深志大学付属高等学校



(問3)タイガンの火事


 突然の寒風に顔を上げれば、窓が全開になっていた。春になったとはいえ吹きつける風はまだ冷たく、ひと吹きごとに室内の温度を下げてゆく。
「閉めてよ!寒いじゃない!」
 門脇綾子はウェーブのかかった髪をかき揚げながら、窓際の背中に文句をたれた。しかし言われた本人は聞こえていないのか聞く気がないのか、どこか楽しげな顔で窓の外へと視線を移したままだった。
「もうなにあの顔。気持ち悪いわね」
「どうせろくでもないこと考えてるんだろ」
 片眉をひょいと上げながら答えたのは千秋修平だ。
「そんなことより、あとはあいつに任せてさっさと帰ろうぜ」
 机に山積みされた書類を一瞥した綾子は、千秋の提案に当然だと言うように大きく頷く。4月に発足したばかりの新生徒会役員の彼らは、新学期からずっと前生徒会からの引継ぎや雑務に追われていた。にもかかわらず、昼休みに姿をくらましたあげく放課後もああして窓辺に佇み、副会長の千秋と会計の綾子に本日の仕事を丸投げしている生徒会長に同情などする気はない。
 そうと決まればと、ふたりはこそこそ荷物をまとめ出す。通学バッグとコートにマフラー、あとは耳を塞いで逃げるのみ。少しでも耳を貸せば、脅しまがいの説得でまた雑務を押し付けられかねないからだ。ふたりは怪しく目配せし合う。しかし、せーので腰を浮かせて逃げるその寸前、
「おまえら帰っていいぞ」
 窓を閉めた直江が意外な台詞とともに振り返った。
「もうすぐ客が来る」
「客ぅ?こんな時間に?ああ、また告白タイムかよ」
 直江の外面に騙された女生徒は他校生も含めて数知れず。おかげで早朝に休み時間に放課後にと頻繁に呼び出しがかかり、その時間分だけ生徒会の業務が滞るはめになっていた。
「あーあ、また女の子泣かすのかぁ」
 かわいそうにと、千秋は大げさなため息をつく。女生徒の告白に直江が応えたことは一度としてなく、今回もまたしかりだろう。なぜなら直江の好みは自立した大人の女性というものだったからだ。後腐れなく別れられる美しくて賢い女がいいのだと、おまえはいったい何歳だ?とつっこみたくなるような台詞を直江は日ごろ口にしていた。
「おまえさ、偽装でいいから綾子とつきあえば?」
「冗談やめてよ!」
 綾子が悲鳴のような声を上げる。
「いい案だと思うんだけどなぁ。彼女付きだとわかれば、この詐欺男のために涙する女子は減るし、こっちの仕事を邪魔されることもなくなるだろ?そんで、おまえは女子の人気がやたら高いから直江の彼女になっても迫害されねぇし、そればかりか『あんなにステキな門脇さんならしょうがないわ』と納得してもらえて万々歳だ」
 何がステキなのかオレには全く理解できないがと、ケラケラ笑う千秋の頭を綾子がカバンでひっ叩く。
「それじゃあ私の青春はどうなるのよ!体育祭の借り物競争で『好きな人』とか引いちゃったら直江と手をつないでゴールしろっての?後夜祭のキャンプファイヤーで直江とイチャコラ踊れって言うの?修学旅行の自由行動も付きまとわれて、心霊写真みたく撮る写真撮る写真この顔と写らなきゃならないの?!」
 そんなのイヤー!!と叫ぶ綾子は、ムンクの叫び状態だ。
「おまえの彼氏などこっちこそお断りだ!」
 直江をまるで害虫や怨霊扱いする綾子の態度に、千秋は腹を抱えて爆笑し、直江は苦々しく顔を歪めた。
「それよりもうすぐ客が来る。部外者は早く帰ってくれ」
 騒ぐふたりを無視して、直江は棚のガラス戸を開いた。その中を物色し、一番上等のカップを取り出すと、コーヒーメーカーから熱い液体を注ぎ込む。
 もうすぐ高耶がやってくるはずだ。
 
