4年後のバースディ 1



 ◆      1      ◆
 
 
にぎやかな話し声に目が覚めた。
それは、開け放っていた窓の外から聞こえてくる。
---椅子に座ったままうたた寝をしてしまっていたようだ。
四万十軍団長、仰木高耶は髪をかき上げながら窓辺へと寄り、
見下ろすとそこには見慣れた頭がふたつあった。

「---でも、ほがなことしたら火傷して痛いが・・・」
「ばーか。だから根性焼きっつーんだよ」
楢崎が卯太郎にどうでもいい知識を教えこんでいるとこらしい。
「現代人のおのこは、こがな儀式をするがか・・・」
(いや、それはちがうぞ卯太郎)
思わず高耶はつっこむ。
「で、これがヤンキー座りだ。又広げてしゃがんで、腕はこうだ」
(卯太郎に何を教える気だ楢崎)
「でもって、野郎が近づいてきたら、こう足元からなめるようにして相手をみる」
(ケンカの売り方か?)
「う〜ん、こがな感じじゃろか?」
「おまえぇ〜それじゃ上目使いだろ!」
ポカッと卯太郎の頭を小突く。
「ほがなこと言われても〜」
「もっとこう、下から見下す感じでだなぁ」
「そげなこと無理じゃ〜」
(・・・全くなにやってんだかな)
高耶は、そんな2人の会話に苦笑する。
(なつかしいな・・・)
そんなこともあったなぁと高耶は、自分のヤンキー時代を思い出した。
楢崎みたいなクラスメイトもいたっけな・・・


ヤンキー座りの卯太郎
 
「---で、そのゲーセン行ったり、マクド行ったり、勉強しろって毎日言われたり、先公になぐられたり、ローカで立たされたり、校庭走らされたり、親呼び出されたり・・・それがまあ一般的な男子高生の生活ってやつだ。わかったか?」
目下では、楢崎が更に偏った知識を卯太郎に伝授していた。自分の経験を基準に話しているらしい。
「はぁ〜現代人にもそげな苦労があったがか」
「ま、命の危険とかってのはねーけどよ、それなりにいろいろストレスためて大変なんだぜ」
ヤンキー座りをしていた楢崎は立ち上がり、ん〜と大きく伸びをした。
「・・・仰木さんも、現代人として生活しちょった時は、ほがな風じゃったがやろか?」
ふと、卯太郎がつぶやいた。
「ああ、でもきっとちがっちょる・・・今みたいにいつも堂々としちょって、周りの信頼も厚うて、優しくて、強うて・・・」
高耶はそっと窓を閉めた。
(そんなできた人間なんかじゃねーよ・・・)
手の甲には、薄っすらと丸い跡が残っている。これが勲章だと思ってたあの時の自分は警戒心のかたまりで、近づく人間すべてに威嚇していた。自分と妹を守るのに必死で、まわりを攻撃することで身を守ろうとしていたように思う。
(父親に殴られて家飛び出して川の土手で一晩明かしたり、バイクで大町までかっ飛ばした夜もあったっけな・・・)
ふと、背中にぬくもりを感じた。その時後部座席に乗って必死にしがみついていたのは「彼」だったろうか・・・目を閉じて、名も思い出せない親友の記憶を探ってみたが、まぶたの裏にはおぼろげな影しか浮かんでこない。輪郭が現れそうになると意味不明の不安に襲われて粉々に消えてしまう・・・
かけがえのない友人だったという彼。なんでオレは忘れてしまったんだろう・・・忘れてしまえたんだろう。
「ごめんな・・・」
名も無い親友にぽつりと詫びた。


