モデルルーム-Xmas Type 8



 ◆      8      ◆
 
 

 自分がこんなに雰囲気に流されやすいやつだとは思わなかった。
 これが翌朝目覚めた時の、高耶の感想だった。
 痛くてだるい体を、ごつい腕に抱かれている。頬にはぶ厚い胸板の感触。下肢には、今は硬度を失った柔らかなものが触れていた。
「おはようございます、高耶さん」
 降ってくる声は、低い男の声。そして額にキス。無視していると、耳たぶを甘噛みされた。
「あっ・・・」
 高耶は、昨夜の名残を含んだ声で鳴いた後、直江の胸から真っ赤な顔を上げた。
「寝たふりなんてするからですよ」
 直江は、とろけそうな笑みを浮かべていた。
「・・・何時だ?」
「まだ6時ですよ。もう少し寝ててください。・・・疲れたでしょう?」
「誰のせいだよ」
 消え入るような声で抗議して、また顔を伏せてしまった高耶の髪を、大きな手がなでる。
「・・・どこまでがバイトだ?」
 色気のない話題に、直江はうらめしそうな顔をした。
「あなたがこの家から出るまででいいですよ。でも、これが全部仕事で義務でやったことだと、そんな誤解はしないでくださいね」
「あたりまえだ」
 昨夜囁かれた山ほどの愛の言葉が全部嘘だと言うなら、ロミオとジュリエットよろしく、ここで心中してやる。
「あとでアンケート用紙を渡しますから、それを持って、今度はちゃんと店に入ってきてくださいね」
「・・・なぁ、不動産屋がこんなことまでするもんなのか?」
 高耶は、ひっかかっていた疑問を口にした。髪をすいていた直江の手がピタリと止まった。
「・・・・・・・時には」
「なぜ目を逸らす」
「高耶さん、おなか空いてませんか?」
「話も逸らすな」
 観念したように、直江はひとつ息を吐いた。
「このアンケート用紙は本物です。このデザイナーズマンションのモニタ調査で以前使っていたものです」
「以前はって・・・今は?」
「やっていません」
 すみませんでしたと、直江が謝る。
「あなたと会話できたなら・・・あなたとふたりきりで同じ時間を過ごせたなら、どんなに幸せだろうと、ずっと思ってました。それで・・・本屋でバイトを探しているあなたを見つけた時、衝動的にこんな嘘のバイトを紹介してしまいました」
「で、あっさり釣れてしまったと」
「そうだ、言い忘れてました!高耶さん、いくらお金をくれるからって、知らない人の言うことをあんなに簡単に信じちゃいけませんよ!うまい話には裏があるものです」
 自分のことは棚にあげ、直江は高耶にこんこんと説教する。
「・・・知ってるよ」
 昨夜さんざん思い知った高耶だった。
「じゃあさ、アンケートなんて必要ないんじゃねーの」
「いいえ。あなたのように家事全般できる方の意見は、とても貴重です。特にキッチンの使い勝手については、幅広く意見を集めたかったので助かります。以前モニタ調査を担当してた人は私の友人でして、事情を話して、このアンケートの回答も快く受け取っていただけることになっているので、無駄にはなりません。だから、いろんな意見を自由に書いてくださいね」
「・・・・・」
 その友人に、どんな事情を話したのだろうか。聞くのがちょっと怖い。
「実は・・・あなたが料理をよくするということは、知ってたんです」
 この際とばかりに、直江は白状した。
「えっ?」
「以前スーパーの生鮮売り場で、メモも何も見ずに価格を見比べながら買い物をしていたあなたを見かけたことがありました。それで、その日のお買い得品をチェックしながら、いつも献立を決めているんだろうと思ったんです。だから、毎日のように料理をしてる人なんだなと」
「・・・お前は、料理しねぇの?」
「ええ、全く。大根1本の値段もわからないような男です」
 高耶は考え込む。そんな男が、なぜ地下の生鮮食品売り場なんかにいたのか・・・
 知らぬ間に、ストーキングされていたらしい。
「どうかしましたか?」
「別に」
 なのに、不快に思わないばかりか、生鮮売り場で浮きまくってただろうこの男が、こそこそ自分の後をつけてただなんて、何てかわいいやつだとか思ってしまう。自分もかなり重症らしい。
「それで・・・丸1日過ごしたこの家の感想は、どうでしたか?」
 高耶の髪にキスをして、耳元で直江が囁いた。甘い期待を含んだその声に、高耶は苦笑する。
「アンケートを楽しみにしとけよ」
 そう言って不敵に微笑むと、体を伸ばして、この困った男にはじめて高耶からキスをした。


(Fin)


〜 おまけ 〜

『紹介してくれた不動産屋に、キスして抱きつきたくなるような素敵な家だった』
『はじめて使うキッチンだったのに、好きな人に得意料理をごちそうするのに何の不便も感じなかった』
『エアコンの効きがよくって、寝室では真冬なのに裸でいられるくらいだった』
『ふたりで入っても余裕のある大きなバスタブが嬉しかった』

「―――って、どういうことだ直江ぇ!!家事のエキスパートがチェックしてくれるっていうからオレは頼んだんだぞ!なのにお前はイブの晩に何をやってきたぁ!!」
 後日、高耶のアンケートを受け取った直江の友人こと鮎川が、橘不動産へ乗り込んで来たとか来ないとか・・・それはまた別の話である。





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朝チュンですみません・・・
いやでも、新年早々に裏ってのもねぇ?(ってことで)


行き当たりばったりで書いてたんですが、なんとかまとまってよかったです。
いろいろ修正したいとこありますが、とりあえずこれで完結です。
年を跨いでのお付き合い、どうもありがとうございました!

2005.1.2 up