◆ 20 ◆
「敵に襲撃されただと?!」
仰木隊長を含むトレーニング中の隊士らが、山中で伊達と思われる者達に襲われたという知らせが飛び込んできたのは、もう昼になろうという時だった。
知らせに来た中川に直江はつかみかかった。
「隊長は無事なのか?!今どこにいる!!」
「それが小太郎が知らせにきたんじゃ!何も言わんと血の付いたタオルば置いて行ってしもうたき!」
中川の胸ぐらを掴む直江の腕にすがりつき、卯太郎が泣きそうな顔で言った。
直江は舌打ちする。その時背後でドアの開く音がした。
「おい!仰木らが襲われたって本当か?!」
その声に、直江は凍りついた。
「なぜお前がここにいる武藤!!」
力の使えない高耶の護衛として、常に付き添っているはずの潮がなぜここにいるのか。
「え?橘?!お前こそなんでいるんだよ!仰木んとこに行ったんじゃなかったのか?!」
「どういうことだ?!」
「どうって、オレ訓練中に急用で呼び出されて」
「それであの人を置いてきたのか!」
「仰木の護衛には橘を行かせるって言われたんだよ!」
直江は目を見開く。そんなことは聞いてない。
「今日の訓練メンバーは?」
中川が早口で尋ねた。
「ええと楢崎と・・・」
十数名の名があげられたが、今日に限って格下の奴らばかりときている。楢崎がいるのがまだ救いと言えば言えるが、戦力的に心許ないこと甚だしい。4人は青ざめた。
「助けに行く」
直江は執務室を飛び出した。
「オレも!」
「わしも行くが!」
「あなたでは力不足です。ここで待ってなさい!」
中川は卯太郎を引き止める。敵の陣地に飛び込んでくるくらいだ。それなりに腕の立つ者たちだろう。半端な者が行けば足手まどいになりかねない。
「これを持っていってください!」
卯太郎を取り押さえた中川は、潮に無線を投げ渡した。
「連絡してください!救助隊を向かわせますからそれで彼らと合流を!」
潮はそれに頷くと、全力で駆け出した。
そのころ高耶たちは、小さな見張り小屋の中で息をひそめていた。山中にあるこの小屋は、今は使われることが無くほぼ廃屋同然の有様だった。だが、木々と岩の陰に埋まるようにして建てられたこの小屋は、存在を知らなければ見つけ難い。しばらくは大丈夫だろう。
四面を囲われたせまい空間に、獣のような荒い息使いが満ちている。埃の積もった床には、降り始めの雨のようにポツポツと汗が滴り落ちていた。
敵の襲撃を受けたのは、今から半時ほど前のことだった。いつものトレーニングルートの途中、木陰から現れた伊達の者と思しき集団に襲われた。その数およそ30。こちらの倍である。
いち早く気配に気付いた小太郎のおかげで、間一髪第一撃をかわすことができたが、続く猛攻撃に手も足も出ず、高耶らは全力で逃げることしかできなかった。彼らを振り切るまで山中を駆け続け、数分前ようやくこの小屋に身を潜めることができたのだった。
「こげなとこで死にとうない・・・」
「早よう・・・早よう助けにきてくれ・・・!」
荒い息が整うと、次に弱音が漏れた。中には、ガタガタ震えている者さえいる。楢崎は舌打ちした。よりにもよって最悪のメンバーが揃っている。敵前逃亡しそうな奴らばかりだ。この訓練はそういう人間を合戦前に叩き上げるという目的も含んでいた。なので、しょうがないと言えばしょうがないのだが、それでもいつもは、潮や元遊撃隊のメンバーなど数名も参加していた。それが今日に限って皆用事で不参加ときている。
(こんなことなら、武藤さん引き止めりゃよかった・・・)
楢崎は激しく後悔した。
仰木隊長の護衛である潮まで急用で呼ばれた時は、さすがに皆不安になった。だが、代わりの護衛を寄越すということを聞いて、結局引き止めることはしなかった。赤鯨衆の陣地内ということで油断があった。そして・・・いざという時は、例え記憶がなくとも仰木隊長が『力』を発揮して守ってくれるにちがいない。根底にそんな信頼があったのかもしれない。
だが、窮地に陥った今も、高耶の力が目覚めることはなかった。
「今の隊長は単なるガキじゃあ・・・」
高耶と楢崎が外の様子を見に小屋を出ると、そんな言葉がつぶやかれた。襲撃前までは、とりつきやすく可愛くさえ思える記憶のない高耶に対し、好意を向けていた彼らだったが、わが身の危機に態度を急変させる。
「今の隊長は、頼れん・・・」
「頼れんどころか・・・むしろ・・・」
その先の言葉を飲み込む。伊達の狙いが高耶であるのは先ほどの攻撃ではっきりとわかっていた。自分の身も危ういというのに、無力の高耶を守らねばならないという・・・重苦しい空気が満ちた。
その時、軋んだ音を立てて戸が開かれた。それに驚いて、反射的に物陰に逃げ込もうとする彼らを、高耶と楢崎は呆れた顔で眺める。
「おい、アジトまで突破するぞ」
そう宣言した高耶の手には、錆付いた念ライフルが握られている。
「それは・・・」
「裏のゴミ箱に入ってた。ったく、こんな危険物を放置してんなよ」
力が全く使えない高耶は、このライフルで戦うと言う。
「隊長・・・ここで助けを待っちょった方が・・・」
おそるおそるひとりが提案した。
「ここを見つけられるのも時間の問題だ。少しでも敵との距離がある内に突破をかける」
「しっしかし、こんなボロボロの念ライフルひとつじゃ・・・玉が切れたら、どうするが!」
「玉が無くなりゃ、これでぶっとばすまでだ」
そう言って、バットのようにライフルを振る高耶に、皆唖然となる。
「無茶じゃ!」
「殺されるが!」
「ごちゃごちゃうるせえな!怖けりゃここで待ってろ!味方連れて助けに来てやる」
「隊長!!」
動揺する彼らを置いて、高耶は小屋を出て行く。
「そーゆー訳だから、戦う気のあるやつだけ来いよ」
「阿呆楢崎!隊長を止めんか!」
「相手は伊達じゃぞ!」
「おまんも隊長もどうかしちょる!」
とても正気の沙汰とは思えなかった。
「楢崎何してる!さっさと帰って昼飯食うぞ」
「今行くっす!」
しかし、引き止める声を無視して、2人はザクザクと茂みを踏み分けて行ってしまう。その背中を、男たちは茫然と見つめた。
「そ、そんな・・・無茶じゃ・・・無茶じゃ!!」
どうしていいかわからず、地団駄を踏む。
「記憶が無くても、相変わらず無茶な人じゃ・・・」
力が使えず記憶も無い。戦力は下っ端の自分らにさえ劣るというのに・・・
「っそー!わしも行くぞ!!あん人を放っておけん」
「畜生!わしもじゃ!」
立ち上がる者が出た。
それに触発されて、次々に声が上がる。こうなれば、自分だけ震えて隠れている訳にはいかない。男たちのなけなしのプライドに火が点った。
「全く困った人じゃあ!しょうがない、わしらで守るが!」
軽口を叩いて恐怖を吹き飛ばすと、急いで2人の後を追いかけた。
2005.12.13 upやっぱり高耶さんはこうでなくっちゃ。
※日記で書いてた分を移動しました。