◆ 21 ◆
「くそっ!逃げ足の早い奴らめ!」
伊達の侵入者らは苛立っていた。接戦にさえ持ち込めば勝機はこちらにあるというのに、相手は防御の一手に徹し、隙を見つけては脱兎のごとく逃げるばかりで捕らえられない。
それならばと待ち伏せれば、先頭を走る黒豹に襲い掛かられて突破されるか、もしくは回避されてしまう。
彼らの足を止めることができない。攻撃力はこちらの足元にも及ばないとみたが、脚力だけは恐ろしいものがあった。
「ダァァーーッシュ!!」
高耶の号令が山間を突き抜ける。それを聞くや否や、限界寸前に思えた隊士らの足は蘇るがごとく猛烈な勢いで地を駆りだす。訓練の成果だ。
後ろを追う伊達の者たちを、一気に突き放した。
(何という走りだ!)
伊達の指揮官は、度肝を抜かれる。
駆けて駆けて、双方とも疲労がピークに達したと思ったところで、彼らは足を止めるどころか更にスピードを上げてゆく。まるでターボがかかったようだった。
「追え!追えぇ!!」
足を鈍らす味方に激を飛ばし、逃げる高耶らの背を追いながら指揮官はふと眉を寄せた。
(・・・どういうつもりだ?)
「景虎不調」の報が入ったのは3日前のことだった。
力をすべて失い、それを復活させるべく戦力最下レベルの隊士らに混じって日々野山を駆け回り訓練に明け暮れているという、にわかには信じられないような内容だった。
しかし、その情報に間違いはなかったようだ。
(あれは確かに景虎だ)
指揮官は確信する。一度だけ接戦で戦ったことがあったが本人に間違いない。あの目は一度見れば忘れられない。真紅の色だけでなく、飲まれるようなあの眼力は彼でしかありえなかった。
そして、彼はこんな状況に陥りながらも一度も力を使おうとはしない。一緒にいる仲間も平隊員ばかりで戦力は乏しかった。
(あの情報は正しかった)
だが、どうも腑に落ちないことがあった。
(力が使えないにしても、あの指揮のとり方はどうしたものか。逃げるにしても、もっとやりようがあるだろうに・・・)
とてもあの上杉景虎のすることには見えなかった。
今の彼らは、ただやみくもに逃げているように見えた。今もアジトとは真逆に突っ走ってしまっている。方向を見失って迷子になっているかのような滅茶苦茶な逃げっぷりだった。
(いや、油断は禁物だ)
と、指揮官は己を縛める。
相手は景虎なのだ。罠の可能性もある。皆弱いふりをしておいて、チャンスがあれば一気に反撃に出る気かもしれない。あなどってはいけない。
「ひぃ〜!!来るなぁ〜!!」
「うわわわ!!」
「走れ!走れ〜!!」
しかし、目の前で悲鳴を上げて逃げ惑う彼らの様子は、とても演技には見えなかった。
一方そのころ直江らは、高耶らと伊達の侵入者との戦闘の跡を発見していた。木の幹に残る銃弾の跡、爆破でえぐれた地面には所々に赤黒いしみが散っていた。
直江は、背筋が凍る思いだった。
「それ血か?」
息を切らせながら、潮が屈んで指で触れてみる。
「敵か味方かわかんねぇけど、この血の量じゃ大した怪我じゃあないな」
しかしそれは「この地点では」の話だ。
血痕は、すでに干からびていた。
その時、ドォン!ドォン!という爆破音が山中に響いた。距離は遠い。
(高耶さん・・・!)
直江は駆け出す。
無事だろうか。力も使えず記憶もない高耶は今、どうやって身を守っているのか。
(なぜ彼を放っておいたのだろう!俺は何をやっていた!)
直江は、自己嫌悪で発狂しそうだった。
「おい待てって!橘!」
無我夢中で駆ける直江を潮が呼び止めた。
「焦るなって!」
止まろうとしない直江の足に、念でロープ状にした水を絡ませ転倒させる。
「っ!!」
「近道がある」
憤怒の形相で起き上がる直江に潮が言った。
「先回りするぞ」
このあたりの地理は直江よりも潮の方が詳しい。脇の茂みへ飛び込む潮のあとに直江も続いた。
「おい、聞こえるか?武藤だ」
走りながら潮がインカムに話しかけるとすぐさま応答があった。
「――ああ、今向かってる。仰木らは訓練ルートBを辿っていってるみてぇだ。おかげでだいたいの位置がわかった」
このルートBの道順と先ほどの爆破音の音の大きさと方向で、潮は高耶らの現在地を計算する。
「――そうだ、双子岩の間を通って十円ハゲ広場に行くルートだ。今はたぶん、大杉の手前あたりにいると思う」
その言葉に、直江は訝しげに眉を寄せる。
「――えっ?アジトと反対方向に行ってどうするって?んなの知るかよ。追い込まれてその道しか行けなかったのかもしれ・・・あっ、何すんだ橘!」
直江がインカムを奪い取った。
「橘だ。今から言うことをよく聞け」
それから直江は、2、3の指示を与えた。
2006.01.27 up待たせたわりに、量が少なくてすみません。(冒頭は、日記に書いてた分を修正して移動)
言い訳でもなんでもなく、今回の目標は「できるだけコンパクトに分かりやすくまとめる」でした。
(いえ、いつもがんばってはいるんですが)
余分なところを削りまくって、なんとか当初の半分くらいの量におさまりました。(^^)
これでちょっとは読みやすくなったかな。
文中の双子岩とか十円ハゲとかは、私の創作です。
どのへんの山を走っているのかもよくわかってません。(手抜きですみません)
「十円ハゲ広場」とは、木が生えてない、山のハゲ部分というイメージで付けてみました。(笑)
潮とかが命名してそうです。