サンタが家にやってきた 2



 ◆      2      ◆
 
 
「オレは一体何やってんだろ・・・」
 高耶は、ビルの壁面にへばりつきながら猛烈に後悔していた。


 4Fまで組まれていたアルミ板の足場を登り、そこからデザインなのか何なのか、大きく出っ張った窓の桟の部分を足場に、意外とあっけなく目的の窓までたどり着いた。のはいいが・・・
「なんで窓が開いてねーんだよ!!」
 ちくしょー誰か閉めやがったな!と、窓にへばりつき、高耶は悪態をつく。
 中を覗き込むと、非常灯に照らされた薄暗い廊下が見えた。この突き当たりに目的のロッカーがある。バイトのオフィスは狭いため、廊下の突き当たりのデッドスペースをパーテイションで簡単に仕切り、ロッカールーム代わりにしていた。
(この窓さえ開いていれば、取りにいけたのに・・・)
「くそっ。明日の朝出直すっきゃねーか・・・」
 ため息をひとつつき、もと来た道を戻ることにした。手と足がかじかんできている。凍える前に戻らないと真ッ逆さまに落ちそうだ。
 薄い手袋ごしに、はーーっと息をかけて手をこすった。
 その白い息は、下から吹き上がる寒風に巻き上げられてゆく。
「うおっ、寒みぃ〜」
 高耶は、足元の寒々しい景色を見た。
 改めて見ると・・・ビル4階分の高さは結構高い。
 高耶はブルッと身震いする。それは、寒さのせいだけではなかった。



「死ぬかと思った・・・」
 途中手をこすりながら、なんとか4F部分の足場まで辿り付いた。
 氷のように冷えたアルミ板の上にぐったりと座り込む。その冷たさに思わず顔をしかめた。
「・・・っんで、クリスマスにスパイダーマンごっこしなきゃなんねーんだ!全く」
----はっきり言って自業自得の出来事である。が、そんなことは空腹と寒さで高耶の頭の中からきれいさっぱり吹っ飛んでいた。
 そういえば、昼から何も口にしていない。そのことに気付くと、空腹感が倍増したように感じた。
「くっそ・・・」
 足場を支えるアルミの支柱を蹴り飛ばし、八つ当たりした。
「ごぉ〜ん」と鈍い音がビルの谷間に響く。

----これが、不幸にして第二ラウンド開始のゴングとなった。

「誰だ!」
 遠くで男の声がした。懐中電灯の明かりの輪が縦横無尽にビルの壁面を照らしてゆく。
「うっわ!やべ!警備員だ!」
 あせる高耶の方へ、足音とライトの光が迫ってくる。
(まずい・・・)
 高耶は地上を見下ろした。
 今この足場を降りて行けば、間違いなく捕まる。
 左右を見回すが、吹きっさらしのこの場所に隠れる場所などもちろん無い。このままじっとしていれば見つかるのは必至だ。
 高耶は瞬時に計算した。
(残る道は・・・あそこしかない!)
 この足場を挟んでビルと隣接するマンションを睨みつける。
 やや斜め下方には大きく口を開けたベランダ。部屋に明かりは無し。
----高耶は一気に飛び降りた。


「う〜〜!」
 高耶はベランダで息を殺してうめいていた。
 すぐそばでは、警備員の足音、そして壁を走るライト。
 気配が過ぎ去るまで、高耶はじっとうずくまって耐えた。

 やがて、警備員の足音が遠のき、静寂が戻ると、高耶は盛大に息を吐いた。
「はぁ〜!・・・こ、腰抜かすかと思った・・・」
 オフィスのあるビルとこのマンションとの距離はかなり近い。まして、その狭い隙間に工事用の足場を設けてあったのだから、目と鼻の先くらいの距離だった。が、なんせビルの4Fとマンションの4Fでは高さがちがう。高級感漂うこのマンションは、普通のマンションより天井を高くとっているようだったが、その落差は寒さにかじかんだ足に殺人的ダメージを与えるに充分だった。
「いたた・・・ちくしょー!もう散々だ」
 のろのろと立ち上がる。
「さてと、どっから帰るかな」
 やたらと広くて、殺風景なベランダを見渡す。生活感が全くなかった。
 「ここ空家か?」
 ベランダのガラス扉に顔をくっつけ、室内を覗き込んだ。とその時・・・
----目が合った。
「うわあ!」
 眩しい明かりとともに戸が開く。
 そして、そこには・・・俳優張りに顔のいい男が、不信気な顔で立っていたのだった。



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2005.1.12 up