◆ プロローグ ◆「あなたは誰ですか?」
その男前は、予想に反して一瞬目を見開いただけで冷静に尋ねてきた。
「・・・・」
どう説明していいものか。
眉をひそめる高耶の前で、その男は携帯を取り出す。
「警察に通報を」
「あ、ちがう!まて!!あやしいもんじゃない!」
「じゃあ何者なんです。なんで人の家のベランダにいるのですか?」
「オレは!」
不信げに見つめてくる男の視線と、その手に握られる通報スタンバイOKの携帯に高耶はあせる。
そう、あせっていた。だから思わず・・・
「サ・・・サンタクロースだ!!」
「・・・・」
気が付けばそう叫んでいた。言った本人もびっくりだ。
茫然と立ちすくむ高耶の頭の中に、やたらと軽快なジングルベルの音が鳴り響く。
「サンタクロース・・・ですか」
なんとも言えないしばしの沈黙の後、そうつぶやいた男は、高耶を上から下まで観察した。
---着古したジャンパーと破れかけたジーンズ、黒い髪と黒い瞳・・・の、自称サンタクロース。
その男---直江信綱は小さくくすりと笑って、
「それはご苦労様です」
黒髪のサンタを家へと招き入れた。
◆ 1 ◆
ことの始まりは、高耶がバイト先に忘れ物をしたところからだった。
バイトからの帰り道、実家にいる妹へのクリスマスプレゼントを買うべく立ち寄ったデパートで、その事実に気が付いた。
---今日もらったはずの給与袋が無い。
レジの店員から訝しげな目で見られながら、カバンもポケットも必至に探したがどこにもない。
家に帰って、それこそジャンバーもパーカーもジーンズも逆さに振ってみたりもしたが、やっぱり無い。
パンツ一枚の状態で、深刻な表情を浮かべている高耶は、必死に記憶を辿っていた。
「あ!もしかして・・・やっべー!!」
高耶はあわてて服を着なおし、バイト先へとバイクをとばした。
高耶のバイトはバイク便の配達員である。
うっかり給与袋を、ユニフォームのジャンパーポケットに入れたまま、ロッカーに仕舞ってしまったようだった。
ロッカーにはオモチャみたいなカギしかついていない。万一盗まれでもしたら、クリスマスプレゼントどころか、無事に新年を迎えられるかも危うい。
高耶はさらに強くアクセルを踏み込んだ。
バイトのオフィスのあるビルへと高耶が着いたのは、午後10時も回ったころだった。当然といえば当然だが、窓には明かりひとつない。幸せなことに、クリスマスイブの夜に残業させられている人間は、ここには一人もいないようだ。・・・高耶にとっては不幸なことに。
ため息をつきながら、わずかな望みをかけて入り口の扉を押してみる。だが案の定、しっかり施錠済みだった。
「ちくしょーーー」
高耶は空を仰ぐ。
「今日の晩飯どうすっかなぁ・・・」
高耶は、バイト代で学費を稼ぎながら大学へ通う苦学生だった。
運悪く、先月のバイト代の残りは、最近不調だった愛車、ホーネットに全部食われてしまったところだった。
と、その時、視界のすみに半開きの窓がひとつ映る。
「あ・・・」
4Fの窓だった。そして・・・バイトのオフィスも4Fだった。
高耶は、おもむろに視線を右側へ---このビルと、それに隣接するマンションとの間に生まれたせまい路地へと移す。
そこには外壁塗装の為に組まれた、アルミ板の足場がある。そしてそれは、幸か不幸か4F部分まで組まれているのであった。