湯気の中に息を切らせて真っ赤な顔で怒鳴り込んでくる彼の顔を思い浮かべた直江は、無意識に頬をゆるませた。
「へぇ……おまえ手ずからコーヒー淹れるなんて、どんなVIPが来るんだ?」
 千秋は笑いを引っ込めて、嬉しそうにコーヒーを淹れる直江を興味深そうに眺めた。
「もしかして、今から来る客にマジ惚れしたとか?」
「……あながち間違ってないかもな」
 直江から出た信じられない台詞に、驚愕の表情のまま千秋と綾子は顔を見合わせた。
「うっそぉ?!」
 その時、廊下からバタバタと騒がしい足音が響いてきた。千秋らは息を呑んで生徒会室のドアに注目する。その扉は怒鳴るような音を立てて開かれた。
「殴られる覚悟はできてるんだろうな?」
 不穏な台詞と共に現れた人物を千秋と綾子はぽかんと見つめる。戸口で仁王立ちし、ぎりぎりと音がしそうな視線で直江を睨み付けているのは、教師も恐れ慄く不良生徒だった。
「ご足労様です」
 そんな怒り心頭な高耶を直江は和やか迎え入れる。北校舎の3階からおそらく全速力で駆けてきたのだろう。高耶の頬は紅潮し、額にはうっすら汗が浮いている。吐き出される息は荒く肩を上下に揺らしていた。
 敵と戦う前に体力を消耗してどうするのかと、思わず笑みが浮かびそうになるのを直江はこらえる。しかし完全には隠し切れなかったようだ。
「ざけんなよっ……!」
 高耶はずかずかと教室に踏み入り、直江の胸倉を乱暴に掴み上げた。
「へー、旦那、宗旨替えしたのかよ?」
「!!」
 直江しか目に入ってなかった高耶は、第三者の声に驚いて振り返る。長めの髪を後ろで束ねたの軽薄そうな男と、美人で勝気そうな女子が、興味津々といった風に高耶らを見ていた。その美人こと、綾子にニッコリ微笑みかけられ高耶はたじろぐ。
「何があったのか知らないけど、全面的に直江が悪いわね」
「おい、文の前後がおかしいぞ」
 物知り顔で言う綾子に、つかさず千秋がつっこんだ。
「だって、直江が悪くなかった時ってあった?」
「無いな」
 即答する千秋に「でしょう?」と綾子は胸を張り、悪戯めいた目でちらりと直江を見返した。
「直江もたまには殴られりゃいいのよ。仰木クン、その澄ました顔を一発ガツンとやっちゃって!」
「そりゃまずいだろ」
 心配顔で千秋が言う。しかし、
「殴るなら、腹とか足とか服着たら見えないとこにしとかねーと」
 彼の心配の矛先は、直江ではなく高耶の方だった。
「なるほど!じゃあ鳩尾に一発!」
「いっそ股間でもいいんじゃねぇ?」
「あらそれ最高」
 仲裁どころか、やんややんやと囃し立てられ、高耶は握った拳の行方に迷う。動揺したまま直江に視線を戻せば、彼の顔は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
 仲間から言われ放題で、ぐうの音も出ない直江を高耶は意外な気持ちで見る。と同時に、胸倉を掴んでいた手から、するりと力が抜けてしまった。
 過激な外野のおかげで殴るタイミングを見失ったばかりか、直江の苦々しい表情を見て、なんだか怒気を削がれてしまった高耶だった。
「さっさと消えろ!」
 放っておけば、いつまでも野次を飛ばしそうなふたりを直江が一括した。
「へーへー、じゃあお先に」
「えー、帰るの?」
 後ろ髪引かれる綾子の腕を引っ張り「ごゆっくり〜」と千秋らは教室を出て行く。それでもしばらくは廊下から彼らの騒ぐ声がしたが、それもやがて遠くなり、室内はしんと静まり返った。その静寂を待っていたかのように直江は口を開く。
「屋上ではすみませんでした」
 屋上での態度とは正反対の殊勝な態度で詫びてくる直江に、高耶は目を見開く。直江は苦笑を浮かべた。
「あれはやりすぎたなと、これでも反省してるんですよ。……お詫びと言ってはなんですがコーヒーでもいかがですか?」
 胸元を掴んだままの高耶の手をやんわりと外させ、「冷めたので淹れなおしますね」と、直江は机の上のコーヒーカップを手に取った。
 熱いコーヒーを注ぐ直江の横顔を、嘘か真実か見定めるように、高耶はじっと見つめていた。




 生徒会の書記は誰にするかまだ決めてません。かわいい一年生にするのもいいなv
 譲はたぶん学級委員長です。(はよ決めろ)
 邂逅編読んだせいか、じゃれあう夜叉衆が書きたくてたまりません。色部さんもそのうち出ますよ。

2008.02.08 UP


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