4年後のバースディ 28




 ◆      28      ◆ 


「う……ん」
 高耶は、息苦しさに目を開けた。
「重い……」
 蛍光灯の眩しさに目をしかめながら、ゆっくり身を起こして布団を見下ろすと、そこには潮がのびていた。重いわけだ。
「どこで寝てんだてめぇ」
 バシリと頭を叩く。
「ん?あ?ああ……目ぇ覚めたか仰木」
 今何時だ?と時計を見る。直江が出て行ってから10分と経っていなかった。今日一日、力を使いまくった潮は、話し相手がいなくなってぼんやり座っているうちに、沈没してしまったらしい。
「気分はどうだ?なんか飲むか?」
 ああ、と頷いた高耶は、まわりをぼんやりと眺め、不思議そうに首を傾げる。
「……ここ、医務室か?なんでオレここにいるんだ?」
「仰木?もしかして記憶が戻ったのか?オレが誰だかわかるか?!」
 期待を込めて、潮が問い掛ける。しかし高耶は冷たく言い放った。
「ストーカー」
「わかった……もう少し休んでろ」
 涙をこらえて、潮は高耶に説明してやる。
「お前は広場で意識を失って、ここに運ばれたんだ」
「……え?」
「もしかしてまた記憶喪失か?今日伊達に襲われただろう?橘が倒されてぶちキレたお前は、力を爆発したあげく、力尽きて意識を失ったんだ」
「爆……発……」
 次の瞬間、高耶の顔からザァッと血の気が引く。一気に覚醒した。
「なおっ……!」
「『直江』は無事だ。安心しろ」
 予想通りの反応に苦笑しながら、高耶が問う前に潮は答えた。
「倒れたのは単なる脳震盪だってさ。もう普通に動き回ってる。今、嶺次郎に呼び出されて出て行ってるけど、お前が倒れてからずっと、ついさっきまでそばにいてたんだぞ。もうすぐ戻ってくるはずだ」
 なおも不安げに瞳をゆらす高耶に潮は「落ち着け」と、水を飲ませる。
「みんなは……無事か?」
 ミネラルウォーターを一口飲んでから、高耶は消え入りそうな声で尋ねた。
 正気を失っていた高耶は、力を暴走させてからのことは断片的にしか思い出せない。それでも、逃惑う仲間の姿や悲愴な叫び声だけは覚えている。
(仲間を傷つけてしまった……取り返しのつかないことになっていたら……!!)
 怯えて青ざめる高耶に、潮はできるだけ明るい口調言ってやった。
「大丈夫。みんな生きてピンピンしてるさ」
「ほんとか?!」
 はじかれたように、顔を上げる。
「ああ。みんなお前を心配してる。見舞いにも来てくれたんだぜ」
 そう言って、サイドテーブルを指差した。そこにこんもりと盛られた見舞い品は、高耶の好物ばかりだった。高耶が「きれいだ」と言って眺めた花壇の花まで飾られてある。高耶は泣きそうになった。にじむ涙を隠すように、顔を俯かせる。
「なんか……お供えもんみてぇだな」
「あははは。確かに。なんか食うか?腹減ってるだろう」
 高耶の返事も聞かずに、潮はパンやおにぎりをベッドの上にどさどさと置いた。自分も菓子パンを1つ手に取ると美味そうにかぶりつく。しかし高耶は、じっと手元に視線を落としまま何も口にしようとしない。
「仰木?食わないのか?」
 高耶は黙って首をふる。
「どこか調子悪いのか?」
 それにも首を振る。
「あれだけ力を使ったんだ。無理にでも何か食っとかねぇと体がもたねぇぞ。粥ならいけそうか?」
 潮が何を言っても、高耶は首をふるだけだった。シーツを握り締めたまま黙り込んでいる。
 潮は、ふーっと息をつく。お手上げだった。
「わかった。食わなくてもいいから、もう少し横になってろよ。橘ももうすぐ戻って……」
「オレは本当に上杉景虎なんだな」
 ぽつりと高耶が言った。
「仰木?」
「いままでも力を使ったことあったけど……こんなに力を出したのは初めてだ」
 調伏力を使ったことがあった。けれど、自分が上杉景虎だと――400年間換生を続けてきた人間だという話は、夢物語のように感じていた。調伏も、直江の力か、または彼らからの何らかの影響で偶然できてしまったんじゃないかと、そんな風に景虎である自分をずっと否定してきた。
 4年後の自分は景虎の記憶を取り戻していたという事実を聞いたときも、頭では理解したつもりだったが、それの意味することを……この吐き気がするような事実から無意識に目を背けてきた。
 しかし、もう逃げ出すことはできない。あの広場での力の暴走は、自分が普通の人間――『仰木高耶』ではありえないことを身をもって、はっきりと突きつけるものだった。
「オレも怨霊みたいなもんか。自分が生きるために他人の体乗っ取ってさ……いや、怨霊よりタチ悪ぃな。換生して殺すんだから」
「仰木……」
 身に覚えのある苦しみに、潮は顔を曇らせる。
「オレは……『仰木高耶』なんかじゃねぇ。仰木高耶を殺して奪った奴だ」
 高耶は、俯かせていた顔を上げた。
 白い壁にかかったカレンダーが目に入る。中川が書いたのか、『23』の数字には、赤い丸印と『仰木さん誕生日』の文字があった。
「誕生日を祝ってもらう資格なんて……」
 歪んだ笑みを浮かべたあと、高耶は耐えられなくなって両手で顔を被った。指の間から嗚咽がこぼれる。
「なんで……ここにいるんだろオレ。なんで……生きているんだろ。……人を殺してまで!」
 そこまでして生きたくなんかない!!と高耶は叫んだ。
