4年後のバースディ 33




 ◆      33      ◆ 


 食堂へ入った高耶は、開口一番皆に詫びた。
「昨日は……力を暴走させて、傷つけて悪かった」
 しかし、深く下げた頭に降ってきたのは、思いもかけない喜びの声だった。
「隊長!復活おめでとうございます!」
「……え?」
 高耶が顔を上げると、満面の笑みを浮かべた仲間たちの姿があった。
「隊長の『力』が戻ってよかったっす!」
「おめでとうございます隊長!」
 仰木隊長の『力』復活に、アジト内は浮き足立っていた。朝だというのに宴会でも始まりそうな雰囲気である。責められたり、怯えられたりすることを覚悟していた高耶は拍子抜けした。
「でも……『力』はまだちゃんと使えるわけじゃねぇし」
 高耶がもごもごと言い難そうに言うと、
「そんなもの!あれだけ爆発したんですき、もうじき完全復活まちがいないですが!」
「そうじゃ、なんも心配いらんぜよ!」
 期待に満ちた目を向けられると、高耶はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「それはそうと、みんな怪我は大丈夫か?」
 食堂内を見渡せば怪我人の多さが目立つ。そのほとんどは火傷だった。高耶はぎゅっと眉をよせ、苦しげに彼らの傷跡を見つめた。
「これくらい何ともないっすよ!」
 包帯を巻いた腕をブンブンと振ってみせたのは楢崎だった。
「こんなの全然……イテテテ!」
「馬鹿っ何やってんだ!」
「マジ大丈夫っす!いや〜昨日は隊長が仲間でよかったなぁと心底思ったっす!」
 楢崎は涙目で笑って言った。
 広場で味わった恐怖は、今思い出しても青ざめて身震いするほどのものだった。しかし、その恐怖の大きさは、そのまま仰木高耶が仲間であることの心強さでもあった。昨日の光景を思い出し、その恐怖に身を震わせるたびに、隊士らは宇和島決戦への自信を高める結果になった。
「まっこと、隊長が味方でよかったが」
「わしらには紅蓮の鬼がついちょる!」
「伊達に地獄をみせちゃるわ!」
 おお〜!と隊士らが拳をふり上げる。野太い声が食堂内に響き渡り、これから決戦にでもいくかのような盛り上がり様だ。
「記憶の方はどうですか?」
 呆気にとられてぽかんとしていた高耶に、顔にやけどを負った男が聞いてきた。
「えっと、それはまだ……」
「そうですか。でも本当に『力』だけでも復活してよかったですね」
 嘘でも嫌味でもなく、本心から言っているようだった。
 高耶はほっとした表情で隣にいる男に視線をやると
「ほら、私が言った通りでしょう?」
 と、高耶の耳元で直江が自慢げに囁いた。その吐息に高耶は一瞬体を震わせる。
「食事にしましょう」
 さりげなく腰に回された直江の手にうながされ、高耶はぎこちなく足を進めた。
「…………」
 さきほどまで、仲間を傷つけてしまったことへの不安や罪悪感でいっぱいだった高耶は、楢崎らの声を聞いて気が抜けたとたん、今度は隣にいる男のことで頭がいっぱいになってしまっていた。
 腰に触れた大きな手がどれだけ不埒な行いをしたのか……昨夜から今朝にかけてのことを思い出した高耶は、赤く染まった顔を慌てて俯かせる。
「高耶さん?」
「な、なんでもねぇっ」
 腰に触れる直江の手が熱い。その熱は何かのウイルスのように高耶の全身を巡り、激しい動悸とめまいを起こす。
(やばい……)
 なんとか落ち着こうと深呼吸するが、こぼれたのは熱い吐息だった。制御できない自分の体に高耶は混乱する。思わず助けを求めるように直江を見上げると、ベッドの上と同じ甘い笑顔を返された。
 高耶の胸がドクンと大きく跳ね上がる。
「高耶さん?」
(オレの体……狂ってる……)
 こんなに体は火照っているのに、今すぐ、直江のぬくもりが欲しくてたまらない。
「なお……」
「仰木さん、おはようございます!」
 その声に、高耶ははっと我に返った。
「お、おはよう、卯太郎」
 関節がギシギシいいそうなぎこちない動作で高耶が振り返ると、とたんに卯太郎の顔が曇った。
「仰木さん顔が真っ赤じゃ!!熱があるんじゃ……」
 詰め寄ってくる卯太郎に、高耶は思わず後ずさる。
「だだだ大丈夫だ!なんでもない!」
 そんな挙動不審な高耶の様子に、卯太郎の目は厳しくなる。
「いいや、中川先生に診てもらった方がいいが!」
「わ、わかった。……あとで診てもらう」
 それでもまだ心配げに見つめてくる卯太郎の純粋な瞳から、高耶は思わず目をそらす。
(昨夜のことは……誰にも知られてないはずだ。普通に、いつも通りにすればいい)
 そうは思うが、直江と一線を(それも初心者にしてはかなり激しい内容で)越えてしまった自分を見られていると思うと高耶は恥ずかしくてしかたがない。卯太郎だけではなく、仲間の顔を正視することができなくなりそうだった。
(こ、声とか……漏れてなかったよな?あんな声を誰かに聞かれていたら……)
「どうしました高耶さん?」
「!!」
 席に座ってからも悶々と考え込んでいた高耶に、直江が訝しげな顔をした。
「な、なんでもねぇ……」
 高耶は思わず目を伏せてテーブルに視線を落とすと、そこにはスタミナ満点といった朝食が並んでいた。高耶が赤くなったり青くなったりしている間に直江がセッティングしてくれたようだ。
「冷めないうちにいただきましょう。お腹空いていたんでしょう?」
「お、おう。サンキュ」
「いいえ。……私のせいでもありますから」
 そう直江が意味深に囁くと、高耶の顔が更に赤く染まった。そして眦がキリリとつり上がる。
(こっちは大変なことになってるっつーのに、こいつは涼しい顔しやがって!)
「つっ!」
 次の瞬間、直江の口から苦痛の声がもれた。
「……ひどいですね」
「自業自得だ」
 テーブルの下で、高耶が思い切り直江の足を踏みつけていた。
「あなたがあまりにも可愛らしい反応をするから悪いんですよ」
「責任転嫁すんじゃねえ!」
「新鮮な反応が嬉しいですね」
「黙って食え!」
「高耶さん」
「うるさい!」
「コーヒーに醤油入れてますよ」
「!!」

 クスクスと甘い笑みを浮かべる黒の神官と、リンゴのように真っ赤に染まった仰木隊長のじゃれあいという珍事は、その朝一番の大ニュースとなって足摺アジトを駆け巡った。






日記に書いてた分を、修正してUP。
次話、まだ途中までしか書けてません……どんなけ時間かかってんだよ;


2006.12.25 up


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