◆ 22 ◆
「しまった!!」
高耶らは、とうとう包囲されてしまった。
訓練で鍛えられた気力も体力も無尽蔵ではない。走るたびに徐々に失われてゆく。それでも驚異的な走りを見せていた彼らだったが、敵地に乗り込んでくるような伊達の猛者たちの前には、わずかに鈍ったスピードが命取りになってしまった。
「撃て撃てぇ!!」
敵の攻撃に、土が飛び散り木の根がえぐり飛ぶ。吹き飛んだ木の破片が剥き出しの顔や腕に赤い線を刻んでいった。
「・・・ちっ!」
高耶の頬にも焼けるような痛みが走った。
「こんのぉぉ!!」
土埃や木片から目をかばい、さびた念ライフルで応戦する。
「隊長ぉ!!」
高耶を狙った攻撃を楢崎が念で壁を張って守る。
それならばと、敵は刀を振りかざして物理攻撃をしかけてくる。その懐に素早く飛び込んだ高耶は、みぞおちを銃身で突いて昏倒させ、振り向き様に背後の敵を肘鉄でのし、更に襲い来る敵の顔面に弾切れのライフルを投げつけると、倒した敵のライフルを奪ってあたりに乱射した。
頭で考えるよりも早く体が反応する。記憶は無くても、習得した体術は体にしみついていた。
他の面々も必死に応戦する。しかし、徐々に狭められる包囲網に絶望感が満ちてゆくのを止めることはできなかった。
「あきらめるな!!」
高耶が激を飛ばした。
しかし、その声を打ち消すかのような猛攻撃が襲い掛かる。
「うおおおぉ!!」
四方からの一斉攻撃に、隊士らは護身波を張って耐える。
皆、心身ともに限界に近付いていた。この念の壁もそんなにはもたないだろう。「ここに直江がいたら」と、高耶は思う。念攻撃に対して何もできない自分がもどかしかった。
だんだんと護身波が薄くなってゆくのがわかった。切れかけの蛍光灯のように、チカチカと途切れてくる。その一瞬の隙間を突き抜けた念が高耶を吹き飛ばした。
「隊長おおお!!」
悲鳴が上がる。
起き上がった高耶の前に刀を振り上げた敵の姿があった。
「狩りは終わりだ。覚悟せよ!」
白刃を煌かせたそれは、高耶の頭上に落ちてゆく。
(マジかよ・・・)
高耶は呼吸を止めた。楢崎が何か叫んでいたが聞こえない。
高耶は目を閉じた。その瞼の裏にひとりの男の顔が浮かぶ。
「直江・・・」
それは声になったのかどうか・・・最後に出た言葉は、悲鳴ではなくひとりの男の名だった。
この額に滴るものは血だろうか?でも、不思議と痛みは感じない。
誰かに肩を揺さぶられた。そして・・・
「高耶さん!!」
高耶は瞼を震わせながらそっと目を開く。心配そうな鳶色の瞳とぶつかった。
「な・・・おえ・・・」
高耶はぎこちなく唇を動かす。そんな彼を直江は力一杯に抱きしめた。
「間に合ってよかった・・・!」
「直江・・・」
高耶は、そのぬくもりに溶かされるように全身の力を抜いた。
直江の腕に抱かれながらゆっくり視線を動かすと、先ほど高耶に刃を向けた男は地面に大の字で伸びていた。額を流れていたのは血ではなく汗だったようだ。スプラッタにならなくて済んだことにほっと息をつく。
「助けに来るのが遅えよ・・・」
それでも思わず文句が口を突いて出る。
「申し訳ありませんでした」
「お前ら2人だけか?」
直江の肩越しに武藤の姿が見える。目を閉じていたのはほんのわずかの間だったらしい。今も戦闘の真っ只中だった。
潮は川の水を操り、水カッターや鉄砲水で次々と敵を吹き飛ばしていく。その姿は中々にかっこよかった。普段のおちゃらけた潮しか知らない高耶の目には別人のように映る。
「ええ、私と武藤だけです」
「オレらも加勢しないと」
高耶が身じろぎするのを感じた直江は、名残惜しげに解放する。そして、頭の上で合掌したままの彼の手を握り締めて膝の上に下ろさせた。
直江は、その手をじっと見つめる。
「まさかとは思いますが・・・これは『真剣白刃取り』のつもりですか?」
その呆れた口調に高耶は真っ赤になった。
「ううううるせぇ!一か八かやってみて何が悪い!!」
接着剤でくっ付けたように合わさったままだった手を、高耶はパッと離して隠すように後ろに回した。
直江はため息をついた。
「目を閉じていては出来るものも出来ませんよ」
「怖かったんだよ馬鹿野郎!!!」
高耶は声を裏返して叫ぶ。
「おい!お前らも参戦しろっ!」
切羽詰った潮の声が割り入ってきた。
「悪りぃ!今行く」
ふたりも戦闘に加わった。
武藤と直江が加わったせいでなんとか危機を脱した一同は、やっぱり山を駆けていた。
怪我人や疲労困憊の隊士らを庇っての攻防では、以前こちらが不利なままだ。
「他に助けは来ないんすか?」
息を切らせながら楢崎が愚痴る。
「なんだ?俺らだけじゃ役不足だっていいたいのか?」
水で濡れたスニーカーをぐちょぐちょと鳴らして走る潮が、不満そうに言った。
「そうは言ってないっすけど・・・だいたい武藤さんがいないからこんな目にあったんすよ。隊長のボディーガードだっつって奇声上げて喜んでた癖に肝心な時にいないんすから」
「奇声じゃねぇ。ホイットニーの『I WILL ALWAYS LOVE YOU』だ」
「げっ!あれが?!」
「エンダ〜〜〜アァア〜〜〜」
「うわ〜やめてくれ!士気が落ちるっす!」
「アアアァ〜〜〜・・・っいて!」
後頭部を叩かれた。
「うるさい武藤。てめぇから始末するぞ」
「仰木ぃ〜〜」
まわりから笑いがもれる。ふたりだけとはいえ力強い助っ人の存在にわずかながら余裕が生まれていた。
「直江・・・」
高耶が声をひそめて問う。
「準備は整っています」
その言葉に高耶は満足げな笑みを浮かべた。