 そんな高耶の肩を強く握り、潮は言った。
「どんなに悔やんでも、今更もとの宿体に返すことはできねぇんだ」
 潮の手の中で、高耶の肩がびくりと揺れた。
 高耶は顔を覆った手をゆっくりと下ろし、泣き濡れた目で潮を見る。
「だったら、奪った『仰木高耶』の人生の分、お前は自分の生き方に誰よりも誠実になるべきじゃないか?」
 あの日、潮が言われた言葉だった。
「目をつぶるなよ仰木。逃げずに前を見ろよ。これからどう償うのか。何ができるのか。そう考えて誰よりも必死に生きなきゃならない」
 高耶は目を瞠った。
「生きる……」
「そうだ」
「人の命を奪ってきたオレに、そんな権利があるのか?!」
「義務だ」
 潮は言い切った。
「なあ仰木、『仰木高耶』をまっとうしろよ。苦しくても、辛くても……誕生日に笑って祝われてやるくらいやってのけろ。その苦しみを背負う義務がオレたちにはある。その上で何ができるのか、どう生きるのか……その生き方が唯一の償いなんだよ。殺してまで奪った命を、うじうじ悩んで無駄に使うな」
「武藤……」
「さ、まずはなんか食え。腹が減ったら気がめいるもんだ」
 押し付けられたおにぎりを、高耶は受け取る。
「サンキュ……」
「いいから食え」
 その言葉のあたたかさに、また涙が流れそうになる。
「武藤」
「なんだ?」
「……ありがとう」
 潮は吃驚して目を丸くする。それはすぐに、嬉しそうな照れくさそうな笑みに変わった。
「なんか、やけに礼を言われる日だな」
 今日は一体何の日だ?と潮は笑う。
「お前も……苦しんだのか?」
 武藤潮も元記憶喪失の換生だと、直江が言っていたことを高耶は思い出す。
 今の言葉は、かつて同じように苦しんだ彼が見つけた答えなのだろうか?
「ああ。今のお前と同じように苦しんだ時があった」
「実はな」と、潮はいらずらっ子のような顔になると、「今言った言葉は受け売りなんだ」と言って舌を出した。
「いまの仰木と同じように苦しんでた時に、ある人が言ってくれた言葉だ。オレはこの言葉に救われた。誰の言葉かわかるか?」
「いや……」
「お前だよ」
「え?」
 高耶は瞠目する。
「お前が言ったんだ。逃げずに前を見ろと。誰よりも誠実に生きろと」
「オレ……が?」
「そう、お前の言葉だ。きっとお前も――記憶喪失になる前のお前も、今のお前と同じように苦しんだんだろうな。だからオレのことも他人事に思えなくて……ほっとけなくて……」
(それで、一緒に赤鯨衆に入ってくれたんだな)
 そのことに今気付いた潮だった。
「礼を言うのはオレの方だよ」
 今日、ちょっとは恩が返せたかな?と言って潮は微笑んだ。
「おっ、橘が戻ってきたみたいだ」
 廊下を走る足音に、潮が素早く反応した。彼には珍しく荒々しい足音だった。
 高耶は、あわてて涙を跡を消そうと、目元をシーツで拭う。
「そういえば、橘と仲直りできてよかったな」
「べっ、別に許した訳じゃねぇ!」
 高耶は大声で否定した。
「またまた〜意地っ張りもいい加減にしろよ」
「許してねぇ!……けど、死ぬような目にあったら……あんなことは大したことじゃねぇ気がしてきただけだ」
 助けにきた直江の、心配と怒りと苦しみの混ざり合った表情を見たとき、心の中にあったわだかまりは、一瞬で溶けて消えてしまっていた。
「助けてもらったし……ちゃらにしてやるってだけだ」
「はいはい」
「高耶さん!!」
 勢いよく扉が開き、直江が文字通り飛び込んできた。
「直江?!」
 その姿に高耶は絶句する。いつもきっちり身だしなみを整えていた男は、今は見る影もないくらい服も髪もボロボロになっていた。
「大丈夫ですか?どこか苦しいところは……・」
「オレは大丈夫だ。それよりお前怪我は?!そんなに動いて大丈夫……うわっ!」
 高耶は直江に抱きしめれていた。
「よかった……よかった……」
「……うん」
 直江は全身で泣いているようだった。
 高耶の髪に顔を埋め、よかったと、何度もつぶやく直江の背に、高耶はそっと腕を伸ばす。
「直江……」
(こんなにもオレを必要としてくれる人間は、この男以外にいない……)
 心にあった空虚な穴が、熱いもので満たされるのを高耶は感じる。
(何なのだろうかこの感情は……この独占欲は……)
 今この瞬間、欲しいものすべてを手に入れたと高耶は思った。
「直江……」
 抱きしめる腕に力をこめる。
(この男を失いたくない……)
 償いでも義務でもなく、もうひとつの生きる意味が、この腕の中にあると思った。






潮の出番が多いのは、管理人の愛ゆえです。

25〜28話は、会話シーンばかりでした。会話だけのシーンがこんなに大変なものだったとは……!
直江&潮の会話、直江&嶺次郎の会話、嶺次郎&中川の会話、高耶&潮の会話、高耶&直江の会話、
これらを書くため、キャラのフォーメーション変更にずいぶん頭を悩まされました。(恐ろしく時間がかかってしまいました/汗)
特に、直江を高耶さんから引き離すのは至難の業……
やつめ、高耶さんからなっかなか離れやがらねぇ。(それが直江なんですが)


2006.07.10 up


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