◆ 7 ◆劇場内は静寂につつまれていた。
エンドロールが流れ出しても、席を立つ観客はいない。やがてクレジットもすべて終わり、スクリーンの灯りが消えても、誰も退場しようとはしなかった。「彼ら」の残照を追い求めるように暗いスクリーンを見つめ続けていた。
後ろの方で小さな拍手が起こった。伝染するようにそこから拍手の波が起こり、一気に場内をのみこむ。万雷の拍手に空気が震えるようだった。
ある人は微笑んで、ある人は泣きながら、またある人は呆然として、それでも手を打ち鳴らす。
言葉にできない思いを拍手で伝えようとするかのように、受け止めきれない感情を吐き出すかのように手を叩き続ける。幕の閉じたスクリーンに向かって・・・「彼ら」に届くように・・・
すると、それに答えるかのように一度閉じた幕が左右に開き始めた。歓声とどよめきが起こる。
幕の開いたそこには----スクリーンから抜け出た「彼ら」の姿があった。
高耶、直江、千秋、綾子、色部、譲、信長、高坂、清正らや、嶺次郎、潮、兵頭、堂森、寧波といった赤鯨衆など、主要メンバーらが舞台上に勢揃いし、左隅には榛原監督の姿もあった。
「本日は、『炎の蜃気楼 第3部・完結編』にお越しいただき、誠にありがとうございます」
場内にアナウンスが流れる。
「第1部から第3部まで、大変好評を頂き、ロングラン上映となっておりましたこの作品ですが、残念ながら本日が上映最終日、そしてただいまをもって、全上映を終了させていただきました」
場内のざわめきに負けないよう、ボリュームが上げられる。
「そこで、この記念すべき日の最後の締めくくりとして、ご覧のようなスペシャルなゲストをお招きいたしております!」
場内に、大きな歓声と割れんばかりの拍手が沸き起った。
「これまでキャストへのインタビューを一切禁じていた榛原監督ですが、今回、この作品を見たすべての方たちへのメッセージという形で、この素晴らしき面々にひとことずつ語って頂けることになりました」
劇場スタッフから、スポットライトを浴びた榛原にまずマイクが渡された。榛原は、微笑を浮かべながら一歩前へと出る。
「この作品の中にすべてがある。はっきり言ってこれ以上補足するようなことは無いし、演じてない本物の彼らに舞台の裏話などと言うものも無い。だからインタビューなどというものは一切断ってきました。ドキュメンタリー番組の出演者に、その撮影についてのインタビューなどしないのと同じだ。もうその作品の中で語られているのだからな」
榛原は場内を見渡すして朗々と言った。
「ただ、最後にひとつ、どうしてもこの作品を見たすべての人に伝えたいことがあると言い出した者がいた為、こういう場を設けることにした」
ちらりと高耶へ視線をやる。
「まあついでに、ここにいる全員からもひとことずつメッセージを贈ってもらおう」
ついでってなんだ〜!と潮の野次が飛ぶ。客席から笑いがもれる。
「満員御礼へのささやかな礼だ」
不遜な笑みを観客に返して、榛原は嶺次郎へとマイクを渡した。
「あ〜、なんじゃ。榛原が言うちょるように、特にこれ以上何も言うことはないんじゃが・・・ここに裏四国はないんじゃき、みんな精一杯生きんぜよ。それだけじゃ」
嶺次郎から次々とリレーされてゆくマイクに、もう映画の中で伝えてあるが・・・と、キャストらは皆、言葉少なく、しかし生きることへのメッセージを懸命に伝えていった。
「腑抜けた生き方しちょったら、わしが乗っ取るきに、覚悟せいよ」
「幸せな人生をおくっとおせ!」
「後悔するような生き方すんなよ!自殺もすんなよ!」
「イセみたいな未来にならないように、みんないい子に生きようね。じゃないとオレがそんな世界リセットさせちゃうよ」
「人生は・・・やはり美しかった」
順々に語られる言葉に、観客はほほえんだり、涙ぐんだり、真摯な視線を向けたりしながら、熱心に聞き入っていた。
マイクリレーが後半に差し掛かると、内容がかぶってしまうせいか、だんだん個人的な砕けたものになってくる。
「みなさん体を大事にしてください。仰木さんのように無茶をしてはいけませんよ」
「ご先祖様を大事にしろよ!あと、今度個展を開くから、みんな来てくれよな〜」
「今日を最後に、ようやく学ランを脱げる・・・」
「余生は好き勝手生きてやるぜ!もう巻き込むなよ、そこの主従!」
「みんな幸せになってね〜!私は今すっごい幸せです。今度、慎太郎さんと結婚することになりましたv」
なごやかな雰囲気に包まれて、リレーは続く。
「心配いりません」
マイクは直江の手に渡っていた。前列で泣き崩れている女性客に微笑みながら彼は言った。
「直江信綱は、これからも歩み続けます。彼と一緒に」
それだけを言って、直江はマイクを高耶へと渡す。彼で最後だった。
高耶は、直江と一瞬視線を交わしたあと、満場の客席へと顔を向ける。観客の一人一人まで見るように、ゆっくりと場内を見渡した。
「今日は、観に来てくれてありがとう。この作品のメッセージは、みんなが言うようにこれ以上補足することはありません。ただ、最後にひとつ・・・この物語を忘れないでほしい。それだけを伝えたかった」
