今年も恋の嵐吹く
目も当てられない騒乱の宴会場から畳を這う様に銀時は、何とか襖の向こうの廊下へと逃れる事に成功した。
髪はぼさぼさのモップの様に乱れ、肩から袖がずるりと落ちて、まるで嵐のただ中から生還して来たという体である。
居酒屋の二階の一間。野獣の様な女達と気弱な男達が一堂に会した、世にも恐ろしい新年会が始まって数時間が経とうとしていた。
「あ〜俺生きて帰れんのかよ・・・・」
疲れた声で呟くと、足元からくすくすと小さな笑い声がした。
「ご苦労な事だな、銀時」
「ヅラ君、何優雅に高みの見物してんの、つかいつからそこに?」
「ちょっと酔いを醒ましたくてな」
襖に凭れ、ウーロン茶の入ったコップを手に廊下に座る桂。
「何言ってやがんだ。俺を生贄にして逃げたんだろーが」
「逃げただなんてとんでもない。生存の可能性を探ったらこうするしかなかったのだ」
「それを逃げたって言うんだよ。それ俺にも寄越せ」
銀時は桂の隣にドサッと腰を下ろし、桂の手からコップを奪い取って、残った冷たいウーロン茶を勝手にぐびぐびと飲み干した。
廊下は寒いが、酒と熱気に当てられた体には心地良かった。
やれやれと凭れた襖向こうからの、ドスンバタンという派手な物音、呂律の回らぬ叫び声が背後からひっきりなしに響いて来る。
「だからお妙さん、ゴリラはゴリラとくっつくのが自然界の掟だって言ってんのよ!アンタなんかあのゴリラと結婚してそっくりの子供こさえ
て家族三人でゴリラ・ゴリラ・ゴリラになっちまえばいいのよ!!」
「あらあ、じゃあメス豚ストーカーからは何が生まれるのかしらねえ猿飛さん?恥辱?ああアナタが一番好きなものだったわねえ。良かった
じゃないの」
「姉上!さっちゃんさん!」
揺れる襖を背に二人はぴったりくっついて膝を抱えていた。他のあちこちの部屋からも宴会の賑やかな声が響き、傍目には平和で賑やかな一
月の夜だった。
「貴様戻らなくて良いのか」
「人喰い族の祭りから逃れて来た人間にお前は戻れと言うのか。つかお前が戻れ」
「暫く御免こうむる」
顔を見合わせて二人は小さく苦笑いする。
ふと同時に真顔になった。視線が絡み合い、瞳に吸い寄せられる様に銀時は桂の方に体を傾けようとした。
その時廊下の向こうから鼻歌が聞こえて来て、厠からの帰りの服部がほろ酔いで姿を現した。
服部は二人の姿を見ると小さくぎょっとした顔をしてからニヤッと笑い、
「うん、俺はそういうのもアリだと思うよ〜〜俺はね〜〜」
とへらへらしながらながら部屋に入って行った。
「・・・・・何だか知らんがアリらしいぞ」
「・・・・・ちょっと黙っててくれる?」
二人は並んで膝を抱えていた。銀時がちらと桂の方に視線を送るとを桂もちらとこちらを見た。何度かちらちらと目を合わせてから銀時は
そっと身を乗り出し、
二人は自然に目を閉じた・・・・・
背後の襖がガラッと開いて、野菜スティックのキュウリを咥えた神楽が甘酒に酔っ払って赤くなった顔をにゅっと覗かせた。
神楽は据わった目できょろきょろと廊下を見渡し、足元に蹲る二人をガンッとロックオンすると、キュウリをぼりぼり齧りながら吐き捨て
た。
「こんなとこでおっぱじめてんじゃねーよ、マダオらが!!!」
「神楽ちゃん!」
神楽の顔が勢いよく引っ込み、新八が顔を覗かせた。
新八はゴミを見る様な目で二人を見下ろすと、冷たい声で言い放った。
「こんな所でおっぱじめないで下さいね。後でお店の人に謝る様な事になるの嫌ですからね」
「だからおっぱじめてねーよ!!」
銀時は叫び、襖がピシャリと閉った。
静かになるとフワフワとした沈黙が二人の間に漂ったが、銀時は何とか気を取り直し、桂の方に向き直った。
もう一度目を閉じ、今度こそ二人の唇が近付いた・・・・
「ちょぉっとアナタ達ぃぃぃぃ!!」
襖がガラッと開いた。
「男同士でしっぽり収まるってどういうつもり?銀さん、いい加減目を覚まして。男は例えメス豚でも女とくっつくのが自然界の掟なんだか
ら!!
