4年後のバースディ 5



 ◆      5      ◆
 
 
「はぁ〜・・・」
 2人が退室すると、潮は悲哀なのか感嘆なのかよくわからないため息をついた。
「何だよあの態度の違いは。橘の姿見たとたんに借りてきた猫みたいに大人しくなっちまってまぁ・・・あんな仰木、オレ初めて見た」
「ええ、あんなにかわいらしい人だとは知りませんでした。いいもの見させてもらいました」
 中川は思い出し笑いをする。
「だからってお前、タチバナムシはねーだろ。知らねーぞ、記憶戻った後」
 それにも笑って返した中川だったが、ふと真顔に戻る。
「・・・宇和島決戦までには、何としても記憶を取り戻して欲しいですね」
「・・・そうだな」
 潮も神妙な面持ちで頷いた。
「ところでさ、橘のやつ仰木になんて説明すんだろ?」
「橘さんなら、上手いこと説明しておいてくれると思いますよ。・・・すべて本当のことを話す訳にはいきませんし。あとで口裏を合わせないといけないですね…」
 これから直面するであろう事態を思い、中川の声は、自然に沈んだものとなる。
(橘さんは、どこまで話すのだろうか・・・怨霊の仲間になっていることも話すだろうか? そして・・・それを知った後の『現代人』である彼は、どう思うのだろう?)
 中川は、想像してみる。
 次に会った時、その目には、何が浮かんでいるだろう。拒絶か非難か怒りか・・・そのすべてかもしれない。
 腹を据えておかなければと、中川は思う。自分の存在が他人の犠牲の上に成り立っているという事実。それを否定することは私たちにはできないのだから。
「なんかさ・・・オレ、このままでいる方が仰木は幸せなんじゃないかってさ・・・さっき思っちまったんだ」
 はっと目を上げた中川に、潮はあわてて言い加える。
「もちろん、こんなの不謹慎なのはわかってるし、そういう訳にはいかないことも分かってる」
(だけど・・・)
「オレ、あんなに素直に感情を出す仰木は、初めて見た。あいつはいっぱいいろんなものを背負ってて、きっとオレの知らない悩みもたくさん抱えてて、なんとか楽にしてやりたいって思うんだけどそれは出来なくって・・・こんな風に記憶無くすことくらいしかそんな方法無いのかもなって思ったらさ」
「武藤さん・・・」
「ああ、悪ぃ。こんな話聞かせて。あっ、嘉田んとこ知らせに行くんだろ?戸締りしとくから早く行けよ」
「ありがとうございます。ではお願いします」
 そう言って中川は医療品を手早く片し、医務室を飛び出して行った。
 退室間際、こんなことを言い置いて。

「武藤さんは、本当にいい男ですね」

 潮は、今日三度目になるコーヒーを噴き出した。


* * *


「まず、ここはどこなんだ?」
部屋に入るなり、高耶は質問を浴びせた。
「四国です」
「四国ぅ?!」
「今居るここは、足摺岬のそばにある国民宿舎の中です」
「なんで、んなとこにいるんだよ」
「四国でも最近怨将が・・・」
「って、ちょっと待て!・・・まだ怨将退治とかやってんの?4年後も?」
「残念ながら」
 高耶の顔が引きつった。
 ちょっとしたボランティア感覚で怨将退治に協力していたこの頃の高耶にとって、この年月は驚きだったのだろう。
「・・・・・」
 高耶は黙り込んだ。・・・いやな予感がしていた。
「どうしましたか?」
「・・・・は?」
「はい?」
「オレ・・・学校は行ってねーのか?」
 4年後の自分は、大学に入学しててもおかしくない年だ。たとえ1年や2年、留年や浪人していてたとしても。
 見上げると、申し訳なさそうな直江と目が合う。高耶の片頬がピクリと痙攣した。
「まさか・・・高校も卒業できなかったとか言うんじゃねーだろうな?」
 そう言って直江をギリっと睨みつけるが、残念なことに『仰木隊長』の睨みに比べれば、まだまだかわいかった。
 直江は、しれっと答える。
「もう過ぎたことです」
「う・・そ・・・マジ?!」
 あまりのショックに頭を抱える。
「ああ〜〜!!こんな怨霊退治に4年も付き合うなよオレの馬鹿野郎!」
 この空白の4年間の自分に鉄拳を食らわせたい気分だった。
 しばらく自問自答した後、
「・・・・ぜっったい、お前のせいだ」
 次に怒りは目の前の男へと向かった。
「どうせ人のことをこき使いやがったんだろ?!オレの将来どうしてくれるんだよくそっ!!責任取りやがれ!」
 しばらくの間、怒りのままに罵詈怒号を浴びせる。が、当の本人はどこ吹く風だった。
「てめーふざけんな!そのふてぶてしい態度はなんだよ!!」
「そんなことより、先ほどの話の続きですが」
「『そんなこと』だぁ?!ひとごとだと思いやがっ・・・」
「4年間のこと、知りたくないのならいいのですけれど?」
 高耶は、うっと、口を閉じる。
 この男のこういう嫌みったらしいところは全く変わってないようだ。
「・・・話せ」
「御意」

----それから語られたことは、高耶の想像をはるかに越えていた。


BACK    >NOVEL TOP    >NEXT


日記に書いてた文を、こっちに移動。
こんな更新しかできなくてごめんなさい〜短くてごめんなさい〜
2005.3.8 up