静まりかえった場内に、高耶の声だけが響く。
「この作品のタイトルにも使われている『蜃気楼』というものは、幻です。そこに存在するものではありません」
だけど、と高耶は続ける。
「それは、そこに無いだけなのです。蜃気楼というものは、どこか遠いところにあるものを別の場所に映すもの、ここではないどこかに存在しているものだからです」
高耶は一度、後ろのスクリーンに視線を移す。
「この『炎の蜃気楼』という物語も、映写機のライトと共に消えてしまう蜃気楼のようなものです。このスクリーンという蜃気楼に映し出された幻の物語です。でも・・・本物の蜃気楼のように、『ここではないどこかに存在する物語』・・・そう思って欲しい。単なる夢物語としてではなく、どこかに存在した彼らの生き様を、メッセージを受け止めて、それをあなたたちの未来へと繋いでいって欲しい・・・それがオレの願いです。・・・以上です。どうもありがとうございました」
高耶は、観客に深く頭を下げた。
それを合図にしたように、他のキャストらも皆一様に深く一礼する。
一斉に拍手が沸き起こった。
観客の熱い拍手に見送られながら、彼らの姿はやがて、ゆるやかに落とされるライトの明かりと共に消えていった。
ふたたび場内に明かりが戻った時、彼らの姿はもうどこにもなかった。
だけど、拍手は鳴り止まない。
いつまでもいつまでも・・・ここではない、どこかにいる彼らに届くようにと・・・
(Fin)
■あとがき(つれづれなるままに語ってます。一部、日記より抜粋)
最後まで読んで頂き、どうもありがとうございました!
なんとか書き終えることができました。
この回を書くには、私の読み込みはまだまだ浅かったデス・・・必死にミラを読み返してたんですが・・・
結局、各キャラのメッセージは誤魔化し誤魔化し乗り切ってしまいました。(^^;)誰のセリフかよくわからないのもありますが、ご想像におまかせします。
高耶さんの最後の蜃気楼メッセージは、もちろん、高耶さんがあのリセットされた世界を全くの無にしたくないから、という思いで言っていますが、「どこかに存在する彼らの物語」と、そんな風に私が思いたいからでもあります。実際、私のなかで彼らは存在していて、(私に限ったことじゃないと思いますが)ないけどある、そんな風に読者にとってもある意味「蜃気楼」のような存在だな・・・と、ふとそう思ったんです。まさしく、身を焦がすような熱い熱い炎のような蜃気楼です…
私にとって精神の消耗の激しい小説でした。
まず、最終巻を読み返すというのが辛くて・・・あと革命の鐘とかも読むのは非常にキツイ・・・わだつみでさえ、萩旅行に行かなければ読み返さなかったであろう私でしたから・・・
ほどほどに痛いのは顔がにやけるくらい好きなのですがね。(愛憎劇大好き)
また、甘々のハッピーエンドを望みながら、ぬるま湯にひたる直高なんて直高じゃない!!という内なる声にも逆らえずに毎回が戦いでした。
その解決策のひとつとして、直江になんか語らせてみたり・・・甘いのは今だけだぞと。でもたぶん、こんな幸せな環境にいてもあの2人はきっと何かを乗り越えて乗り越えて、進化しつづけるんだろうなと、そう思います。
これから永遠のような時を生きるなら、この400年よりももっと困難な壁にぶち当たることもあるのではないか、もっと大きなドラマがあるのではないか・・・そう想像してしまいます。立ち止まることをしない人たちだから・・・
相反する自分の気持ちを都合よく調和させた、甘い逃避小説を書くために、直高の幸せについてや、この時のセリフは何を伝えているんだろう、このときこのキャラは何を思ったんだろう・・・高耶の最後のメッセージにこめられた思いは?・・・などと、そんな風に原作を(前よりは)冷静に考えながら読み込むことになり、かえって正面から見つめられた気がします。
まだまだ悲しいですが・・・
目的はどうあれ、この小説を書くことは、未消化のものを消化していくための一過程にもなれたかな、と思いました。
今回のこの「カーテンコール」のタイトルですが、私はカーテンコールの瞬間がとても好きです。
劇中で辛かったり悲しかったりしても、このカーテンコールでのキャストのみなさんの笑顔を見ると、ただただ、「ありがとう」「おつかれさまでした」という純粋な気持ちでいっぱいになります。劇の内容を忘れる訳ではなく、その辛いとか悲しいとかいう感情もあるのですが、それらも全部含めて、観せてくれてありがとう!作ってくれてありがとう!そんな気持ちでいっぱいになります。
そんなカーテンコールのような読後感を目指して書いたのが、この物語です。いかがでしたでしょうか?
私のように、まだどうしても原作を100%受け入れることができずに悶えている方々の一時逃避場所になればと、そう思います。
一時逃避場所・・・いつかは、全部受け止められる懐のでかい人間になりたいです。(^^;)
以上、最後まで書ききった私の初小説でした。
読んでくださり本当にありがとうございました!