いつも君へと続く道
・・・・・そうだろう、お前が何処に居るかなんて知らない。距離も時間も失ったあの日の記憶に閉じ込められて、
いつからか自分達は出られなくなってしまった・・・・・
今日は朝からパチンコ屋のハシゴだ。
ガンガン流れて来る騒音にかき回されたその頭の奥の片隅に、今朝見た新聞の片隅の記事が染みの様にこびりついている。
桂が先々月に獄門島を脱出していた事が分かった。その後の足取りは不明。
安堵は数カ月の空白にたちまち飲まれて消えてしまう。
パチンコ屋の店先に並ぶ自販機の釣銭受けに次々と指を突っ込んでは舌打ちを繰り返す、寂しさと諦めと独り言。
そうやって生きて行けばいい。背を向けて歩いて行くといい。日本の未来だけがお前の心を照らす道ならば。
こうして人生は続くのだ。自分達の人生は続くのだ。
──── なーんてな。いじけた猫は、こうしてお前の知らない吐き溜めで一所懸命生きてますよ、党首様。
自販機の横っ腹をブーツの爪先で軽くゴンと蹴り上げた。
昼過ぎにようやく銀時は、のろのろと万事屋に帰宅した。
エプロン姿の新八が台所からひょこっと首を出した。
「あ、やっと帰って来た。遅かったですね。さっきまで桂さん来てたんですよ」
思わず銀時は居間の敷居を跨ぎかけていたポーズで固まる。
「・・・・来てた?」
神楽が足をぶらぶらさせてソファの背からこちらに身を乗り出した。
「銀ちゃん遅いアル。一緒にケーキ食べたアルよ。さんざん心配かけられたけど美味いケーキだからこれでチャラにしてやるって言ったら、ヅ
ラ笑ってたアル。でもちょっと痩せてたアルね」
「神楽ちゃんてば、お前はもっと太れっ!って桂さんの口にどんどんケーキ押し込んじゃって。脱獄してからしばらく江戸を離れていて、
昨日帰って来たそうです。とりあえずは元気そうでしたよ。」
「・・・・・ここ出て行ったのいつ?」
新八は皿を拭きながら答える。
「二十分くらい前かな。持ってきてくれたケーキ、ちゃんと銀さんの分残してますよ。冷蔵庫に入れてます」
彼らがお茶をしたであろう居間のテーブルはきちんと片づけられている。
流しの傍の洗い籠には、綺麗に洗われた三人分の皿とカップが並んで置いてあった。
新八はエプロンを外しながら、
「さ、そろそろ買い物に行かなきゃ。神楽ちゃん、レシート五千円分溜まったから福引出来るよ。一緒に来る?」
キャッホウと叫んで神楽はソファから飛び降りた。
「かぶき町じゅうのポケットティッシュは既に我が手中ネ!」
定春ぅぅ〜〜と呼びながら早速バタバタと玄関の方へ走って行く。
神楽の後を追い掛けようと急いで財布を手に取った新八は、出て行く前に振り返った。
「あ、机の上に桂さんの新しい連絡先のメモ置いておきましたからね。失くさないで下さいよ」
ガラガラピシャンと玄関が閉まり、階段を下りる足音と、神楽ちゃんちょっと待って〜〜という声、すぐにそれきり静かになった。
銀時はずかずかと冷蔵庫に近付いて、扉を開け放った。
品良く収まっているケーキ箱を取り出し、中からがさがさと素手でレモンクリームケーキを掴み出すと、大口で齧り付いた。
ケーキはがつがつと三口程で消えて無くなり、銀時は口の周りをクリームだらけにして咀嚼しながら、いちご牛乳をパックから
直に飲み干して流し込んだ。
空になったパックを流しに放り込み、次に机に近付いて、そこに置かれた小さい紙を手に取った。
顔に近づけたりひっくり返したり、光に透かす様に上に掲げてみたりして、意味無く何度か捻くり回してから、時計に目を走らせた。
二十分、うん、今で三十分は経ったな。
そう考えるか早いか電話に飛びついて、乱暴にダイヤルを回した。
長い呼び出し音にじりじりして、ようやく声が聞こえて来た。
「もしもし」
のんびりした声に受話器を叩きつけたくなった。
「あーちょいとちょいと、お宅カツラさん?お宅の息子さんがウチのクルマにイタズラしてくれちゃってねー、傷だらけに」
「ああ銀時か、さっきお邪魔させてもらったのだがな、聞いたぞ貴様、朝からパチンコ・・・・」
「おーしいいか、これから俺が言う事をよっく聞け。この電話を切ったら、すぐにお前は家じゅうの雨戸を閉めて廻れ。
次に押し入れから布団を一客だけ出して、敷き終わったらお前は着物を脱いでだな、足袋も脱いで、ああほら、とにかく裸になれ。
そんでもって、布団の中に入ってじっとしてろ。いいか、すぐにだぞ、すぐにだからな!!!」
「はあ?貴様何を言って・・・・」
最後まで聞く気は無く、銀時は放り投げる様に受話器を置いた。と、すぐに再び受話器を取り上げ、舌打ちしながらダイヤルを
引っ掻く様に荒っぽく回した。
「・・・・・もしもし・・・・・」
ワンコールで恐る恐るといった桂の声。
「ちゃんと玄関の鍵は開けておけよ!!ああ、当然宅配とか新聞の勧誘とか来ても出るんじゃねえぞ、分かったなコラァ!!!」
壊れるかと思う程に受話器を叩きつけて切った。
すぐに紙とペンに飛びついて、書置きを走り書きした。
ばたばたと玄関に走ってブーツに足を入れ、つんのめりそうになりながら玄関を開けて外へと飛び出した。
けたたましい音と共に階段を駆け下り、スクーターを引っ張り出そうとした所でキーを忘れた事に気付いた。一瞬迷ったが、
取りに戻る時間も惜しかった。
銀時は手にしたヘルメットを放り出て、走り出した。
風を切った全力疾走。目を剥き、髪を乱し、まるで地が割れる様に人々や車が道を作る。
桂は今どんな顔をしているだろう。途方に暮れ、それでも彼の事だから、律儀に言い付けを守っておたおたと準備
を始めているに違いない。
銀時は更に速度を上げる。思わず零れ出たニヤニヤ笑いを、昼の光の眩しさに紛らわせて。
スーパーの入り口を潜ろうとしていた新八と神楽は、背後から迫り来るただならぬ気配に同時に振り向いた。
ぎょっとした二人の目に映ったのは、砂煙を上げながら必死の形相で猛然と疾走して来る我らが雇い主の姿。
目を血走らせ、歯を食いしばって、何かに憑かれた様な姿は一つの竜巻になり、周囲の歩行者やバイクをなぎ倒す勢いで
瞬く間に駆け去って行った。
豆粒ほどになった姿を見送ってから、新八が溜息を吐いて呟いた。
「・・・・神楽ちゃん、今日は万事屋に帰っても無駄だから、うちに泊まりなよ」
神楽は返事の代わりに閉じた傘を勢いよく振り上げて肩に乗せた。
「全く、立ち止まるか突っ走るかだけしか脳の無い、このシンプルヤローが!」
そう吐き捨てて神楽は道の果てに向かい、ニカッと白い歯を見せて笑った。
君と初めて出会った朝、
走ればそこに君が居ると気付いたあの日、
思い出の向こうにはいつも明日、
こうして人生は続く。