チョコレートが好きなわけ 嫌いなわけ 2



 ◆      2      ◆
 
 
「高耶さん?どうしましたか?」
 チョコも食べずに、俯いて座っているオレに、直江は怪訝な顔をする。
「お茶を入れてきました。それだけ食べていたら、喉につまるでしょう?」
「・・・いらない」
「え?」
「チョコ、もういらない」
「高耶さん?どうしたんですか?チョコレート、大好物なんでしょう?」
「嫌いだよ」
「高耶さん・・・?」
「今、突然嫌いになった」
 直江は、何がなんだかわからないという顔をしていた。
「なんかさ、一生分食っちまったっていうかさ、もう飽和状態になったのかもしんねぇ」
 べらべらと口が勝手に動いた。
「どうも最近オレ、味覚変わってきたみたいなんだ。チョコとかケーキとかより、煎餅とかがすんげえ旨くって。この前譲に土産でもらった煎餅、え〜と、浅草に売ってるヤツ・・・草加煎餅っての?あれがめちゃくちゃ旨くってはまっちまってさ。熱いお茶と一緒に食うとたまんねーんだこれが!って、オレ、ジジイみてぇだな。あははは」
 オレは今、ちゃんと笑えてるだろうか?
 無表情の直江の視線が怖い。
「だからさ、来年からは、お前自分で全部食えよ」
 甘いものが苦手の直江を、からかうような口調で言う。
 だけど直江はクスリとも笑わない。オレの気持ちを見透かされそうで、思わず視線を逸らした。
「まあ、というわけで、マジでオレ・・・ギブアップだからさ。これ以上、チョコはいらない」
「・・・チョコレートは、もう受け取ってくれないんですね」
 オレはビックリして直江を見る。驚くほど悲しい声だった。
「バーカ。チョコごときに情けない顔すんじゃねぇよ。家族にでも食ってもら・・・」
「来年は、草加煎餅に金のリボンを付けて贈ります」
 オレのセリフを遮って言った。
「・・・え?」
「ワインレッドの包装紙で包んで・・・白いカードを添えて・・・」
 それっ・・・て・・・?
「それなら、来年も受け取ってくれますか?」
 まさか・・・
「まさか・・・」
「・・・『今年もあなたが、笑顔でいられますように』」
 さっき読んだばかりのメッセージ。
「う・・・そ・・・・あれ、お前からのチョコ?」
 声がかすれた。
「すみません!本当は言わないつもりでした。あなたを困らせたくなくて・・・」
 オレは、夢でも見ているんだろうか。
「だけど・・・どうか、今日のこの日に・・・この日だけは、あなたへの思いを形にすることを、許してください」
 5枚のメッセージカードが、頭の中にフラッシュバックする。そういえば、あのメッセージの筆跡は、直江のものとよく似ていた・・・というか、そのものだった。
 オレ、すんげぇ馬鹿かも・・・
 あんなに悲しくって、辛かったメッセージが、今、めまいを起すくらい嬉しい言葉になった。
「直江・・・」
「好きになってなんて言わないから・・・どうか、嫌わないで・・・あなたを思うことを、許してください」
「直江・・・」
 俯いている直江には、今、オレがどんな顔をしているかわからない。
 どんなに嬉しい顔をしているか・・・顔を上げて見てみろよ?
「直江・・・来年は、オレ、やっぱり受け取れない」
 直江の肩がビクリと動く。
「今日だけじゃなく・・・直接言えよ、オレに。あんな小さな紙じゃ足りない」
 直江は顔を上げた。
「高耶さん?」
「お前が・・・好きだ」
 気が付けば、大きな胸に抱きしめられていた。オレも腕を直江の背に回して、抱きしめ返す。窒息しそうだ。
「高耶さん・・・」
「直江・・・」
「あなたを、愛しています」
 直江の手が、頬を包む。ゆっくりと唇が重なった。
 直江の唇は、想像してたのよりも、ずっと熱くてやわらかかった。



「じゃあ、そろそろ帰るな」
 眩暈のするような時間は、あっという間に過ぎ去った。
「また明日」
 直江は名残惜しそうにそう言って、オレのカバンを渡してくれる。
「・・・直江?」
 直江の視線が、そのカバンの一点に釘付けになっていた。カバンの開いた口から見える、ピンクや赤のファンシーな箱たちを固い表情で見ている。それらは、クラスの女子や見知らぬ後輩から貰ってきたチョコレートたちだった。
「高耶さん・・・これ、もらってもいいですか?」
「へ?」
「チョコレート、嫌いなんでしょう?だから私が食べてもいいですよね?」
 そう言うなり、直江はそれらの箱を開封し、黙々と食べ始めた。
「な、直江?!お前、甘いの嫌いなんじゃ・・・」
 苦悶の形相でチョコを食べる直江。こんなに苦しそうにチョコを食べる人間を見たことが無い。
「一体、どうした・・・」
「今、突然好きになったんです」
 ひきつった笑みを浮かべて言った。
「あなたが言っていたチョコレートの美味しさが、今、やっとわかりました」
「・・・・食べずにはいられないだろ?」
 オレと直江は、同時に吹きだした。


 思いきり笑って、そして、もう一度キスをする。

 チョコ味のキス。

 チョコレートが、また好きになりそうだった。





(Fin)



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SSならず!でしたが、気に入った話が書けました。
5つのメッセージカード、これには頭を悩まされました・・・
直江だからクサくてもいいさ!と、ポエマー気分で書いてます。(笑)
いまさらなバレンタイン小説ですが、甘〜いチョコのように、おいしくご賞味頂ければ幸いです。
2005.2.17 up