◆ 19 ◆
「頭は良くなったか?仰木」
ムッとして振り返る。嶺次郎がいた。
時刻は夕飯時。今日も黙々とトレーニングメニューをこなした高耶は、潮と共に夕食をとっていた。
「挨拶くらいしたらどうじゃ」
無視して食事を再開した高耶の向かいの席に、嶺次郎はどかりと座った。
「・・・何の用だよ」
険のある視線を正面に向ける。高耶はこの男が嫌いだった。
記憶を失ったあの朝、食堂でひと騒動を起こしたあと、嶺次郎と高耶は対面していた。高耶の記憶が本当に無いことを確認したこの男がまずしたことは、「力は使えるのか」「体は大丈夫なのか」と、値踏みするような目で高耶や中川に質問を被せることだった。今の高耶は使いものになるのかならないのか、利用価値を量るような物言いが不快だった。
「残念ながら、今のとこ変化なしだ」
潮が答える。
「う〜ん、なるほどな・・・」
嶺次郎は、高耶の様子を不躾に観察する。
「・・・何ジロジロ見てんだよ」
「おんしの記憶が戻りかけちゅうかもしれんという噂を聞いてな。寡黙で愛嬌が無くなったっちゅう。それで様子を見に来たんじゃが・・・ちゃちゃちゃ、ガキがいじけちょるだけじゃわ」
「何だと!」
高耶は机を叩いた。食器が鳴る。
「まあ、明日もがんばれよ。・・・おまんを信じちょる」
それだけ言うと嶺次郎は、噴火直前の高耶の前から退散とばかりに去ってゆく。
「ったく、何しにきたんだよ!」
高耶はテーブルの足を蹴飛ばした。
どいつもこいつも、何もかもむかつく。イライラする。
高耶は潮の部屋で、ビールをあおっていた。
「そんなにイラつくなよ仰木。早く橘と仲直りしろよ」
「関係ないだろ!」
「お前の誤解だって」
「何がだ!」
「一度じっくり話し合ってみろよ」
「なんでんなことしなきゃなんねぇんだ!だいたいあいつ、忙しいのかなんか知らねぇが全然姿見せねぇし!」
そうなのだ。もっとしつこく付きまとって謝り続けると思っていたのに・・・
確かに、あれから何度も直江は高耶に詫びてきていた。顔をあわせる度に。だけど、無視して去ってゆく高耶を、最初のように執拗に追いかけるようなことはしなかった。しかも、今日は朝から姿さえ見えないときている。
もちろん、どんなに謝られても高耶は許す気はないし、付きまとわれるのも鬱陶しい。だが、その引き際の良さは気に食わない。バキッと高耶の手の中でアルミ缶がつぶれた。
(どうしたものかな・・・)
潮はため息をついた。仰木の様子も変だが、橘の様子もおかしい。仰木至上主義のあの男が、なぜ業務を優先させるのか。しかも探りを入れてみたところ、そこまで忙しくないときている。なのに残業で深夜まで残っていることが多いというからおかしな話だ。本人いわく、諸々の事務処理がたまっているということらしいが・・・
(ったく、橘のやつ何考えてんだよ)
もちろん、こんなこと高耶には言える訳もなく、潮は仕方なくフォローにあたった。
「なあ、仰木。橘のやつ今めちゃくちゃ忙しいらしいぞ」
「それが?」
振り向いた顔は、アルコールのせいでほんのり赤く染まっていた。だが、その目は冷ややかだ。
「だからさ、一段落したら、またお前にべったりくっついてくるって」
高耶の目が更に凍てついたものになった。
(一段落したらって・・・そんな片手間にオレのことをあつかうのか?!)
