◆ 7 ◆
「先ほどは、ありがとうございました。つきまとわれて困っていたんです」
「・・・別に。旦那に女が言い寄ってきたら、追い返すのが妻だろ」
デザイナーズマンションに相応しいモダンなダブルベッドに、高耶はうつぶせになっていた。
「高耶さん」
「なんだ」
枕に顔をうずめたまま、直江の顔を見ようとしない。
「怒ってますか?」
「なんで怒るんだよ」
「じゃあ、照れているんですか?」
「誰が!」
「とりあえず布団を被ってください。そのままだと風邪をひきます」
高耶の下敷きになっていた上掛けを、直江が引っぱり出す。もぞもぞと動いて、それに協力した高耶は、大人しく毛布に包まった。顔は相変わらず枕に突っ伏したままだ。
「髪がまだ濡れてますね」
直江は、急いでエアコンのスイッチを入れ、布団からはみ出た黒髪をタオルで乾かす。
「嬉しかった・・・」
タオルごしに優しく髪に触れながら、直江がぽつりともらす。
「演技でも、嬉しかった」
「・・・・・」
サラサラと流れる黒髪の合間から赤く染まった耳が覗いている。
「演技でなければ・・・もっと嬉しい」
「わぁっ!!」
耳を押さえて、高耶は飛び起きた。
「耳、弱いんですか?」
「噛むなてめぇ!」
「あなたが、こっちを向いてくれないからですよ」
「こんなこっぱずかしいこと、真面目に聞いてられるか!」
「あなたが好きです」
「わーーわーーわーー」
高耶は、耳を塞いで声を出す。
「高耶さん、聞いてください」
「あーーいーーうーーえーーおーー」
直江は、高耶の腕を掴んだ。
「かーーきーーく・・・んんっ!!」
寝室は静寂に包まれる。
高耶の口を直江が塞いでいた。その唇で。
高耶は間近にある男の顔を、目を真ん丸にして見る。直江も目を閉じず、じっと高耶を見つめていた。しばらく高耶の唇に唇を優しく触れさせていた直江は、やがてその瞳に柔らかな笑みを浮かべた。
(な、な、何笑ってやがる!)
我に返った高耶は、ジタバタともがきながら使えない口の代わりに目で抗議する。すると、ウインクを返された。
「!!」
(このキザ野郎ぉ〜!!)
ゆでだこのように赤くなった高耶は、直江の体を力一杯に押し返す。だが、体勢が悪かった。
「わっ」
押した反動でベッドマットに仰向けに倒れる。その上に直江の影が被さった。直江のキスからは逃れられたものの、事態は悪化している。
「あなたが好きです」
もう一度直江が言った。高耶は、顔を背ける。
「こっちを向いて。あなたの気持ちを教えてください。・・・望みがあると思うのは、私の幻想ですか?」
高耶は、横目で直江を見る。ベッドランプに照らされた直江の顔は、想像してたよりも弱気に見えた。
「私のことが嫌い?」
そんな言い方は卑怯だと高耶は思う。そんな悲しげな顔をするのも卑怯だと思う。
「高耶さん、答えて・・・」
嫌いな訳じゃない。それどころか惹かれている。男同士だとか、会ったばかりだとか、そんな理由で自分を誤魔化せないくらいに強く。高耶は唇をかみしめる。昔ロミオとジュリエットの話を聞いて、笑ったことがあった。あんな短時間で恋に落ちて、あげくに心中するなんて馬鹿だと。ありえないと。だけど今はもう笑えない。
(でも・・・そんなこと言えない・・・)
この男に頼って甘える自分を容易に想像できてしまうからだ。誰にも頼らず生きていけるような強い人間になりたいのに・・・こんな居心地のいい場所にいたらいけないのに・・・
「嫌なら、拒絶して・・・」
直江の口づけを、高耶は目を閉じて受け止めた。