◆ 26 ◆
「やっぱりここでしたか橘さん」
「仰木はまだ目覚めんか?」 ガラリと戸が開き、入ってきたのは中川と嶺次郎だった。 「ああ、まだ寝っぱなしだ。泥のように眠ってる」 欠伸を噛み殺しながら潮が言った。 嶺次郎は高耶の様子を覗き込む。無心に睡眠を貪る彼の寝顔は、今の彼の状態を現しているように、守ってやりたくなるような幼さを感じるものだった。嶺次郎は表情を険しくする。 「一度目覚めたようじゃの。その時はまだ記憶が戻っちょらんかったか」 「ああ」 直江は、高耶に視線を置いたまま低く答えた。 「おまん、伊達のもんから情報を引き出したらしいな」 直江はゆっくりと顔を上げた。 「詳しく話せ」 嶺次郎は一足先にアジトに戻っていた為、その場にはいなかった。それを聞きにきたらしい。 どさりとイスに腰をおろし、用心深く直江の話に耳を傾けた。 直江が話した内容は、伊達の先鋭隊が国崩しを保管している宿毛の地下倉庫に浸入し、国崩しを破壊するまでの、計画の一部始終だった。 「―――この陽動隊が山側から攻撃をしかけ、その間に湾側、この崖から破壊班が浸入してくる手はずになっている。総勢で20弱、内、破壊班は6名、実際に国崩しの爆破を行うのは3名」 医務室の机に地図を広げて、直江はよどみなく説明する。 「アジト内に伊達のスパイがいることも吐いた」 直江が口にしたスパイの名前に、嶺次郎は顔を歪ませる。宿毛の一隊士であり、国崩しの警備にあたらせていた唐草という男だった。 「そこから情報が漏れていたらしい。国崩しが今、ここの第4倉庫から宿毛の地下倉庫に移動されていることもやつらは知っている。キーロックの外し方、警備の人数、配置、交代時間も把握されている」 「まったく、あぶねーよなぁ。いままでよく襲われなかったもんだ」 潮が呆れた声を上げた。 「―――計画の開始時刻は3日後、23日午前2時の予定だ」 伊達から聞き出したことは以上だと、直江は地図から顔を上げた。 「宇和島戦の情報は何もなしか?」 嶺次郎が聞いた。 「武器の数や人員配置など聞いたがこちらで把握してるようなものばかりだ。あまり詳しくはないようだった。あいまいな回答しか聞き出せていない」 「それは信用できるのか?暗示にかかっちょる振りをしてたかもしれん」 「それはない」 即答する直江に、嶺次郎は疑念に満ちた視線を向ける。 「たいした自信じゃのう?その根拠はなんじゃ?」 「あの男は完全に暗示にかかっていた。演技などありえない」 直江は真っ向から嶺次郎を見返した。その視線の思わぬ鋭さに、嶺次郎は眉をひそめる。自分を射抜く琥珀色の瞳には、怒りや憎悪というものがうずまいて見えた。 「……なんじゃ?」 今の話は、そこまで怒る内容ではないはずだ。 しばしふたりは睨み合う。 「オレもその時居合わせてたけど、嘘言ってる風には見えなかったぞ」 不穏な空気を漂わせはじめた二人の間に、潮が割って入った。 「演技してるんじゃないかとオレも疑ってさ、試しにそいつの目の前に念ライフルを突きつけてみたけど全く無反応だった。目の焦点すら合ってなかった」 演技じゃないと思う、と潮は言う。 「スパイだという唐草を尋問すればどうでしょう?嘘か本当かわかるはずです」 この中川の意見には、直江が反対した。 「尋問などすれば、こちらに計画がばれていることが知られる可能性がある。泳がせておいて、逆に偽の情報を与えて利用した方がいい」 「でもそれも、唐草がスパイだという前提での話だよなぁ。まずは、奴がスパイである証拠を掴んでからだ。そうでないと兵頭らは信じないだろう」 不運にも兵頭は尋問の現場にはいなかった。たとえスパイの証拠が出たとしても、兵頭が直江の証言を信用するかは怪しいところである。他の者の証言ならともかく…… これはひと波乱ありそうだなと、潮はチラリと直江を見た。 「……わかった。ひとまず信用するとしよう。唐草には極秘に監視をつける。皆には明日の会議で話す」 長い沈黙のあと、嶺次郎は頷いた。 「嘉田」 席を立ちかけた嶺次郎を直江が呼び止める。 「俺も聞きたいことがある」 押し殺したような低い声だった。 「なんじゃ?さっきからわしを殺すような目でみちょってからに」 「その理由はよく知ってるだろう」 「何のことじゃ?」 「とぼけるな!!」 直江はイスを蹴飛ばして立ち上がった。肩が怒りに震えている。 「伊達にこの人を襲わせるよう仕組んだのは貴様だろう!」 「橘さん!」 嶺次郎に掴みかかろうとする直江を中川があわててとり抑えた。 「人聞きが悪いのお。武藤の替わりに、おまんを仰木の護衛に向かわせる連絡を、忘れちょったのは確かにわしが悪かった。だが、あとはたまたま運が悪かっただけじゃ」 直江の怒気に対して、嶺次郎は耳を掻きながらひょうひょうと答える。直江のこめかみがピクリと痙攣した。 「じゃあなんだ、たまたま貴様が訓練メンバーに格下の者ばかり召集させた時に、たまたま貴様が武藤を呼び出し、たまたま貴様が伝達ミスを起こして、そこへたまたまた伊達が襲い掛かった。――そう言いたいのか」 「それが事実じゃ」 「貴っ…様ぁ!!」 中川の制止を振り切り、直江は嶺次郎の胸ぐらを掴み上げた。 「ここは病室です!ケンカなら外でしてください!」 中川の叫び声に、今しも殴りかかろうとしていた直江の手がピタリと止まる。そのまま嶺次郎をしばらく睨みすえたあと、震える拳をゆっくりと下ろした。 「……場所を変えた方がよさそうじゃな。わしの部屋に行こう」 直江は気持ちを落ち着けるようにひとつ深呼吸すると、ベッドへ視線を移した。高耶はまだ深い眠りの中のようだった。 (思わず逆上してしまった) 休んでいる高耶のそばで、怒りを噴出してしまった自分を直江は恥じる。 「お、おい、どういうことだ?嘉田が仰木を襲わせた?!」 目を白黒させてる潮に 「すぐに戻る。その間、この人を頼む」 そう言い残して直江は嶺次郎と出て行った。 「おい中川」 「ええ、私も行ってきます」 不安げな潮に中川がうなずく。あのふたりを仲裁できるのは中川しかいないだろう。もう一人の適任者は今、記憶喪失な上にぐっすり眠りこけている。 「頼む」 「そちらも」 去ってゆく3人の足音は、じきに雨音にかき消された。 潮は窓の外を見る。激しい雨は全く降り止む気配をみせない。内も外も嵐になりそうな予感に潮はため息をついた。 |
高耶さんが襲撃されたこの日が、7月20日だということが判明しました。という訳で、あと3日(分)で完結です。 いままで日付をあえて書かなかったのは、話の見通しが立っていなかったからだったり…… あ、あと、足摺の第四倉庫に国崩しが保管云々、宿毛の地下倉庫に保管云々と書いていますが、この辺矛盾だらけです。原作では、国崩しが宿毛に届いてすぐ、宇和島に出撃しています。(足摺にわざわざ隠す時間も意味もなかったりする) そのへんは、パラレルということで目をつぶってください。(><) 以上言い訳でした。 2006.07.09 up |