冬の詩・大晦日宵話



    あなたは行ってしまった  私を置いて行ってしまったの
    心変わり 知っていたわ
    十一月 さよならの代わりに 冬の歌 口ずさんで


 大晦日の夕暮れ、万事屋。
 テレビから流れる未練がましい女の歌。
 昔流行り、今年急に再び注目されたこの歌が年末のテレビから聞こえて来ない日は無く、銀時の耳にも自然と ついて、何となく覚えてしまった。

     汽車の窓打つ 氷の欠片 古い港に降り立てば
     たちまち頬に凍てつく涙
     冷たい夜空のオリオン 一人ぼっちの灯台・・・・・・


この甘ったるい歌声を背景に今銀時は台所で一人魚と格闘している。

「すごい、お店みたいにおいしそうですよ、銀さん!」

 刺身に捌いて盛り付けた大皿を見て、新八が感嘆の声を上げた。

 「あー長谷川さんのお陰だな」

 長谷川が釣り上げて来た魚を御馳走になる代わりに捌く役割を請け負ったのだった。
 袖をまくりなおして銀時は次の魚に取りかかる。和室の方でワーオ!と神楽が叫ぶ声が聞こえた。

 ちらと時計を見るともうすぐ六時半を指そうとしている。少し手を止めてぼんやりしてから、銀時ははっと気を引き締めて包丁を握り締め、 まな板の上の魚を睨みつけた。

     古い手紙破って雪風に散らす 
     言葉よ 渡り鳥になって 海の彼方へお帰り
     ここはお前がいる場所じゃない
     私の代わりに春を探して頂戴 
     きっとそこにあの人はいるでしょう・・・・


 外でざわざわと声がした思うと、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。はーいと新八がぱたぱたと玄関の方へ小走りに走った。
 今宵の客がぞろぞろと入って来て、お邪魔しまーすとお妙、九兵衛、長谷川、その中に桂の澄んだ声が紛れていた。

 万事屋の中は途端に大賑やかになる。最後の刺身を盛り付け終わった所で新八が忙しなく入って来、皿を取り上げた。

「みんな来ましたよ。早く始めましょう」

「・・・・・ふぇ〜い」


「長谷川さん、ありがとうございます。こんな立派な魚持って来て下さって」

「ああそれ?いやーパチンコでツキが無かった代わりに海でこんな大物当てちゃってね!大漁大漁!いや〜銀さん器用だね〜!」



「銀時、何か手伝う事はあるか」

ふらりと桂が入って来た。

「・・・・・んーもう終わった」

 包丁とまな板を流しに置いてざーっと湯を流す。血や脂が一面に広がって流れ、銀時はスポンジに洗剤をつけて盛大に泡立て、 がしがしと洗い始めた。
 桂はさっと袖を捲ると、銀時の隣に立って泡立った食器や調理具類をすすぎ始めた。

「いーよ」

「まあそう言うな」


     ここはお前がいる場所じゃない
     私の代わりに春を探して頂戴
     きっとそこにあの人はいるでしょう・・・


 二人は黙々と洗い物をした。湯の音に重ねて、銀時は手を止めずに尋ねた。

「・・・・前会ったのいつだっけ」

「んーひと月前にはならんくらいか」

「ふーん」

そんなもんかと心の中で独りごちた言葉は、湯と泡と一緒に渦を巻いて排水溝に吸い込まれて行った。 生臭い魚の匂いと洗剤の香りが混じった湯気がむせ返りそうに立ち昇った。
 和室からテレビの雑音と賑やかな話声。何か面白い事があったらしく、わっと笑い声が上がった。

 最後ざるを洗い終え、手をすすぐと、二人は一つの手拭きで一緒に手を拭いた。

 拭き終わると、銀時は桂の体を湯気で湿気た壁に柔らかく押し付けた。

 素早く視線を交わしてから唇を合わせた。狭い台所の片隅で二人は束の間求め合った。


    あなたは行ってしまった 私を置いて行ってしまったの  
    だから私も忘れるわ
    十二月 さよならの代わりに 冬の歌 口ずさんで・・・



「銀ちゃーん、ヅラー!早くするアル〜〜〜〜!!」

 高く弾んだ声が近付いて来て、二人は慌てて離れた。




 狭い炬燵に大人達がぎゅうぎゅうに押し込まれる。
 長谷川が釣り、銀時が捌いた見事な刺身の盛り合わせ、九兵衛差し入れのお節、酒やジュースが並んだ日ごろの万事屋には想像もつかない華 やかな宴が始まる。
 わざわざ和室までテレビが引っ張って来られ、紅白とお笑い、格闘技番組で賑やかにチャンネル争いが繰り広げられる。 早々に出来あがった者達で、テレビに合わせてカラオケ大会が始まる。

 銀時と桂は隣同士で窮屈だ。酒を注ぐのも料理を取るのも肱が邪魔になるし、ちょっと身動きすれば肩も頭もぶつかり合うしでさんざんだ。  しかも途中で銀時の手が炬燵の中でもぞもぞ動いて、桂の履いていた足袋を器用に片手の指先で少しずつ少しずつ脱がしていくのだ。
横目で窺った顔は平然として、新八、醤油とってくれよとか言っている。
裸足になった甲やら足首やら指やらを素知らぬ顔でさんざん撫で回した挙句、放っておかれてしまった。
履き直そうとさり気なく炬燵布団の下に手を入れた所、銀時の手がそれをばしっとはたいたので、 桂は困ってしまい、長い事その儘裸足でいるほかなかった。


    あなたは行ってしまった 私を置いて行ってしまったの
    だから私も忘れるわ
    十二月 さよならの代わりに 冬の歌 口ずさんで・・・




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