4年後のバースディ 12



 ◆      12      ◆ 


「仰木ぃ!ペース落ちてるぞ!」
 山間に武藤の明るい声が響く。
 かろうじて枝が裁かれただけの、山あり谷ありの木の根のはびこる獣道を、武藤を先頭に高耶や楢崎、卯太郎など、20名ほどの隊士らがひた走っていた。
 一般隊士らに課せられた日々のトレーニングである。
「ほらほら、もっと足を上げろ!根にすくわれるぞ!」
 今朝から能力開発と題されたしごきにあっていた高耶は、すでにクタクタだった。足が重くて持ち上がらない。もっとも、『仰木隊長』ならこのくらい屁でもなかっただろう。だが、同じ体であっても、精神面の強さと目的意識の高さに格段の違いがあった。それは大きく肉体に作用する。
「も、・・・限界だ・・・んなことやって・・・られるかよ!」
 高耶は、肺から息を絞り出すように言った。
「貴重な酸素を使うなよ仰木〜」
「隊長ファイト!」
(こんなんで思い出すかっつーの!!)
 記憶を取り戻すために、山の中を走らねばならない理屈が高耶にはわらなかった。
(くっそ〜直江のヤツめ!逃げやがったな!)
 高耶のトレーニング中、直江は溜まりに溜まった業務を消化すべくアジトに監禁されていた。高耶の記憶が戻るまで、いくらか仕事を免除してもらっているとはいえ、高耶が眠った後の深夜残業程度ではとても処理しきれていなかった。しかし、高耶と仕事を天秤にかければ、どちらかに傾くかは言うまでも無い。このトレーニングにも付き添うと言い張った直江は今朝、裏口から抜け出ようとしたところを諜報班に捕らえられ、仕事山積みのデスクに強制連行されていた。
 そんなことは高耶は知らない。
(帰ったら・・・ただじゃ・・・)
 意識が朦朧としだした。めまいなのか、陽炎なのか、風景が揺らめいて見える。
(もう、走れねぇ・・・)
 高耶が足を止めかけたその時、
「ほい!ダッシュ!!」
 武藤がパンと手を叩いた。全力ダッシュの合図だ。次の合図が鳴るまで皆、全速力で駆けなければならない。
(できるか!!)
 高耶はリタイヤを決め、道の傍らに倒れこもうとした。が、次の瞬間、血相を変えて全速力で走りだす。
「おお〜!さすが隊長!!」
 ものすごい形相で、隊士らをごぼう抜きにしてゆく。
 そのすぐあとを、追いかける黒い影。
「く、く、来るなぁぁ〜!!」
 高耶は絶叫しながら突っ走る。彼の後を、黒ヒョウ――小太郎が追いかけていた。
(なんでこんなとこにヒョウがいんだよ!)
「仰木〜食われるなよ〜走れ〜!」
 のんきな潮の声を遠く背後に聞きながら、高耶は力の限りに走った。
 

「武藤てめぇ・・・性格・・・悪すぎだ!」
 ようやくたどり着いた休憩ポイントで、高耶は膝を折り、そのまま地面に沈没した。その傍には、小太郎が立ち、寝転んだ高耶の為に影を作っている。このヒョウは、高耶のペットのようなものだと、ついさっき潮から教えられた高耶だった。
「どんなペットだよ・・・」
 こんなものを飼っている『自分』に、高耶は呆れて言葉が出ない。恐る恐る手をのばすと、その指先をペロリと舐められた。
「そいつ、お前にしか懐かなくってなぁ。お前には噛んだりしないから安心しろよ」
 小太郎から、一定の距離を保った潮が言う。高耶は、恨めしげに睨み上げた。
「それならそうと、さっさと言えよ!最悪だお前。全く、嫌なタイミングでばっか、号令かけやがるし・・・」
「もうこれ以上は無理だ!」という一番苦しいところで、必ずといっていいほど潮はダッシュの号令をかける。力を振り絞って坂道を登りきった後や、岩山を乗り越えた後など、限界ギリギリの瞬間に限ってソレは発動されるようだ。
「オレが決めてる訳じゃねぇって」
 高耶に水の入ったペットボトルを差し出しながら、潮が言う。
「ダッシュのタイミングも、全部決められてるんだって。オレだって正直勘弁して欲しいよ」
 そう苦笑いして、潮はボトルの水を頭から被った。
 高耶も起き上がって水を飲み、残りを頭から被った。炎天下でこの運動では脳が溶けそうだった。
「・・・ったく誰だよ。こんな性悪メニュー考えたヤツは!」
 人が嫌がるツボを見事なまでに押さえてあった。
「絶っっ対、性根悪いヤツに決まってる!嫌がらせだ!いじめだ!」
 だだっ子のようにそう叫んだ高耶に、潮が、ぷっと吹きだした。高耶がジロッと睨みつける。
「何だよ」
 ふと気付けば、まわりの隊士らも、高耶に意味深な視線を注いでいる。
「・・・何だ?」
「いや別に〜。確かに性格の悪さが滲み出てるよなぁと思っただけだ」
 その潮の言葉に、そうじゃそうじゃと、他の隊士らも神妙に頷いた。
「まっこと、人の嫌がるツボをしっかり押さえちゅう訓練じゃき」
「愛のムチっちゅうやつじゃと思っちょったが・・・」
「そうか・・・嫌がらせじゃったか」
 先ほどまで、酸欠で死線を彷徨っていた隊士らが、息を吹き返したように話しはじめた。
「そうじゃないかと、実は思うちょった」
「わしもじゃ」
「おまんもか?」
「実はオレも〜」
「あほう!楢崎まで何を言うちょる!ほがなことあるか!」
「いやいや卯太郎、本人がそう言っちょるから、まちがいないじゃろ」
「そうそう」
 その会話にひっかかりを感じた高耶は、眉をひそめた。
「・・・本人?」
 楢崎が、もう我慢の限界とばかりに笑い出す。「何が可笑しいんだ!」と怒る高耶に、肩を震わせながらその理由を教えた。
「このトレーニングメニュー考えたのは、隊長っすよ」
「?!!」
「さあて、休憩終わり」
 潮が立ち上がった。
「嫌がらせメニュー第2弾、行くぞ〜!」
「オ〜!」
「いじめに負けるな〜!」
「オオ〜!」
 男どもは拳を振り上げ、掛け声と共に威勢良く出発した。その後ろを、真っ赤になった高耶が追いかける。
「っめーら!言いたいことがあるなら、はっきり言え!!」
 どっちがいじめだ!と怒鳴る彼に、みな腹を抱えて笑った。




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赤鯨衆の醍醐味のような話にできたかな?陽気な彼らが大好きです。
しかし、話が全然進んでない・・・
これだけのことに、どんだけ時間かかってるんだ〜(涙)

次は直江出します。
2005.6.26 up