4年後のバースディ 10



 ◆      10      ◆ 


「どうしましたか?」
 箸の進まない様子の高耶に直江が尋ねる。夕食時の食堂は、活気に満ちていた。その中で、高耶のまわりだけが沈んで見える。屋上から戻ってきてから、ずっと何かに囚われているようだった。
「ひとりで悩まないで、話してください」
 話そうか話すまいか逡巡している高耶に、直江は話の切り口を与えてあげた。
「・・・景虎って、どんなやつ?」
 しばしの沈黙のあと、うつむきながら高耶はぽつりとこぼした。
 景虎の記憶を取り戻した4年後の自分について知りたいと思った。
「4年後も、あなたはあなたですよ」
 高耶は顔を上げる。
「私の、あなたへの思いは、何も変りません。記憶があっても、なくても」
「直江・・・」
 それは、高耶の今一番欲しい言葉だ。だけど、じわじわと湧き上がる劣等感を抑えることはできない。
「でも、景虎ってさ、すげー立派なヤツなんだろ?」
 今の高校生高耶の言動ひとつひとつに、まわりの人間が驚いているのがわかる。きっと幻滅しているんだろうと高耶は思った。楢崎や卯太郎だって、内心ではどう思っているかわからない。そう考え始めると、ひとつひとつの行動が比較されているようで息がつまった。
「今の自分を蔑む必要は全くありません」
 そんな高耶の気持ちを察し、直江は労るように言った。
「今のあなたの延長線上に、4年後のあなたがいるんです。記憶を取り戻しても、別人になったわけではありません。今のあなたがあるから、4年後のあなたがあるんです」
 高耶は目を瞠る。
「不安なら武藤に聞いてみなさい。彼も記憶喪失の換生者でしたから。記憶が戻った時、彼は、やっぱり彼でしたよ」
 機会があったら聞いてみなさいと言う直江に、やっと高耶の表情がやわらいだ。止めていた箸を再び動かす。
「4年後か・・・もっと平凡な人生やってると思ってた」
 あの小さな町で、せせこましく、それなりに幸せに暮らしているんだと思っていた。
「まさか、まだお前らと付き合ってたとはなぁ・・・そういえば千秋やねーさんは?いまどこにいるんだ?」
 ふたりは、四国以外の怨霊退治に奔走中だと、高耶には説明してあった。
「・・・全国を飛び回ってますよ」
「会ってみてぇなぁ。ふたりとも変った?」
「いいえ、あいかわらずです」
 くすっと、高耶が笑う。
「ハタチになってっから、ねーさんにガンガン飲まされたりするんだろうなぁ」
 そんな高耶を直江はせつなく見つめる。そんな未来があればと、心から願った。
「そういえば、もうすぐあなたの誕生日ですね。もうすぐ21ですよ」
「21か・・・オレにとっては17才の誕生日だけどな」
「何か欲しいものはありますか?」
「は?今のオレに聞いてどうすんだよ」
「4年後のあなたに聞いても、特にないと言われたので」
「何も無い?信じらんねぇ。バイクとか、メットとか・・・何かあるだろう」
「バイクならありますよ」
「マジ?!どんなやつ?」
「赤のホーネットです。駐車場に置いてあります。後で見に行きますか?」
「行く!」
 高耶は、目をキラキラさせて喜んでいる。
「何も欲しいものが無いってことはさ、4年後のオレって、結構満たされてんのかな。まあ、目の病気はあるけどさ」
 無邪気にそんなことを言う高耶を、直江は複雑な思いで見る。
 健康な体・・・希望に満ちた未来・・・親友の記憶や、大切な妹との再会・・・
 4年後の高耶が本当に欲しいものは、直江にプレゼントできないものばかりだった。
 たとえできても、彼の信念を曲げてまでソレを手に入れることを、直江に許してはくれない。直江は、ぐっと拳を握った。
「・・・直江?」
 どうした?と首をかしげる高耶に、直江はあわてて笑顔を取り繕う。
「あなたへのプレゼントをどうしようか悩んでいるんです。一緒に考えてくれませんか?」
「んなこと知るかよ。4年後に欲しいもんなんて」
「じゃあ、今のあなたが欲しいものを教えてください」
「オレの?」
「ええ」
「う〜ん・・・」
 先ほどまで「何も欲しいものが無いなんて信じられねぇ!」と言っていた高耶だったが、バイクやそれらの備品一式すでに持ってるとなると、他に特に欲しいものを思いつかない。旨いメシとか、CDとか、そこそこ欲しいものはある。だけど、何かちがう気もする。
「う〜〜ん・・・」
 ありそうで無いような、まどろっこしさに、高耶はうなった。
「今すぐでなくていいですよ。考えておいてください」
「わかったよ」と頷く高耶に、声がかかった。
「隊長、隣いいですか?」
 堂森や早田、久富木ら、元遊撃隊の面々だ。
 そして、高耶の目の前にドンッと皿が置かれる。兵頭だった。その皿の上には、鰹のたたきが盛られている。
「この前の詫びです。知らぬこととはいえ無礼をいたしました」
 相変わらず、悪びれた様子のかけらもない。
「別に、気にしてねぇよ」
 お前だって気にしてねぇだろうと、内心毒づく。
  責めるようなこの男の視線が不快だった。さっさと消えて欲しくて、高耶は、義理のように鰹に箸をつける。
(ひとくち食べて見せて、適当に礼でも言って追い払おう)
 そう思ったのだが・・・
「旨い・・・」
 絶品だった。
 目を輝かせた高耶に、一瞬兵頭の顔がゆるんだようにも見える。
「隊長の好物です」
「何か思い出せませんか?」と続けて言いかけた兵頭を遮って、高耶が感動したように言った。
「こんな旨い鰹、オレ生まれて初めて食った。サンキュー!」
 その何もわかっていない子供のような言い様が、兵頭の神経を激しく逆撫でする。
 バンッとテーブルを叩いた。衝撃でコップの水がこぼれる。
「なにす・・・!」
「兵頭!貴様・・・」
「逃げるなど許さんぜよ。・・・戦は始まっちょるんじゃ」
 殺されそうな目だった。
(逃げる?・・・何から?)
 立ち去る兵頭の後ろ姿を、高耶は息をつめて見送った。




BACK    >NOVEL TOP    >NEXT


予定の半分しかUPできなかった・・・
たぶん次の更新は早いかと。・・・迷いが出なければ。
2005.6.6 up