◆ 34 ◆
伊達の国崩し破壊計画阻止作戦についての会議は、潮の予想通りに荒れていた。
「おまんの言うことは信用ならんわ!先日の第四倉庫の件もある。催眠暗示で聞き出したなどと言って、わしらを罠にはめようとしちょるんじゃないじゃろうな」 「潜入したのは俺じゃないと言っているだろう!」 直江と兵頭、激しく言い争う2人の男の間で、高耶は大きな欠伸をした。力の暴走と直江の暴走とそれによる寝不足で、正直疲労困憊だった。 もう一度欠伸をしてけだるげに前髪をかき上げた高耶の頭に、何かがポコンと投げつけられた。 「?」 涙目を擦って見ると、丸めた紙が机の上に転がっている。広げれば『仰木、なんとかしろよ!これじゃあ話が進まない』と癖のある字で書かれてあった。 顔を上げると2投目の姿勢に入っていた向かいの席の潮と目が合った。 ――ポコッ。 もう一発頭に受けた高耶が睨み返すと、それも読め!と指で示される。 『兵頭を説得しろ』 「…………」 盛大に顔をしかめた高耶は、手元のレポート用紙に『オレの言うことなんか聞くかよ』と書いて投げつけた。 『一瞬でもいいから上官の威厳を見せてくれ』 すると間髪置かず、こんな返答が返ってくる。 高耶はむっとして、赤ペンで上から何かを殴り書くと、今度は床に落として乱暴に蹴飛ばしてやった。それを潮は器用に両足で挟んでひょいっと受け取る。 『悪かったな!威厳もクソもないガキで!』 広げると、太い赤文字が怒りに踊っていた。それを見つめながら、潮はしばし考えるそぶりを見せる。 少し間をおいて返ってきたのはこんな提案だった。 『じゃあ、橘をフォローしてやれ。第四倉庫の事件時の橘のアリバイ証言してやれよ。その時橘はお前の部屋にいてたんだろ?』 高耶の頬が見る間に赤く染まる。 (できるか!) そんな心の声が届いたのか、またすぐ紙の玉が飛んでくる。 『やっぱ今の無し。三角関係がよけいこじれる』 『はぁあ?三角関係ってなんだよ』 不快そうに眉をよせてそう投げ返した高耶に、潮は「ちょっと待て」とジェスチャーし、紙に何かを一生懸命に書き綴りだした。 『赤鯨衆のバミューダトライアングルとも言う。うっかり嵐の真っ只中に足を踏み入れようもんなら、無事には帰れないという話だ』 しばらくして返された紙には、こんな意味不明なことが書かれてあった。丁寧にも図解付きだ。 仰木、橘、兵頭と書かれた丸を線で結んでできたトライアングルの中央には、楢崎と思われるキャラが描かれていて、「誰を敵にまわしても怖いっす!」と泣き叫んでいる。そこに矢印を付けられ「遭難例」と注訳が書かれてあった。 (なんだそりゃ。っていうか、なんだよこの兵頭からオレへのハートマークの意味は!!オレと直江の間に「チョー両思い」とか書くんじゃねぇ!!) 高耶が心の中で抗議の叫びをしたその時、また何かが飛んできた。 「いてっ」 「たっ」 高耶と潮が同時に苦痛の声を上げる。 一拍遅れてホワイトボード用のマーカーとボード消しが床に転がり、続いて雷が落とされた。 「仰木!武藤!何をしちゅうかぁ!やる気がないなら廊下に出ちょけ!」 頭を押さえながら顔を上げると、 わなわなと肩を震わせた嶺次郎が鬼の形相で仁王立ちしている。 「わ、悪い嘉田。仰木にアドバイスをしててだな……」 「バミューダの何がアドバイスだよ」 「黙らんか!私語厳禁じゃ!」 もう一発雷をくらい、高耶らは大人しく口を噤んだ。 (ったく、武藤が紙なんか投げてくるからだろ) 高耶は口を尖らせ直江の方へと目を移すと、2人は相変わらず平行線のまま睨み合っていた。 そんな対立するふたりを見ながら潮が深いため息をついている。 (でも、オレが何か言ったとこでどうにもなんねぇしなぁ) それに、と高耶は思う。 (あの口八丁な男ならどうとでもなるだろう) 高耶には確信があった。 そしてそれは間違いないものだった。 「だいたい何の為に仰木隊長を襲った敵の手助けを俺がしなきゃならないんだ」 しばしの睨みあいのあと、怒りの篭った重低音で直江が言った。 その意見はもっともなもので、高耶や潮は、思わずうんうんと頷く。 我を忘れて伊達に襲われた高耶の元へ駆けていった直江が、実は伊達と手を結んで仲間を罠にはめようとしているなんてことは考えられない。 「この人を傷つける者は誰であろうと許さない。……誰であろうとな」 ひたと見つめて兵頭を威圧した直江は、そこから畳み掛けるように、会議のはじめに嶺次郎が皆に話した内容をより具体的に説明していった。 伊達の捕虜から聞き出した時の状況、そして潮の証言へと、理路整然と話は進んでゆく。 話し終わるころには、慎重派からの反論の声も消えていた。 「どうじゃ?」 黙り込んだ兵頭に嶺次郎が言った。 会議室は、阻止作戦賛成の空気に満ちている。 「……反論はありません」 こめかみに青筋を立てながら兵頭が静かに言った。 「しかし、ひとつ条件があります」 「なんじゃ」 「橘を宿毛に戻し、この作戦に参加させることです」 その兵頭の言に、なるほどと嶺次郎はうなずく。 「わかったそうしよう」 「ちょっと待て!こいつは怪我してて昨日ザクザク傷口縫ったばかりなんだぞ!!」 そう叫んだのは高耶だった。さっきまで肩肘をついてぼんやりと傍観していた高耶は、嶺次郎の同意の言葉にカッと目を見開くと、立ち上がって抗議の声を上げた。 「そんなやつを戦闘に加えんなよ!」 「そんなかすり傷、怪我の内にも入らん」 熱くなる高耶とは反対に、兵頭は冷ややかに言った。 「てめぇっ!!」 「高耶さんっ!」 高耶は椅子を蹴飛ばし兵頭につかみかかる。 「高耶さん落ちついて。私は大丈夫ですから」 兵頭に殴りかかろうとする高耶を直江が背後から取り押さえる。 「離せバカ!傷が開くだろ!怪我人はすっこんでろ!」 「だったら、あなたが大人しくしてください」 「なんでだよ!この陰険野郎を一発殴らせろ!」 目の前でもみ合うふたりを、兵頭は眇めた目で見つめていた。その瞳には侮蔑の色が浮かんでいる。 「隊長がその男を気にいっちょるのはわかりましたが、任務に私情を入れないでいただきたい。軍規が乱れます」 「なんだと!」 「隊長も記憶が無いとはいえ、こんな男に飼いならされるとは……非常に残念です」 「っ!!」 高耶の頬にかっと朱が走る。 「……てめぇっ……ぶっ殺す!!」 「高耶さん!!」 直江の拘束を振り払い、高耶は拳を振り上げる。だがその時、 「兵頭も怪我しちょる」 その声に拳はぴたりと宙に止まった。 声の主――嶺次郎を高耶は振り返る。 「こやつも昨日、背中を派手に焼かれて中川の世話になった身じゃ」 炎にまかれた仲間を身を呈して守ったせいで、兵頭もひどい火傷を負っていた。 「そうじゃろう?」と嶺次郎が問うと、火傷のことをばらされた兵頭は不本意そうに口を開く。 「……大した怪我じゃありません」 高耶は強張らせた顔をゆっくり兵頭へと向ける。 (こいつもオレの炎で……) 真っ直ぐ背筋を伸ばし、鉄面皮な表情を顔に張り付かせた彼の様子からは、とても背中に火傷を負っているとは思えなかった。ただ……言われてみれば少し顔色が悪いような気はする。 「作戦には橘も加わってもらう。異論はないな?」 罪悪感を顔に張り付かせ、唇を噛み締めたままの高耶に嶺次郎が言った。 