だから今夜私を食べ、んががが!!!」
猿飛!!という声がして、さっちゃんの顔が後ろから髪を引っ張られた様にのけぞって引っ込み、代わって九兵衛の顔がひょっこりと覗いた。
「二人共、大丈夫だ。同性同士しっぽり収まってはいけないなんて誰が決めたというんだ?僕は君達を心から応援しているぞ!」
ファイト!と励ます様に九兵衛は胸の前でぐっと両の拳を握って見せた。
「九ちゃん、何してるの?こっちへ来て一緒に飲み直しましょう」
九兵衛の後ろからお妙がいつもの笑顔を貼り付けて姿を現す。二人を見下ろすとにっこりと笑い、氷の様な言葉を優しく浴びせかけた。
「銀さん、桂さん。新ちゃん達も居るんですからね。汚いバベルの塔をしっぽり収めるのはどうぞ他所でお願いしますね」
「・・・・だからしっぽりしてねーって!!」
「してたネ。しっぽりどころかずっぽりアル」
スーッと閉まりかける襖の向こうで神楽の声がした。
銀時は固まって、はは・・・・と死に掛けた笑いを漏らした。
「しっぽり・・・・?ずっぽり・・・・?」
隣で桂が怪訝そうに首を傾げて独りごちた。
次に何が起こるかと銀時は背後をちらちらと注意して身構えていたが、襖は静かなままだった。今度こそ大丈夫かと
再び桂の方に向き直ろうとした時、
「もう我慢出来ないわ!ゴリラとメス豚、女としてどっちが上か、野球拳で勝負付けましょう!!」
「望むところだゴルァァァ!!!」
野球拳の派手な掛け声が始まり、ドスンバタンと部屋中が揺れた。
「駄目だお妙ちゃん!!此処は僕が代わりに!」
「アネゴォ、私も加勢するアル!一緒にオンナの意地見せてやるネ!」
「ぎゃー!!!姉上もみんなも止めて下さい!!神楽ちゃん、テーブルから降りて!!!」
何かがガシャンとひっくり返り、ガタガタと襖が震えた。
「おーい猿飛、お前の愛しのダーリンが、自分以外の男に肌を晒したら許さねえとよ〜!」
「銀さんが?キャー!!そうよ私が最初に裸を見せる相手は銀さんなのよ!!!」
段々と騒ぎが大きくなり、襖がミシミシと押されて揺れてこちら側に膨らみ始める。
「ぎゃー危ない!!」
新八の叫びと共に襖が外れ、団子状態で絡み合った酔っ払い達の体が襖ごと廊下の外に一気に雪崩れ込んだ。
頭の上からのしかかる襖の下で二人はどうしようも無く押し潰され、銀時は桂の上にゆっくりと倒れ込む。
否応無く顔が近付いたが二人は避けようともせず、同時に目を閉じる。
上からの重みに任せて、二人の唇は緩やかに、当然の様に重なり合った。
「みんな大丈夫ですか!」
ギャアギャアひと騒ぎ、更に揉み合いつつ皆は何とか起き上がり、漸く襖が立て起こされる。
「あ〜あ〜だから言わんこっちゃねえっての。ギャーギャーギャーギャー発情期ですかお前らは!」
いつの間に這い出たのか、銀時はダルそうな声を上げ、その傍で桂は襖を元に戻すのをてきぱきと手伝っている。
仕切り直して宴会が再開される。向こうで神楽と何やら楽し気にお喋りしている桂を眺めながら、銀時は新しく開けたビールをグビと飲み込
みゲフッとげっぷをする。
ふとこちらの視線に気付いた桂がなんとなく恥ずかしそうに目を逸らしたのを見て、銀時は今夜これからの事を真剣に思案を始める。
背後から肩をポンっと叩かれて、見上げると新八が死人の様な顔で立っている。
「・・・・・ほんっと、おっぱじめるならくれぐれも他所でお願いしますね」
銀時はピシッと凍り付き、蒼白で汗をダラダラと流す。
離れた所で桂は目元を染めて、銀時の方を見ようともせずにいる。