「あれ」は、その程度のことなのか?オレが傷ついたことなんて、どうでもいいのか?!腹が立つより悲しくなってくる。
「隊長、つまみ持ってきました!」
その時、厨房から調達してきたつまみを抱えて、楢崎がやってきた。卯太郎も一緒だ。
「仰木さん、これ、さっき兵頭さんがさばいて持ってきてくれたんです」
ラップのかかった皿を、卯太郎が差し出す。この前食べた、かつおの叩きだった。
「サンキュ」
昨日から荒れている高耶の様子を、卯太郎は心配そうに窺う。そんな卯太郎に、高耶は大丈夫だというように微笑みかけた。
「お前、ほんとうに卯太郎には優しいよなぁ」
あまりの態度の違いに、しみじみと潮がつぶやいた。
「・・・そうか?」
「そうっすよ。たまにはオレにも笑いかけてくださいよ」
高耶は自分の頬に手をやる。
(今オレ、笑ってたのか?)
そのまま不思議そうに首をかしげる。その子供のような仕草を目撃した3人は、思わず笑みをこぼした。
「何笑ってんだよ!」
「いや〜仰木にもこんなかわいい頃があったんだなぁと思ってだなぁ」
「かわいいとか言うなっつってるだろ!なぐるぞ!」
「高校生の頃の隊長って、こんな風だったんすねぇ。えと、17才でしたっけ?」
「16だ。今度の23日で17になる・・・はずだったんだよ」
「え?23日って、もうすぐじゃないっすか?!」
「あ、そうだ。忘れるとこだった。その日アジトのやつらで祝ってやるからさ、楽しみにしとけよ」
乾杯をするようにビールを上げて、潮が楽しそうに言った。
「あ、わし、知っちょります!誕生日ぱーてーというやつですね。いい子にしてると足袋の中にプレゼント入れてくれるっちゅう」
「馬鹿。そりゃクリスマスだ。誕生日パーティってのはな、でっかいケーキにろうそく立てて、みんなで歌をうたってお祝いするんだよ」
目をキラキラさせて話す卯太郎に、楢崎が訂正した。
「ろうそくは、歳の数だけ立てるんだ」
「そうそう。んで、最後にロウソクの火を吹き消すんだけど、一度に消せたら願いが叶うっつうジンクスがあってさ」
潮と楢崎は卯太郎に、いかに誕生日パーティーが素晴らしいかを語ってみせる。はては、ご近所の美味しいケーキ情報にも話はおよび、主役をおいて3人は和気藹々と盛り上がっていく。
「お前らなぁ、人をダシにして、ようは飲んで騒ぎてぇだけだろ」
高耶が呆れたように言った。
「まーまーそう言わずに。祝いたい気持ちは本物だし、みんなもたまには生き抜きさせねぇとな」
またあの馬鹿騒ぎにつきあわされるのか。高耶は顔をしかめた。
「なあ、何か欲しいものないか?何かプレゼントしたいなってみんなで話してたんだけどさ、お前の欲しそうなものわかんなくって」
本当は、こっそり準備しようと思っていたのだが、いいプレゼントを思いつかず、本人に聞こうということになったのだった。
「欲しいもの・・・」
高耶は眉をひそめる。そういえば直江も同じことを聞いていた。あれ以来、誕生日のことは何も言ってこない。
もう、忘れてしまったんだろうか・・・どうでもよくなったんだろうか・・・
「そう、今のお前の欲しいものでいいからさ」
「特にない」
「そんな即答すんなよ」
誕生日まで、あと少し・・・直江は聞きにくるだろうか?
