愛をください
彼は少年の身軽さで桂を追い詰めようとする。追い縋って来る虚ろな瞳。手に重くぶら下がる剣。やがて二人は裏道へ、
そして狭いビルの谷間へとさ迷い込み、 行き止まりの壁にぶつかり縺れ合って合って止まった。
喘ぐ二人の息遣いは手負いの獣の様。四つの瞳は夜中の森の奥深くで人知れず燻る熾火の様。
何で逃げるんでぃ
沖田は平坦な声で問い掛けた。以前ならこんな質問をされては鼻で笑うか呆れるかだったろうが、今では彼は
心から素直な気持ちで尋ねたのだと分かっている。
桂の知っている沖田は、いつも悪賢さに満ちた顔をしていた。その剣捌きと同様、頭の回転も速い。剣を交え、
言葉を交わして正面から相手をしてやる事で、彼を立派な敵として、桂なりに対等に扱って来たつもりだった。
・・・・・真選組でなかったら、お前はこうして俺に剣を振り下ろせはしない・・・・・
・・・・・もしお前が何もかも失って一人になったら、沖田、その時俺は必ずお前を拾ってやろう・・・・・約束するよ・・・・・
以前会話の合間に出たちょっとした軽口を、言った当人である桂はすっかり忘れていたのだが、ある時、沖田はふいに持ち出して、桂を面食
らわせた。
無表情に淡々と話す彼のまるい唇の傍で、こちらに付き突けている剣の切っ先が鈍く輝き、まるで剣が喋っている様でもあった。
その後幾度も沖田は蒸し返した。面白がっている様子に見える事もあれば、恨み言の様に聞こえる時もあったが、語る彼はいつも
視線を合わそうとはしなかった。
桂はようやく理解した。彼は自分が思っていたよりもずっと素直で無垢な子供なのだ。
少なくとも自分の様な年上の人間が放った戯言を心に留めていられる程度には純粋だった。
ある夜、またしても彼が口にした時、その中に一つ二つ性的な意味合いの言葉が混じっているのを桂の耳は拾った。
十代らしい拙い揶揄いと普通なら気にも留めないのに、なぜかその時桂の視線は揺れた。
近くで撤収を告げる呼子が闇を裂いて鳴り響いた。
沖田は音が鳴った方向へ忌々しそうにさっと視線を走らせた。
隊服の裾を翻させて、彼は桂の顔の傍の壁に勢い良く手を突いた。
許せない。あんたは俺を脅迫したんだ。
脅迫?
思わず聞き返した桂に濃い影を纏った瞳が迫って来る。
一瞬の躊躇いを感じた。その隙を突いて逃げる事も出来た筈であったが、相手の望み通りに素早く唇を奪われた。
走り去る彼の手にも自分の手にも、役目を失った抜き身の剣が、重苦しくぶら下がっていた。
狭いビルの谷間は湿っぽく、ゴミの匂いや排気口から流れて来る生暖かい風が混じり、むっとした空気が充満している。
頭上には何重にも絡み合った電線などのあらゆる線が、細長く切り取られた夜空からぼろ布の様に弛んで垂れ下がっている。
向こうの道路をびゅんびゅんと走る車の音と影がビルとビルの隙間を引っ切り無しに通り過ぎた。
沖田の体がふらついてぶつかり、顔が迫った。彼はキスを強請っている。
桂は躊躇いながらも応えてやった。そうしなければこの場を収める事は不可能だと悟ったからだ。
唇を割られ、柔らかい舌が押し込まれる。拒まれないと知った沖田は喉を鳴らして甘えた。
桂は何とかやり過ごそうと耐えていたが、直ぐに相手の次の望みを察知してしまい、必死で首を振って見せた。
返事の代わりに沖田は体を強く押し付けた。
桂は通りの方に目を走らせてから、仕方無しにそっと手を彼の腰の下にあてがった。
びくりと体を震わせてから沖田は上目遣いに桂を見、息を弾ませながらもどかしそうにジッパーを押し下げた。
桂は薄い布越しに手の中で若い雄の形と温度をはっきりと確認した。
何処かで、何処かで引き返さねば。必死で愛撫を与えてやりながら桂が頭を巡らせていると、大きな荷台のトラックが道路に止まり、
狭く薄暗い通路がほぼ影に飲み込まれた。
桂はぐっと息を飲み、屈んで地面に膝をついた。
指を入れて性器を剥き出しにし、反り返る程大きくなったそれに唇をつけた。
沖田はあぁっと叫んで両手で桂の髪を掴んだ。
鼻につく青臭い匂い。口いっぱいに広がる熱気。桂は唇を開いて喉奥で包み込んでから、目を閉じてゆっくりと頭を動かし始めた。
若い雄は怯む程に硬く、喉や頬を打って嬲る様に擦り付けられる。口の中が火傷してしまいそうに熱かった。
ああいい、気持ちいい、そんな、かつらさん、俺の、約束するって
意味の無い単語を並べる沖田の顔を上目遣いで眺めると、彼は泣きそうな顔で、いや本当に泣いていたのかもしれない、
半開きになった唇を舌で舐め、喉を上下させて喘いでいた。
桂の口の中で転がされ、跳ね回る。頬に掛かる髪をかき上げ、桂は頭を動かし傾げて、夢中で愛撫する。
舌を絡みつかせて何度も吸い付き、根元を甘噛みしてから横咥えした。
約束するって、そうやって、脅迫して、あんたは
沖田の呼吸も桂の口の動きも早くなる。
桂は心の中で懇願する様に唱える。
挿れさせてやる事は出来ない。沖田、どんなに望んでも、お前を受け入れてやる事は出来ない。だから今は、これで、
一層強く吸う。
あああぁぁっっ
行き交う車のライトに照らされて光る濡れた性器、
行き場の無い愛の形。
桂の虚ろに開いた唇の端から、白い液がたらり零れて地面へと滴り落ちた。