てに投げ出されるであろう日が。
気が狂いそうになる程待ち望み、且つ夜も眠れぬ程に恐れた日が。
ガラスの破片の雨の中、俺はあいつを探している。そしてあいつも。
同じ物を見、同じ音を聞いている。
そうして同じ予感に満ちている。
彼はいた。数メートル隔たった、きらきらと輝く砂埃の中。
「・・・桂・・・!!!」
声が枯れていた。
彼は茫然と佇み、一瞬で顔が歪む。どうして、と唇が問い掛けて来る。地響きを立てながらふたりの間に塀が崩れ落ち、
彼の長い髪が砂埃の中波紋を作って広がった。
土方は一歩近付く。相手は一歩下がる。俺は、と喉の奥から声が出掛る。駄目だ、と擦れた声がする。 砲弾が大気を引き裂く。
額の血が頬にまで到達する。
土方は走る。彼の顔が泣きそうなまでに更に歪む。
彼は狼狽え、逃げ出そうとする。だが土方が瓦礫を飛び越え、地面に散らばった燠火を踏み付けて駆寄って来るのを見ると、
釣られた様に足が動き始める。
ぶつかる様に重なる二人の体。
土方・・・!!
ヒステリックな叫びを封じ込め、塀と家壁の間の狭い暗がりに引きずり込んで、ありったけの力を込めて土方は桂を抱き締めた。
細い体が若枝の様に撓ると同時に、落雷の如き轟音が頭上で割れた。
白い頬が煤で黒く汚れている。髪に両手を深く差し込んで、彼の顔を見つめる。
最後に見たのと同じ表情をしている。黒い瞳の中で、滑稽な程真剣な顔をした自分が歪んで映っている。
二人の唇が磁石の様に引き合い、重なった。
煤の苦い味、砂混じりの口づけ。
この日の為に生き永らえて来たと、持て余した孤独の後で飢えと乾きに満ちた歓喜が迸る。
砂塵が頭上を吹き抜け、吹き飛ばされたガラスの破片が二人の体を包んだ。
彼らは目を閉じ、耳を塞ぎ、自分達を取り巻く全てを忘れる。
こんなにも狭い、壊れそうな世界の片隅で、暴発を繰り返す、真昼の空の下二人は結ばれる。