4年後のバースディ 11



 ◆      11      ◆ 


「隊長、そんな思いつめんでください。ああ見えて兵頭さんは、隊長のことを心底心配してるんです」
 茫然と兵頭を見送った高耶を、早田が励ました。
「早田の言うとおりじゃ。己を追い詰めると良くなるもんも良くならんき」
「そうそう、隊長も酒飲んでぱぁっとやりましょう!ぱぁっと!」
 止める間もなく、高耶の前には酒やらつまみやらがどんどん置かれ、いつの間にか宴会へと突入していた。
 堂森らは、はじめからそのつもりだったらしい。彼ら流の心遣いだ。
 その様子を見ていた、それまでどう接していいのか分からずに高耶を遠巻きにしていた他の隊員らも、わらわらと集まってくる。食堂内は瞬く間にお祭り騒ぎとなった。

 プラスティックの湯のみに、並々と酒を注がれる。
「まあまあ一杯。16才の隊長との親睦会っちゅうことで」
「カンパーイ!!」
 高々と無数のカップが掲げられる。いつの間にか、ものすごい人数に膨れ上がっていた。
「旨い・・・」
 流されるままに酒を口にした高耶が、思わず呟く。先ほどの鰹といい、食事面では恵まれた環境であるようだ。
「高耶さん。あなたはお酒に強くは・・・」
「うるせえ。ガキ扱いすんじゃねぇって言ってんだろ」
「おおっ!隊長いい飲みっぷり!」
 直江の注意は、高耶に逆効果だ。意地になったかのように、どんどん杯を進めていく。それを止めようにも、まわりが邪魔をしてどうしようもない。そればかりか、直江の方こそ邪魔だと、その場を追い出されてしまった。
「隊長の好きな食べ物は何ですか?」
 隊士らは、高耶を質問攻めにし始めた。普段、自分のことを話そうとしない仰木隊長も、今なら素直に答えてくれそうだと踏んでのことだ。
「好きな食べもん?え〜と、寿司に刺身に、吉牛、ラーメン・・・」
 お酒の入った高耶は饒舌に答える。
「・・・と、この『鰹のたたき』。このタレどうやって作ってるんだろ。コクがあって旨いよなぁ」
 兵頭が置いていった鰹を箸でつまみながら、しみじみと言った。
「隊長は、料理したりするんですか?」
「おう。今すぐ嫁にいけるくらい作れるぞ」
「おお〜」と、まわりから驚きの声があがる。意外な一面だった。仰木高耶のエプロン姿など誰も想像したことがない。
「得意料理は何ですか?」
「肉じゃが」
「ほぉ〜」と、またまわりから意味不明の感嘆の声が上がる。なにやら、明後日の方向を見ながら頬を染めている人間もいる。
「隊長〜好きな女性のタイプは何ですか?」
 楢崎からの質問だった。
「タイプ?うう〜ん・・・」
 惚れたはれたよりも、その日の夕飯の献立の方が大問題だった、高校生高耶は悩む。
「そうだなぁ・・・しっかりしてて、ちょっとわがままなところもあって、弱いくせに強がってがんばってる、家族思いで笑顔を絶やさない明るくて優しい子かなぁ」
「・・・具体的っすね。もしかして、それって隊長の彼女のことっすか?!」
「妹だ」
 仰木高耶データベースに『シスコン』が書き加えられた。
「ええと、仰木さんの好きな動物はなんですか?」
 今度は卯太郎からの質問だった。
「動物?う〜ん・・・にゃんこかな」
「・・・にゃんこ?」
 みんな目が点になる。一瞬空耳かと思う。
「にゃんこ・・・って、もしや猫のことですか?」
 勇気を出した隊士が、おそるそる聞いてみる。
「あたりまえだろ。他ににゃんこがいるか」
 あきれたようにそう答える高耶に、皆どう反応していいのかわからない。
「・・・隊長が・・・にゃんこ・・・」
 そんな言葉が高耶の口から出てくるとは・・・
 まるで、猛獣にピンクのリボンをつけたような、違和感だった。
「にゃんこ、一時飼ってた時あったんだけどさ、めちゃくちゃかわいいんだこれが」
 高耶のまわりに愛らしい小花が飛んでいるように見える。
 隊長にもこないに可愛い時があったんじゃなぁと、誰かが、ぼそっとつぶやいた。今じゃ、そのカケラも見当たらない。
「この4年の間に、一体何があったんじゃろう・・・」
 それが、皆の感想だった。
「そうか、そうか、実は、獣の皮を被ったにゃんこだったがか!」
 岩田が、がははと笑う。
「誰がにゃんこだコラァ!頭撫でてんじゃねぇよ!」
 いちいち素直な反応をみせる高耶が可愛くて楽しくて、みんな寄って集って構いたがる。高耶はもみくちゃにされていた。
 すっかり蚊帳の外に置かれた直江は、食堂の片隅からその様子を眺めていた。酒臭い男らのおかげで、高耶の警戒心が徐々に溶かされてゆくのがよくわかった。湧き上がりそうになる危険な感情を押さえつけ、今日は大目に見ることにする。
(記憶を失わなければ、こんなに楽しい時間は得られなかっただろう・・・)
 笑ったり怒ったり忙しい高耶が、なつかしくて、愛しい。
 直江は、この宴を計画した堂森らに、少しだけ感謝した。