* * *


「どうかしたんですか?」
直江は、自分の腕の中にいる高耶の、汗ばんだ髪を優しくすきながらたずねた。
足摺アジトでの軍法会議で、今日久々に2人は顔を合わせ、その晩の短すぎるふたりきりの時間を高耶の部屋で過ごしていた。
「なにを悩んでいるのですか?」
「・・・・・・」
高耶は、ひとつため息をついて直江の肩に額をすりつけた。
直江には隠し事ができない。
「・・・思い出そうとすると、何かが邪魔をするんだ・・・・とても不安な気持ちになる」
直江はそれだけで何の話かさとった。
「何か怖いものまで蘇ってきそうで・・・オレは何をしたんだろうな」
「高耶さん・・・」
直江は、2人に間に起こったことを知らない。
だが、あの萩の後のような危うさを高耶に感じた。
その心を読んだかのように高耶は言う。
「萩のあと、オレは真実から目をそらした。・・・逃げたんだ」
直江は高耶を引き寄せ、その額に口づけ、
「オレは弱い・・・」
その頬に口づける。
「また逃げたくない・・・思い出したいんだ」
「高耶さん・・・」
でも、それは危険だ。これがキハチの毒の影響なら思い出しても問題ないだろう。
だがもし、何らかのショッキングな事実を封じるための防衛手段としての記憶喪失だとしたら?
譲さんの記憶を思い出せば、その封じられた記憶をも思い出してしまうことだろう。
そうなれば、何が起こるのかわからない・・・
阿蘇の惨劇を思い出し、直江はぞっとする。高耶を抱く腕の力を知らず強めた。
「直江?」
「自分を大切にしてください。自分を責めないで・・・あなたがどれだけ彼を大切に思っていたかは私が知っています。・・・彼も知っています。今は思い出せなくても、その絆が消えたわけではありません。たとえ名を思い出せなくても・・・。彼のことを思うとき、心があたたかくなりませんか?」
「・・・なる。顔も思い出せねーけど、おぼろげな影しか思い浮かべねーけど・・・なんかあいつ、笑ってるのがわかるんだ」
腕の中で高耶が微笑んだのが気配でわかった。
「彼のことを語るあなたは、いつも穏やかな表情をしていましたよ。私が嫉妬するくらいに」
直江は、高耶の体を少し離し、彼の顔を正面から見つめて言う。
「だからあせらないで。自分を傷つけるようなことをしないで・・・」
高耶の手をにぎり、そのままシーツに縫い付けるようにして覆いかぶさった。
不安に揺れる瞳を見つめささやく。
「あなたが思い出せないことは、オレが教えてあげる」
「なおえ・・・」
まぶたに、頬に、そして唇に、熱い口づけを落としていく。
やや肉厚な唇に、いくつかついばむようなキスをしたあと、それは深く貪るようなキスへと変わった。
「ん・・・っ」
吐息を熱くする高耶にあおられるように、そのしなやかな体に執拗な愛撫を与えていく。
その熱い波にさらわれ、身をゆだねながらも高耶は思った。
(思い出したい・・・)
その時、まぶたの裏に何かの風景がふぅっと浮いて・・・そして消えた。それは、どこかの公園で花火をする自分の姿で、隣には美弥がいて、直江もいて、千秋もいて、そして彼も笑っていた。
「んっ!!・・あぁっ・・・はぁっ・・・」
「何を考えているんですか?」
「う・・・んっ・・・なお・・・え」
直江の目に嫉妬の影がちらついている。
「何も考えられないようにしてあげる・・・」
「んんっ!あっ・・・なお・・・んっ・・・ああっああん!」
直江は嵐のような激しさをみせた。高耶はもう何も考えることができない。
荒波に飲まれ溺れた人のように必死に彼にしがみつき、自分からも求めてせがんだ。
2匹の獣は夜明けまで貪りあい、高耶は気を失うようにして眠りについた。
 
---高耶の願いが、あのような事件を起こすとは知らずに。


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日付はこえちゃいましたが、無理やり23日upにしてしまった。
なんか譲が密かに出張ってきてますが、私が書きたいのは直高の甘々・・・
濡れ場なんて初めて書いたよ。もっと色っぽい表現ができるようになりたいです。
まだまだつづきます。
2004.7.23 up
2004.7.24追加up