誰も反論する者がないのを見て、嶺次郎は頷いた。 「腕、大丈夫なのかよ」 常夜灯のほの暗い明かりと静寂に包まれた廊下に、高耶の不機嫌そうな声がぽつりと落ちた。 「ええ、見た目ほど大した傷じゃないですよ」 「ほんとか?」と問うように見上げてきた漆黒の瞳に、直江は穏やかに微笑む。 「心配いりませんよ。それより今日はどうでしたか?」 「んー……なんか長い一日だった」 今日のスケジュールを終えた高耶と直江は、自室に戻るところだった。窓の外はどっぷり闇に染まっている。 「やっと部屋に帰れる」と高耶はうんざりした声でつぶやくと、両手を挙げて大きく伸びをした。深呼吸して思い切り吸い込んだ廊下の空気は、もう晩の10時になるというのに昼間の熱気を残してまだ生温い。 「椅子に座ってばっかってのも疲れるな」 「そうですね」 山の中を駆け回るのに比べれば体力的には格段に楽だったが、睡魔との格闘はある意味訓練よりも辛いものがある。会議の内容もいまいち理解できない高耶は、突っ伏して寝てしまおうかとも思ったが、真新しい包帯を巻きつけた仲間の姿を見ると、罪悪感からそこまでいい加減なことはできなかった。 「意味わかんねー話ばっかりだし、なんか学校で授業受けてるみてぇだったなぁ」 「ペンとか投げつけられるしよ」と愚痴る高耶に直江は苦笑する。 「あなたがいつもどういう態度で授業を受けていたのか、今日よぉくわかりました」 嫌味を言う直江に、高耶はふいっと、そっぽを向いた。 「睡眠不足は誰のせいだよ!」と言いたいのを高耶はぐっとこらえる。あと1階分階段を上がって右に折れれば高耶の部屋に着く。そんな状況でこのセリフを口にするのは危険な気がした。 「さすがだと言っていましたよ」 「何が?」 「記憶がないにもかかわらず、適所適所で重要な意見を言うと、みな感心していました」 話も聞いてないかと思ったら、突然鋭いところを突いてこられ、記憶の無い高耶を甘く見ていた面々は冷や汗をかいていた。 「そうだっけ?」 あっけらかんと高耶が答える。 「全く……あなたは油断のできない人ですね」 「……ふぅん」 残り少ない階段を見上げながら、高耶は生返事を返した。 「…………・」 「どうかしましたか?」 「えっ……?な、何が?」 どこか上の空の高耶を直江は訝しげに見る。 「何か考え事ですか?」 「ね、眠くなってきただけだ」 高耶は目をそらし、わざとらしく欠伸をした。 部屋までもうそんなに距離はない。ドクドクと高耶の心臓が騒ぎ出す。 (昨日の今日で、またヤるってことはない……よな?) 部屋に着いた後の可能性をあれこれ想像した高耶は、ひとり赤面して顔をうつむかせる。暗い廊下がありがたかった。 口を引き締めて黙りこむ高耶に、直江もそれ以上何も聞いてこなかった。 黙々と階段をのぼるふたりの足音だけが静寂の中に響く。 (直江は今、何考えてるんだろう……) チラリと高耶は隣を伺った。 (バカ!意識すんなオレ!だいたいこいつは怪我人だ。中川にもこってり絞られたとこだし……) 第一、国崩し破壊阻止作戦に参加しなくてはならなくなったのだから、これ以上の無理は絶対させられない。 (部屋の前でおやすみって挨拶をして寝るだけだ) そう自分に言い聞かせる高耶だったが、 (おやすみって……キスとかされるのかな) またムクムクといらない想像が沸き出てくる。 (だぁぁ!何想像してんだよオレは!) 高耶は無意識に自分の唇を手で押さえる。今朝から脳が完全にいかれているようだ。 ドクンドクンと大きく脈打つ鼓動の音に合わせて、機械的に足を踏み出す。 気付けば階段をのぼり終わり、部屋はもう目の前だった。 