「ところで隊長は、橘とどういう関係なんですか?昔からの知り合いのようですが・・・」
 頃合を見て、早田が尋ねた。
 突然、食堂はさっきまでの馬鹿騒ぎが嘘のように静まり返る。実は今、アジト内で最も騒がれている話題がこれだった。固唾を飲んで、高耶の答えを待つ。まわりからやけに真剣な眼差しに晒され、高耶は訝しげにぼそりと答えた。
「・・・イトコだ」
 瞬間、歓声とうめき声が同時に上がった。
「やったー!勝ちじゃ勝ちじゃ」
「大吟醸いただきじゃあ!」
「くそ〜!もってけ泥棒!」
 目を丸くする高耶の前で、笑ったり悔しがったりしながら、タバコや酒や様々な支給品の受け渡しが行われている。
「なんじゃ、倍率1.2?つまらんのぉ」
「くそ〜!大穴狙っとったんじゃがなぁ・・・」
「あほう。「親子」は、いくらなんでもないじゃろ」
「なにおぅ?おまんの賭けた「昔別れた恋人」よりはマシじゃあ!」
 高耶の顔に血が上る。
「・・・て、てめぇらっ!人を賭けのネタに使うんじゃねぇ!!」
 食堂内は、どっと笑いにあふれた。


「おう橘。盛り上がっちゅうな。上の階まで響いちょったぞ」
「楽しそうですねぇ。最近みんなピリピリしてましたから、気分転換になって丁度よかったですね」
 嘉田と中川だった。
「中川、何か手がかりは掴めたのか?」
「残念ながら、まだ何も・・・」
 中川は、徒労のため息をついた。
 つい先ほど、今日までの高耶の検査データをすべて、まとめ終わったところだった。
「これ以上、体の方を検査したところで、無駄かもしれません」
 記憶を失う前の検査結果と比べて、まったく異常がなかった。
「嘉田さんと先ほど相談してたんですが、明日から仰木さんには、能力開発のトレーニングをしてもらおうと思っています。もちろん検診は続けます」
「武藤の時みたいに、ビシバシしごけば嫌でも思い出すじゃろう。それにこのままじゃ体も鈍る。記憶が戻った時、今度は体が使い物にならんじゃ、シャレにならん。仰木には、能力開発と通常のトレーニングメニュー、両方やってもらう」
「無茶な!」
「どうせ、暇じゃろ。働かざるもの食うべからずじゃ」
「体力的に無理だろう。能力開発のメニューだけに専念を・・・」
「橘さん」
 嶺次郎に反論する直江を中川が止める。
「大丈夫です。無理の無い程度に調節しますし、皆といつものトレーニングをすれば、思い出すきっかけを得られるかもしれません。体に染み付いた記憶というものはあると思いますき」
「・・・わかった」
 直江は頷く。確かに中川の言うことに一理あった。
「ところで、何もバレちょらんじゃろうな?」
 みんなと一緒に笑っている高耶を見ながら、嶺次郎が聞いた。
「問題ない。打ち合わせ通りだ。オレとあの人の関係は『従兄弟』で通している」
 高耶には、人前では「直江」ではなく「橘」と呼ぶようにも重々言ってある。
「誰も疑ってないようだから、大丈夫だろう」
「従兄弟・・・にしては、似ちょらんがなぁ」
 色素の薄い直江の目を、覗きこみながら嶺次郎は複雑な顔をする。
(素直に信じてくれるのは、ありがたいが・・・)
「こがいに簡単に騙されてどうするが・・・」
 そんな首領の嘆きも知らずに、楽しい宴は深夜まで続いた。




BACK    >NOVEL TOP    >NEXT


大人数を書くのって難しい・・・あえて誰のセリフか書いてないところあり。
次の更新も早くできそうな予感。(あくまで予感)
まだまだ先は長いです。焦ってきました。
2005.6.8 up