4年後のバースディ 13



 ◆      13      ◆ 


 落下する感覚に、はっと目を覚ました。
 体がベッドから落ちかけている。のそりと体を起こすと、関節が軋んだ。変な姿勢で眠っていたらしい。服も着替えていなかった。
 ぎこちなく伸びをした高耶は、眠たげに目をこすり、暗い空間をぼんやりと眺める。窓から差し込んでいた赤い日差しは、とうに消えている。ずいぶん寝ってしまったようだった。
手探りで明かりのスイッチを押すと、眩しい光が目に刺さる。時計の針は10時を指していた。
「・・・あいつまだ、帰ってきてねぇのか」
 ベッドに座ったまま、壁に耳を当ててみる。その壁の向こうに、人の気配はない。
「遅えな・・・」
今、この壁の向こうが直江の部屋になっている。高耶の護衛という大義名分で嶺次郎を説得し、隣室に移ってきているのだった。
 耳を澄ましたままぼんやりしていると、また眠りに落ちそうになる。高耶は、首を振って眠気を払う。このまま眠っては、明日もまた地獄のトレーニングへ直行だ。
「冗談じゃねぇ」
 今日一日の出来事を振り返った高耶は、はき捨てるようにつぶやいた。
 過酷な一日がやっと終わりを告げた時、喜びもつかの間、とどめとばかりに、明日も明後日もその次の日も、記憶が戻るまでずっと今日と同じスケジュールだと聞かされた。
「こんなんで思い出すかっつーの!」
 高耶は枕を壁に投げつける。こんな肉体酷使のトレーニングで記憶を取り戻せるとは、とても思えない。
(記憶の手がかりは自分で見つけねぇと)
 直江にその手がかりを求めようとしたが、待っている間にまた眠ってしまいそうだ。今だ帰ってこない隣室の手がかりに焦れた高耶は、すっくと立ち上がる。
(なんとしても記憶を取り戻さないと)
 できれば明日の朝までに。
 絶望的なため息をひとつつき、あてのない記憶のカケラを求めて高耶は部屋を抜け出した。



 消灯時間の過ぎた廊下には、ぼんやり非常灯の青い明かりだけが浮かんでいる。
 宇和島決戦を控え、あわただしい日々を送っている隊士らはこの時間、寝ているか、残業や夜勤で出かけているかのどれかだろう。
 高耶は、薄暗い廊下を歩きながら、どうしたものかと考えた。これでは、記憶の手がかりはつかめそうもない。やはり直江が戻るまで部屋で待つかと、Uターンしかけた時、ふと、明かりの漏れる部屋を見つけた。ドアには、視聴覚室と書かれてある。誰か仕事中のようだ。
 もしかして直江だろうか?無遠慮にゴンゴンとノックすると、返事も聞かずにドアを開けた。
「直江?」
「うわぁ!っと・・・た、た、隊長ぉ?!」
 楢崎だった。イスから飛び上がってあわててTVの電源を切る。
「こんな時間に何やってんだ?」
「ええと、し、資料っす!」
「資料?」
 今、TVを観ていた気がしたがと、そちらへ視線をやれば、TVの下のビデオデッキが稼動していた。
「えと、あの、これは・・・そう!先月の実地訓練の時のビデオっす!明日の会議で必要だとかで、編集を頼まれてて・・・」
 見れば、机にビデオテープが数個詰まれていた。
「こんな時間にか?」
 今日1日、楢崎も高耶と同じくさんざん野山を走らされていた。それに加えて、こんな雑用もさせられるとは。高耶は、気の毒に思った。
「大変だな。何か手伝うことあるか?」
「げっ!・・・あ、いやその、全然大丈夫っす!隊長はゆっくり寝てください!」
「そうか?でもオレ今暇でさ。なお・・・橘が戻るまでなら手伝うぞ」
 ついでに、楢崎から何か記憶のヒントでも得られればもうけものだ。それに、この実地訓練のビデオとやらにも、期待できそうな気がした。
「そのビデオ、オレも映ってるのか?」
「まさか!!とんでもないっす!!」
 ブンブンと顔を手を振って力いっぱい否定する。そんな楢崎に、高耶は不信なものを感じた。すっと机に手を伸ばし、そのビデオを1つ手にとる。楢崎が「あ」の口のまま、凍りつくのが視界の隅に映った。
「・・・これが資料だって?」
 楢崎の鼻先に、高耶はビデオのラベルを突きつけた。そこには声にするのもためらう、破廉恥なタイトルが書かれてある。いわゆるアダルトビデオと言われるものだった。
 楢崎の顔から、色が抜けてゆく。
(ど、どうしよう・・・)
 潔癖な仰木隊長は、きっとこれらを処分するだろう。例えされなくても、軽蔑されたにちがいない。それは楢崎にとって耐えがたい苦痛だった。
 何か言い訳をしなくては!そう、必死に頭を巡らした楢崎は、
「そ、それは・・・う、卯太郎がどうしても観たいっつってですね!」
 友を売った。
(許せ卯太郎・・・)
 そう祈った楢崎の頭に、天誅ならぬ高耶のげんこつが下る。
「いて!」
「バレバレだっつーの。そういえばお前、この前のオレと橘の関係をネタにした賭けで、随分儲けたらしいな。これはもしかして戦利品ってやつか?」
「な、な、何のことっす・・・」
「声裏返してとぼけんじゃねぇよ」
 ドスの効いた声で一括する。すっかり、深志の仰木モードになっている。
「オレ、お前に確か教えてやってたよなぁ?俺と橘はイトコだって。それを知ってて賭けてたなんてバレたら、お前、みんなにボコられるだろうなぁ?」
「すみませんでした!!」
 楢崎は、がばっと土下座した。ここまでバレてしまえば、観念するしかない。
「つい出来心で・・・」
「だまってて欲しいか?」
 がばっと顔を上げた楢崎は、コクコクと壊れた人形のように首を振る。
「ようし、じゃあ口止め料もらおうか」
 そう言ってニヤリと笑う高耶に、楢崎はゴクリと唾を飲み込んだ。仰木隊長なら千本ダッシュなどど言いかねない。
(千本ダッシュと袋叩き・・・袋叩きなら苦しみは一瞬・・・)
 涙目でそんなことを考えた時、
「オレにも見せろ」
 意外な言葉が降ってきた。
「・・・へ?」
 あ然と見返す楢崎に、高耶は、ニンマリと笑い返した。




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あれ?直江は?
2005.7.18 up