キスまで待てないNew Year


 灯の消された暗い部屋、畳の上で銀時はぽかりと目を開けた。丁度目に入った時計は午前0時を少し過ぎた所だった。
 もぞもぞと体を起こすと、いつの間にか体に掛けられていた羽織がするりと滑り落ちた。
 斜めになった炬燵の上はさっきまでは食器や食べ散らかしで一杯だった筈だが、今は簡単に片付けられていた。
 その周りを囲む様に、新八は大の字の寝相で、九兵衛はお妙にぴったりとくっついて、それぞれに布団や毛布が掛けられて、 気持ち良く寝息やいびきを立てている。
 皆夕方からの忘年会で早々に酔い潰れ、はしゃぎ疲れて年越しの瞬間に立ち会い損ねてしまった。
 廊下の向こうの押し入れから神楽の足がドンっと襖を蹴る音がした。

 一人だけ見当たらない。

 銀時は目を擦りながら闇に耳を澄ました。除夜の鐘が微かに聞こえて来る。
 さっきまで体に掛けられていた羽織を手にし、銀時は部屋を出て玄関へと向かった。
 玄関のガラスに黒っぽい影が映っている。
 突っ掛けに足を入れて戸を開けると、ベランダに寄りかかって外を眺めている細い背中に銀時はばさりと羽織を着せ掛けた。

「起きたか。あけましておめでとう」

 銀時の方に顔を向けて桂は微笑んだ。

「…あーおめでとさん」

 銀時は欠伸をして頭をガリガリと掻き、桂に並んでベランダに寄り掛かった。下の道を初詣に向かう客がわらわらと 行き交い、さっきよりも澄んではっきり聞こえる除夜の鐘が、新年の夜空に厳かに響いては消えていった。

「お前達が寝こけているから、俺は寂しく一人で年越しだ」

「…いやぁ、こんなに酒が早く回るとは思わなくってさ…」

「もう醒めたか」

「多分ね」

 銀時はそう言うと、桂の長い髪を手に絡める様にして引き寄せて、斜めに顔を近づけた。

「い、いや、ちょっと待て…!」

「は?」

 思いがけず静止されて銀時は不機嫌に動作を止める。

「さすがにまずいだろう、ここは…」

 桂に指摘されて、ここは通りに面した建物のベランダ、普段の夜中とは違い、初詣客の為に開けた店や街灯の灯が煌々と輝いて、 大勢行き来する人々の衆人環視の場所と時間である事を銀時は思い出した。

「…まだ酔っておる様だな…」

「…ソウミタイデス…」

 手摺りに突っ伏して銀時はボソボソと答えた。
 桂は小さく笑いを堪えてから夜空に向き直った。冬の夜空に響いては家々の屋根瓦に吸い込まれる鐘の音を聞いていると、 煩悩は洗い清められ、否応なく厳粛な気分になるというものだが。
 また一つ、鐘が鳴り響いた時、突っ伏したまま銀時はじとっとした目だけを桂に向けて、

「じゃあさ、行こうよ、もっと静かなとこ。二人きりになれるとこ。せっかくだから」

今度は桂がは?と言って、ため息を吐いた。

「お前…除夜の鐘を聞きながら言う事か」

「だってぇ…」

「ほらこの厳かな音を聞いて何か思う事は無いのか」

「思う事…?」

思う事?この百八つの鐘を聞いている間に急に死んじまっても良い様に、俺は今お前とヤリたいです。

「…デス…」

最後だけボソッと呟いた所で桂には聞こえない。

「俺は、生きとし生けるものが皆が今年も須く健康で幸福である様にと祈っている。お前も、子供達も、勿論俺自身もだ」

桂は胡散臭い宗教家みたいな事を言って満足そうな顔をした。

「あと…お前の数え切れないくらいの煩悩が一つでも消えて無くなる様に」

「…勝手に消してんじゃねーよ」

「…ふぅん?」

桂は流し目で銀時を見、銀時は心の中で甘く毒づいた。

「じゃあ…ヅラ、初詣行こう」

「今から?それは良いのだが、皆が…」

「うん、みんな寝てるから、もう俺たちだけでさ」

桂は賛成の雰囲気を出しつつあっが、そこで動きがはた、と止まった。

「…い、言っとくがお参りが済んだら真っ直ぐ帰るからなっ」

「…ふぅん?」

今度が銀時が流し目を送る番だった。

「い、行くならさっさと…」

 顔を赤らめた桂がベランダを離れようとする。銀時はニヤニヤ笑い、目の前の翻る袖を掴む様にして彼に続いた時、 奥でガタン!という音がして、同時に、しまったー!十二時過ぎたアルー!の叫び声。
 一瞬で二人は動きを止めた。ざわざわと話し声がして、和室の窓に灯りがついてパッと明るくなった。
 二人はそろりと顔を見合わせる。

すっかり寝てしまったわ。
少し飲み過ぎましたね。

新八達の声がベランダまで聞こえて来た。銀時は小さく苦笑し、桂の体をぐいとを引き寄せた。

あれ、銀さんと桂さんは?
どこに行った?

桂の肩に掛かっていた羽織を銀時は素早く自分達の頭に被せる。
二人の顔が近付いて、羽織の下で今年最初の秘密のキス。


「銀ちゃーん!ヅラー!どこアルかー!初詣!初詣行くアルよー!」

廊下に明かりがついて、神楽がパタパタと走って来る音がした。

「リーダー、起きたか。じゃあ初詣、みんなで行こうか!」

桂は笑って戸を開け、飛びついて来る神楽の体を優しく受け止めた。


 煩悩と幸福の数が奇跡的に一致する夜、新しい年への夢は宇宙まで飲み込んで、皆と幼馴染二人を結び合わせる。



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