「うーーー」
パチン。
高耶は、手探りでその音の主、目覚まし時計を止めた。
「・・・・ううーーねみぃ〜」
重いまぶたをなんとか開けた高耶は、しょぼつく目でしばらくぼんやり目覚まし時計をみつめる。
「・・・・」
見覚えのない時計だった。
ゆっくりと視線だけを動かしてあたりを見回す。
天井、壁、窓、机、ベッド・・・どれも見覚えがなかった。
「ここ・・・どこだ?」
記憶がない。
一気に目が覚めた高耶は、ベッドから飛び起きた。
「・・・っ!」
なぜか腰が痛い。そしてやたらとだるい。
なぜだ。
激しい運動をした翌朝のような体の状態に困惑した高耶は、自分の体を見て更に困惑する。というより混乱だ。
---全裸だった。
高耶の眉間に激しくしわが寄る。
思い出そうとしばらく考え込んだが、心当たりは全くない。ためしに頬をつねってみた。
「いて」
高耶は、自分の背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「・・・マジ?」
いや、そんな馬鹿なはずはない。
部屋の真ん中に唖然と突っ立ってた高耶は、動揺しながらもとりあえず窓のカーテンを開け、そして自分が全裸であることを思い出して、椅子に掛かっていたシャツを急いではおった。
自分より一回り大きなサイズのシャツだった。
窓から見える景色にもやっぱりというか覚えがない。
机に置いてある書類をあさってみたが、これも意味不明なものばかり。
恐る恐るドアを開けてみれば、これまた見覚えのない廊下。
一体オレはどうしてしまったんだろう・・・
「・・・寝よ」
(2度寝して起きたら、元の世界に戻ってるかもしれない)
あまりの出来事に現実逃避に走った高耶は、もう一度ベッドにもぐりこんだ。
と、その時、バタバタと足音が聞こえたかと思うと、ノックと同時に男が飛び込んできた。
「おっはよ〜!」
武藤潮である。
ベッドの上で警戒心いっぱいににらみつける高耶に、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「なぁなぁ、あの黒ヒョウの写真撮りてーんだけどさ、ちょっと手貸してくんねーかなぁ?」
「昨日、絶好の撮影スポットを見つけてさ〜」
「あの黒ヒョウ、お前の言うことしかきかねーし」
「あの鮮やかな緑と、艶やかな黒、これは絶対いける!」
立て続けにしゃべりかける男を、高耶はじっと観察した。
(・・・こんな男知らねー)
「ん?どうしたんだ仰木?まさかまた具合でも悪いのか?」
ベッドに近づいて高耶の額に触れようと伸ばした潮の手は、次の瞬間高耶に叩き落とされた。
高耶の目には警戒心とおびえが交互にちらついている。
「・・・てめー、誰だ?」
「へ?」
「・・・ここはどこなんだ?」
「はぁ?」
潮は高耶を凝視した。しばらく沈黙が流れる。
「仰木・・・、冗談ならもっとわかりやすいもんにしてくれ」
高耶の目に怒りの炎が点る。
「冗談なんかじゃねえ。てめーは誰だって聞いてんだよ!ここどこだよ!答えろ!」
高耶はギリギリとにらみつけてくる。
「・・・オレ、なんかおまえ怒らせるようなことしたか?」
「そーじゃなくって!!」
「まぁ、話は後で聞くからさ、さっさと服着て朝メシ食いに行こうぜ」
潮はあくまでのん気だ。
「んな場合じゃねぇんだよ!ここどこなんだっつってるだろ!なんでこんなとこにオレがいんだよ!」
「だーかーらー、その冗談面白くないからやめろって」
「冗談なんかじゃねー!!」
「じゃあ・・・嫌がらせか?」
しょぼーんと肩を落とした潮の顔には、やっぱり、という文字が書いてある。
「んなんじゃねーよ!本当にわかんねーんだよ!昨日の記憶がねーんだ!」
高耶は必死に訴える。
「昨日?」
潮の顔が真顔になった。
「学校行って、バイトして、寝て起きたらここにいた」
「・・・誰が?」
「オレだ」
「・・・という夢を見た」
「夢じゃねー!」
「・・・・・」
「おまえの夢でもねー!!」
ほっぺたをつねる潮に怒鳴りつける。
「・・・・やっぱり嫌がらせ」
「じゃねーっつってんだろ!!」
「じゃあ、何なんだよ!!何か言いたいんだよ!オレの何が気に入らないってんだよ!ハッキリ言わなきゃわかんないだろ!!」
「逆ギレすんじゃねー!だからさっきから何度も何度も記憶がねーっつってるだろが!!!」
「それじゃわかんねーよ!!!」
「わかんねーのはこっちだ!!!」
2人は息を熱くしてにらみ合う。
その時、頬を高潮させ、ゼーハーと肩で息をする高耶を見て、潮はようやく何かがおかしいことに気づいた。
(仰木が・・・かわいい)
目の前にいるのは、確かに四万十軍団長、仰木高耶である。外見は特に変わったところがない。だが、言動があきらかに昨日までとはちがっている。昨日の軍議での毅然とした態度はどこへいったのか・・・
潮はまじまじと高耶を見る。
ぶかぶかのシャツ1枚を着て、ベッドの上で壁に張り付くように身を引きながら警戒心いっぱいに上目使いでにらみつけている。その姿はまるで、毛を逆立てて威嚇している小動物のようだ。
パシャリ。
・・・気がついたらカメラを構えていた。
威嚇する高耶さん(@潮撮影) |
「てっめーー!何写真とってやがる!」
「いや、つい」
「それ渡しやがれ!」
潮は、飛びかかってくる高耶からカメラを死守しつつ、必死に頭を回転させた。
「あ、えーーと。とりあえず中川のところに行こう」
「中川?」
息を切らせながら、高耶はやっと出た前向きな提案に耳を傾ける。
「誰だそれ。てゆーかまずおまえは誰なんだ?」
潮は一瞬悲しげな顔をしたあと、自己紹介する。
「武藤潮。おまえのマブダチだ」
「聞いたことねぇ」
高耶の返事はにべもない。
「本当に覚えてないのか?一緒に温泉掘った仲じゃねぇか・・・」
高耶は、しょぼくれる潮に少々罪悪感を感じたが、言うことに容赦はなかった。
「オレ、おっさんの友達なんていねーもん」
「おっさん・・・」
潮は撃沈された。
(いや、相手は記憶喪失。一種の病気だ。気にするな)
必死に自分を鼓舞する潮に高耶は更に質問する。
「で、その中川ってのは誰なんだ?」
「おまえの主治医」
「え?・・・オレ、病気なのか?」
「まあ・・・そんなようなもんだ。とりあえず診てもらおう。ほら、顔洗って服着てこいよ」
潮はクローゼットを開け、ぽいぽいと服を投げつけた。
「洗面とトイレはそこな。じゃ、廊下で待ってるから」
そう言って、潮は部屋から出ると、隊士たちが興味深げな視線を向けてくる。
さっきの怒鳴りあいが聞こえたのかもしれない。
「あ〜あ」
潮はため息をついた。
記憶喪失なんて冗談であって欲しい・・・だけど冗談だったとしたら、オレと仰木の友情って・・・
複雑な心境をかかえつつ、高耶の身支度を待って、一緒に医務室へと向かった。