◆ 16 ◆
高耶が目覚めると、直江の姿はなかった。カーテンごしに朝日が降りそそいでいる。
「・・・夢?」
それに答えるように、ピチチチとどこかで鳥が鳴いた。寝転がったままぼんやりとしていた高耶は、誰ともなしにぽつりとつぶやく。
「そうだよな・・・直江があんなこと・・・」
『・・・濡れてますね』
「っ!!」
思わず高耶は耳を押さえた。耳に男の熱い吐息の感触が蘇る。それが口火になったのか、覚醒した脳が、昨夜の出来事を無修正でリプレイしだした。
肌をねっとりと這う唇の感触、男の体の重み、汗の匂い、甘噛みされた内腿のこそばゆさや、舌と唇で執拗に吸い付く唇の音、それに混じって漏れる甘い嬌声。そして・・・
「やめてくれ!!」
その思考は、高耶の意志とは関係なく、止まらない。
高耶の股間に顔を埋めて、それを先端から、横から、裏側から、根元まで食らうようにしゃぶりつくす直江の頭。そして、ねだるように揺らめく自分の腰が、さわやかな朝の光の中で残像のように浮かび上がった。この上ない快楽と共に。
「や・・・やめろぉぉっ!!」
高耶は、がばっと起き上がると息荒くベッドから飛び降りた。
「っつ・・」
右手首に鈍い痛みが走る。見ると、手首に薄っすらと赤い痣が付いていた。左手首にも同じような痣がある。誰かに手首を掴まれた跡のような・・・
(まさか・・・)
ゆっくりと自分の体に視線を向ける。パジャマをきちんと着ていた。いつのまに着替えたのかは覚えてない。そして、いつも必ず外している一番上のボタンもしっかりはめられていた。
「・・・ゆめ・・・じゃ・・・ない?」
ズボンごしにも、しっかり立ち上がってしまっているのがわかる、単なる朝の生理現象とは言いがたい自分の息子の様子を茫然と見ながら、高耶は青ざめる。
「こんなの・・・嘘だろぉ・・・?」
寝癖のついた髪をぐしゃぐしゃに掻きむしる。
(男にイかされたなんて・・・しかもそれを思い出してまた反応してしまってるなんて・・・そんなのオレじゃねぇ!)
その辺に深い穴を掘って自ら埋まりたい気分だった。そんな羞恥心以上に、元凶である直江へ激しい怒りが湧き上がる。
「あの野郎っ・・・!オレをガキだと思って、からかって遊びやがったな!!」
今なら直江を殺せると、高耶は心底そう思った。
そ〜っとドアを開けると、耳聡く隣室のドアが開いた。
「おはようございます、高耶さん」
「!!」
いつもと変らぬ様子で直江が挨拶をする。しかも爽やかな笑顔付きだ。「土下座しても許すものか!」と、怒り心頭だった高耶は、予想外のことに唖然と立ちすくんだ。「やっぱり昨夜のあれは、夢だったんだろうか?」と、錯覚しそうになるような笑顔だった。反省や後悔や懺悔といった色は、一切見当たらない。
「高耶さん?どうしましたか?」
「・・・!!」
(どうしましたかも何もねーだろうが!!)
「・・・ああ、昨夜のことですか?」
瞬間、高耶の顔がぼっと火を噴く。
「そんなに恥ずかしがることはないですよ。誰でも経験するようなことです」
直江は、しれっとそんなことを言う。
「なっ・・・おまっ・・・このっ・・・!!」
あまりの怒りに言葉が出てこない。顔を真っ赤にして口をパクパクさせる高耶を直江は面白げに見つめながら、更にこんなことを言う。
「溜まった時には言ってください。いつでもご奉仕しますよ」
高耶はぶちギレた。
「こんの変態野郎ぉ!!!今すぐオレの前から消えろ!!」
頭が沸騰しそうだった。こんな男、金輪際顔も見たくなければ、口も聞きたくない。
「すみません、からかいすぎました。今のあなたには刺激が強すぎましたね」
高耶があまりにもかわいい反応をするので、つい悪乗りしてしまった。あわてて態度をあらため、申し訳なさそうに言ってくる直江を無視して、高耶はすたすたと歩き出す。向こうが消えなければ、こっちが消えるまでだ。追いかけてくる男の足音を忌々しげに聞きながら、床を力いっぱい踏みつけて歩く。
「高耶さん!」
走り去りたい気分だが、逃げるようでプライドが許さない。高耶は小走りのような早さで廊下を行く。
「待ってください高耶さん!すみませんでした!」
今更そんなこと言ったって遅い。
(こんな厚顔無恥の変態男、絶対、絶対許さねぇ!!)