「何でもいいからさ」
「じゃあ何でもいい」
「仰木ぃ〜〜頼むよ。何かあるだろ?言ってみろよ」
懇願するように、潮が言う。高耶はため息をついた。
「じゃあ、健康な体と自由をくれ。メシが美味くてもこんな軍隊みたいな生活たまんねぇよ。たまには家に帰りてぇ」
八つ当たり気味にそう言うと、3人の顔が固まった。
「・・・どうした?なんて顔してんだよお前ら?・・・ああもう!冗談だ冗談!決まってるだろ!治療にまだ時間かかるってちゃんと知ってるって。んなマジな顔すんなよ!不治の病みてぇじゃねぇか!」
突然顔を曇らした3人に、高耶はあわてて言い繕う。
「仰木さん・・・」
「その・・・別に、ここが嫌いな訳じゃねぇし・・・」
「そうだよな・・・お前にも家があるんだよな・・・」
今更のように潮は思う。
『仰木高耶』として生まれて16年もの間、換生前の記憶――自分が『上杉景虎』であることを知らずに、普通の高校生として生きていたんだと、だからこの4年間だけでなく景虎記憶も無いのだと、先日直江から聞かされていた。
今のこの時も、仰木高耶の家族は、心配しながら彼の帰りを待っているのかもしれない。
「そういえば、隊長には妹さんがいるんすか?」
楢崎が聞いた。
「ああ」
「お前の妹か・・・会ってみたいなぁ」
「ストーカーに紹介する気はない」
「かわいいっすか?」
「兄の欲目を差し引いても、あいつはなかなかの美人だ」
「会ってみたいです」
卯太郎が無邪気に言った。
「歳はいくつなんですか?」
「3つ違いだから、今年で14・・・」
高耶は、ふと、口をつぐんで卯太郎を見る。
「そっか・・・」
花がほころぶようにやわらかく微笑んだ。
「美弥と同い年くらいだからかな。なんかいろいろ面倒みたくなんのは」
そう言って、卯太郎の頭をぽんぽんと叩いた。よく妹にやったように。
「仰木さん・・・」
「ああああ!!!」
突然高耶が叫びだした。
「ど、どうした仰木?」
「4年後ってことは、あいつもう18?!うわぁ〜やべぇっ!!」
高耶は激しく頭をかきむしる。
「お、仰木・・・」
「あいつぜってーすげえキレイになってる!てことは悪い虫がうじゃうじゃ寄ってきてるに違いねぇ!ちくしょうっ!さっさと体治して帰らねぇと!美弥ぁ〜無事でいてくれ〜!!」
そんな苦悩に喘ぐ高耶の様子に、3人は唖然となる。相当なシスコンだったようだ。それならなおさら家に帰れないのは辛いだろう。4年後の高耶は、そんなことおくびにも出さなかったが、ときどき愛しい妹へ思いを馳せては、悲しい思いをしていたのかもしれない。
「隊長!!オレ・・・隊長に喜んでもらえるプレゼントを用意しますから!」
唐突に楢崎が言った。
「は?」
「行くぞ卯太郎!」
訳のわからない状態の卯太郎を引きずって、楢崎はどこぞへと駆け出して行った。
「・・・なんだあいつ」
2人が出て行ったドアを見つめながら高耶がつぶやく。
「さあ・・・なんかいいプレゼントを思いついたんじゃねぇのか?」
「だから、何もねぇって」
「いや、ひとつはあるさ。人間欲しいものがなくなったら生きていけねぇよ」
「何偉そうなこと言ってんだよ」
「いやマジで。健康な体とかは無理だけどさ・・・何か『物』で欲しいものないか?」
(物でか・・・)
ふと頭に、あの銀のブレスレットが浮かんだ。左手首を握り締める。
(あれが欲しい)
4年後の自分へではなく、今の自分のためにプレゼントして欲しいと思った。
部屋へ戻ると、高耶はベッドにもぐりこんだ。隣室は今夜も人の気配がない。残業してるのだろうか。
(それとも・・・)
もしかしたらこのアジトに本当に恋人がいて、そいつの部屋に転がり込んでいるのかもしれない。そう考えた瞬間高耶は激しい嫌悪感に襲われる。そんなの想像したくない。
(でも・・・)
もしそうなら、景虎との絆にわずかにでもヒビを入れることができるだろうか?
湧き上がる不可解な理論から逃れるように、高耶は睡魔に身をゆだねた。
―――そして翌日、事件は起こった。
2005.11.14 upまたしても、1月が経過してしまってました・・・orz
次からやっと直江出てきます。