4年後のバースディ 9



 ◆      9      ◆ 


「なぁ、まだ怒ってんのか?」
「いいえ」
 そう否定するくせに、その口調には非難がこもっている。
「だから悪かったって、バラしちまって」
「別に、あなたのせいじゃありません。私の配慮が足りなかっただけでしょう」
 そう空々しく言って、また黙り込む。
「ったく、言いたいことがあるなら、はっきり言えよ!」
 高耶は、無言の抗議をし続ける男を睨みつけた。


 高耶と直江は、屋上にいた。
 記憶喪失であることが皆にバレたおかげで、高耶は、人目を気にせず堂々とアジト内を歩けるようになっていた。 
 『仰木隊長記憶喪失』の報にアジト中が激震にみまわれてから、まる1日が経っていた。
 当初動揺した隊士らも、「一時的症状である」という中川からの説明や、「今こそ、我々が仰木を支える時だ」という嶺次郎の熱弁により、とりあえずの落ち着きを取り戻していた。
(結果的には、よかったのかもしれないが・・・)
 屋上の柵を握り締め、海風に吹かれて気持ちよさそうに目を細める高耶を見つめながら、直江はそう思った。彼は太陽の下がよく似合う。
 だが、同時に残念な気持ちも隠せない。
 高耶を隔離させるという嶺次郎の案に賛成したのは、もちろん今の赤鯨衆の状況や、高耶の安全を思ってのことだった。だがそこには、誰の目にも触れさせずに、彼を独り占めしたいという欲望があったことも確かだ。それゆえ、先ほどから大人気ない態度を取ってしまった直江である。

「なぁ、海行きてぇ」
 そうねだる彼の子供っぽい顔に、直江は思わず漏れそうになる笑顔を噛み殺す。
「だめですよ。危険です」
 アジト内には、当然戒厳令が布かれていた。もっとも、仰木高耶の存在の重さを知る隊士らは、自分の身がかわいければ吹聴して回ることなどないだろう。だが、油断はできない。どこにスパイが潜んでいるかわからないからだ。
 そのため、『力』も使えず、記憶もなく、無防備な子供同然な高耶には、常に誰かが護衛として付き添うことになっていた。そしてそれは、直江ひとりで充分だった。
「おい、武藤。ここは俺がいるから大丈夫だ。お前はさっさと持ち場に戻れ」
「え〜、ずるいぞ橘。オレだって仰木のボディガード役やりてぇよ。お前ばっかり独り占めすんなよ」
 先ほどから高耶のまわりを、カメラを手にウロチョロしていた潮が、不満の声を上げた。
「お前は写真を撮りたいだけだろ」
 ファインダー内に、しかめっ面の直江の顔が侵入する。
「あっこら!仰木が写らねぇだ・・・イテッ!」
「写らなくて結構だ」
 潮の背に、高耶の蹴りが入る。
「なあ、こいつ何?すんげーヤだけど、もしかしてストーカーってやつ?」
「そんなようなものです」
「ちがっ誤解だ!否定しろよ橘!」
 潮は、蹴られた背中をさすりながら必死に弁明する。
「オレはただ、お前の美しさをこのカメラに収めたいだけなんだ!」
「追い払え」
「御意」
「え?ちょっとまて!誤解だ〜!」
 直江は潮の首根っこを捕まえ、「去れ」と屋上の階段口を指す。
 すると、それを合図にしたかのように扉が開いた。
「隊長!ビール持ってきました!」
 楢崎と卯太郎だった。手には、ビールの缶やつまみを持っている。
「おっ、気が利くじゃねぇか」
 高耶は顔を綻ばせた。

 2人は、高耶の身の回りの世話をするという役目を得て、今この足摺に留まっていた。
 卯太郎は、記憶の無い今の高耶にとっても警戒心を抱かせない存在らしく、食事や薬の管理など、中川の手足となって高耶の健康管理に一役かっていた。そして楢崎は、今の『高校生高耶』と同年代の現代霊ということで、高耶の話し相手に任命されていた。傍目には、単に遊んでいるようにしか見えなかったが。
 これは、記憶喪失に至った物理的原因が見つけられず、精神的なものが原因ではないかと考えている中川の配慮だった。同年代の楢崎とのなにげない会話で、高耶を少しでもリラックスさせられればと思ってのことだ。

「高耶さん」
 ビールに手を伸ばす高耶を直江が制した。
「何だよ。もう俺ハタチ過ぎてんだろ?お前の得意のセリフも、もう言えねぇよな?」
 ニヤリと笑うと、高耶は挑発するように直江の目の前でゴクゴクと喉を鳴らしてビールをあおる。
「おっ、いー飲みっぷり!お前がこんなに酒飲むところ初めてみるなぁ」
「隊長は、ほとんど酒飲まなかったっすから。下戸説まで流れてたんすよ」
「はぁ?ビールくらい飲むぞ」
 直江は苦虫を噛み潰したような顔でそれを見ていた。そんな、何も言い返せない直江に気分をよくした高耶は、
「タバコもらうぞ」
 今度は、直江の胸ポケットから素早くタバコを箱ごと抜き取り、その1本を口にくわえた。
「高耶さん、やめなさい」
「火」
 さっと、楢崎がライターの火を差し出す。
 高耶は、あきらかに怒っている直江を楽しそうに見ながら、深く煙を吸い込んだ。だが・・・
「・・・っ!ゲホッゴホッゴホッ!」
 高耶の肺は、それを激しく拒絶する。むせ返って顔を真っ赤にし、絞り出すように煙を吐き出した。
「だから言ったでしょう」
「なっ、ゲホ・・・」
 咽せながら涙目で「何で?」と訴えてくる。
「あなたは、もう何年も喫煙していないのですよ」
 むせる高耶の背を叩いてやりながら、その手に握りつぶされたタバコを取り返した。
「なんで・・・ゲホッ・・・禁煙なんか・・・ゴホッ・・どーせお前の仕業だろ!」
「いいえ、私は関係ありません。あなたが自分の意志で辞めたんでしょう」
 澄ました顔で言う直江を高耶は睨みつけ、ぷいっと離れた場所へ移動すると忌々しそうにビールをあおった。
「ったく、酒もタバコもしねぇ、人には尊敬されて・・・どんな真面目なヤツなんだよ景虎って」
 ビールに濡れた口元を拭いながら、高耶は小さくぼやく。
 その顔には、不機嫌さよりも不安が浮かんでいた。



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また1月も日にちが開いてしまいました〜(汗)しかも少なめ。
書きたいことをどういう順で、どうもっていくか難しいもんですね・・・パズルです。
2005.5.23 up