「いてっ」
憤怒の形相で勢いよく曲がった廊下の角で、誰かにぶつかった。
「失礼。大丈夫ですか仰木隊長」
兵頭だった。
「ここに何の用だ?お前の部屋は向こうだろう?」
高耶が口を開くよりも早く、背後から直江が威嚇するように言う。2人は、高耶を挟んでバチバチと火花を散らした。
「丁度いい、橘。おまんに用がある」
「俺に?」
直江は訝しげに眉間にしわを寄せる。
「あっ、高耶さん!」
ちょうどいい足止めが出来たと、高耶はひとりさっさと行ってしまう。それを追いかけようとした直江を兵頭が阻んだ。
「わしの質問に答えてから行け。昨夜11時ごろ、どこで何をしていた?」
ぴたりと高耶の足が止まった。音がしそうな勢いで振り返る。
(な・・・なにを言い出すんだこの男は!!)
たしか11時ごろといえば、直江にあれこれされていた時間帯だった。直江を見ると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔をしている。
「知りたいか?」
「てめぇ!言ったらただじゃおかねぇ!」
ダッシュで戻った高耶が真っ赤な顔で怒鳴った。その様子に兵頭の眉がピクリと痙攣する。
「答えろ。昨夜、おまんはどこで何をしていた!」
「その時間なら・・・」
「寝てるにきまってるだろ!」
直江の言葉を遮って、高耶が叫んだ。
「・・・本当か?」
兵頭は、ひたと直江を見据えた。
「だったら何だ?」
「昨夜、第4倉庫へ侵入者があった」
「なに?」
第四倉庫といえば、国崩しが保管されているところだった。外部にばれないように、フェイクのガラクタと一緒に収納し、一見して重要な保管庫には見えないようにしてある。そこに侵入者があったという。
「アレらは幸い盗まれちょらんかったが、探られた跡があった。倉庫内にあった書類もいくつか消えちょる」
そんなに重要な書類ではなかったが、この厳戒態勢の中、国崩しの保管場所を突き止められた上に、易々と侵入を果たされたことは大問題だった。
「それで?それと俺に何の関係があるんだ?文句なら警備の者に言え」
「目撃証言がある。『橘によく似ていた』というな」
「なんだと?」
「11時ごろ倉庫から逃げ出す不審な人影があったそうじゃ。その後姿が、おまんにそっくりだったと見張りの一人が言うちょる」
「何を馬鹿なことを。俺がスパイだとでも?」
「そうでないなら、昨夜のアリバイっちゅうやつを証明してみせろ」
直江は、高耶を見た。ギロリと睨み返される。「言ったら殺す」と、その目は言っていた。
「・・・そうですね。わたしは昨夜11時ごろ、あなたの部屋に行かなかったし、何もしなかった。あなたは甘い夢を見て目覚めただけです」
高耶は目を剥いた。
「て、てめぇしらばっくれる気か!!あああ、あんなことしておいて!!しかも甘い夢だとぉ?!頭かち割ってその腐った脳みそ掻きだすぞこらぁ!!」
「ということだ。これで納得したか?」
直江は、兵頭に向き直り堂々と言った。兵頭のみけんに青筋が走る。
「貴様ぁ・・・!隊長に何をした!!」
「聞くな!!」
「そんなに聞きたいか?」
「言うな!!」
2人の間に入り、ぜーはーと肩で息をしながら高耶は宣言した。
「おい、兵頭とかいうやつ!昨夜の直江、いや、橘のアリバイはオレが保障する。こいつはその時間オレの部屋にいた!だからこれ以上の詮索は不要だ。いいな!」
念押しのように2人を睨みつけ、高耶は足音高く去っていった。
2005.8.29 up怒らせてばかりでごめんよ高耶さん。
そろそろ物語を前進させたいんですが・・・蛇足にまみれてます。