振り返らずに生きてゆく
「・・・・だからこれは子供達の分だと言っただろう。どれだけ意地汚いのだお前は」
そう言って桂は、座卓の上のもう一つの箱を両手ですすーっと遠ざけた。
「和菓子なんて早く食わねえと固くなるじゃん。あいつら今日は新八ん家行ってんだよ。今日は泊るかもーとか言ってたし」
食べかけの大福餅を片手に、口の周りに白い餅粉をつけた銀時は口をもぐもぐさせながら抗議した。
或る日、 静かな午後。
銀時と桂は万事屋の和室で座卓を囲み、のんびりと桂の持参した和菓子を味わっている。
再会してからこんな二人の付き合いはごく自然に始まった。自然過ぎて却って不自然なくらいだった。
彼の様子は再会前と何一つ変わらず淡々としている。だから自分も表面上は淡々と接している。
だが彼とて意識している筈だ。嘗て自分達は、心も体も分かち合って生きていたのだから。
二人で飲んだり食べたり、話したり言い争ったり、一緒に戦ったり、視線を絡めたり外したり・・・・・、
繋がりを取り戻そうとしたのは彼。忘れさせまいとしたのも彼だ。
「だいたいお前、幾つ食べた?俺はまだ鶯餅一つしか食べておらんぞ。もういい加減お終いにしろ」
菓子の箱の蓋を閉めようと伸ばした桂の手を、銀時は素早く掴む。
ぐいと引っ張ると体は簡単に引き寄せられ、自分も身を乗り出して、彼の唇を自分のと重ねた。
目を見開き、桂は一瞬で固まる。銀時は更に詰め寄ると、体を押し倒した。
呆気無く桂は倒れた。
彼の手首を畳に押し付け、銀時はもう一度キスをした。
唇を離し恐る恐る見た桂は呆然とこちらを見上げ、銀時は決まりが悪くなって、思わずへらっと笑って見せた。
やってしまった。どうしよう。やってしまった。どうしよう。思い切ったけれど、これでいいよね。俺、間違って無いよね。
振り払う事をしない桂に銀時は光を見、もう一度顔を近づけようとした時、彼の唇が動いた。
「・・・・・銀時、俺はお前にずっとずっと会いたかった」
うんうん当然じゃん。分かってる。今頃何言ってんの。恍惚となった銀時は更に顔を近付ける。
だが次に流れて来た言葉に、銀時はぎくりと動きを止めた。
「会えたらその時、俺はやっとお前の事を忘れられる、そう思っていたのに」
桂の瞳に見る見る内に涙が溢れ、一筋二筋、こめかみを流れて滑って行った。
凍りつき、胸を突かれて銀時は、喉を掻き切られた様に口から言葉が出て来ない。
彼の白い手首から体に伝わる声の無いすすり泣き。彼の濡れた瞳は銀時を見つめている。責める様に、悲しむ様に、そして愛を乞う様に。
長過ぎた別離の時間を前に立ち竦む。
二人の間で約束も無く、口にする事も無かった言葉達が生まれては消える。
あの日から巡り巡った昼下がり、真っ白な未来に向かって手探りで進み始める、それまでのほんの数秒、
臆病に苛まれる俺を許してくれ。
何も出来ずに、泣いているお前の顔にただ見惚れているだけの俺を、許してくれ。