直江の足がピタリと止まる。 「高耶さん、着きましたよ」 「あ、ああ……」 「では、おやすみなさい」 そう、さらりと言われて高耶は思わず直江を見上げた。 「明日も6時には起きてくださいね」 じっと見つめてくる高耶に、直江は包み込むような笑みを返してきた。それは高耶の良く知る保護者の顔だった。 高耶の胸がつきっと痛んだ気がした。 「……おやすみ」 小さな声でつぶやくように言った高耶は、直江から顔を背けて逃げ込むように部屋に入る。 と、その時、背後で微かな風が吹いた。 「っ!!」 高耶の体が感電したようにビクリと跳ねる。 彼の体は直江の腕の中に包み込まれていた。 「な……直江っ」 その声は情けないほどかすれていた。 直江の体温が、匂いが高耶の全身を包み、甘いしびれが危ない薬のように体内を駆け巡る。 「はな……せ……」 かすかに残った理性から、絞り出すように高耶が言った。 すると、腰に回されていた直江の右腕がふわっと離れる。その素直な反応に高耶が「えっ?」と思ったのもつかの間、背後でドアの閉められる音がした。そして、カチャッという小さな金属音が部屋に響く。 高耶は体をこわばらせた。直江が何をする気なのか、もう疑う余地は無い。 「あんな顔見せるなんて反則ですよ」 直江はふたたび高耶の腰に右腕を巻きつける。決して逃さないというように。 「やめっ……お前の部屋は隣だろ!出て行けよ!」 「強がらないで……」 耳元でそう囁かれると、高耶の背をぞくりと何かが這い上がった。 「出て行ったら寂しがるくせに」 震える高耶の首筋に直江が唇を寄せる。 荒くなってゆく高耶の吐息を聞きながら、直江の唇は、すべらかな肌をなぞってゆく。 やがてドクドクと脈打つ頚動脈を唇に感じ、その命の鼓動の上に愛しげに口づけた。 腕の中で、高耶の体がビクリと反応する。 「は……なせっ!……やめろっ!」 「今日はゆっくり休ませてあげようとしたのに……あんな、すがるような目をされたら、この男の理性なんてすぐに吹き飛んでしまうんですよ」 「なおっ……ぁ……」 背後から回された直江の手が、高耶の体をシャツごしにまさぐりだした。腹から胸へ、そして首へと敏感な部分を刺激しつつ蔓のように体に巻きつきながら上がってきたそれは、最後に高耶の顎を捕らえる。 「高耶さん」 顎を引き寄せ、うるんだ赤い瞳を見つめながら、甘く喘ぐ唇に口づける。 「愛している」 「んっ……なおっ……」 「愛している……」 高耶の体を反して壁にはりつけ、直江は何度も何度も、自分の想いをぶつけるようにキスをした。 はじめは抵抗をみせた高耶の手は、やがて直江の背中に回り、直江の想いを受け入れるかのように彼の体を引き寄せて強く抱き返す。 「なおえ……」 長いキスが終わるころには、高耶は従順な獣になっていた。 ベッドにもつれこんだふたりは、エアコンの消されたままの部屋で、互いの汗にまみれながら四肢を絡めあう。 昨夜のような荒々しい抱き方ではなく、互いの体を、心を確かめ合うようにゆっくりとまぐわった。 |
お待たせしました〜 物語の中では、7月21日です。あと2日分で終わります。 あ、次話は裏ではありません。翌朝スタートです。(^^;) (追記) UPした後に何度もしつこく修正してすみませんでした…… 当初、怪我してる直江を作戦参加させるなんて言われても無反応な高耶さんだったんですが(直江が怪我人ということを私が忘れていた為に/汗)ちょっとそれはないだろうってことで、直江への愛情溢れる高耶さんに修正しときました。34話もうボロボロです(T_T)反省。 2007.01.29 up 2007.02.21 修正 |