◆ 6 ◆直江は、まるで原稿でも用意していたかのようによどみなく説明した。
あれからずっと、日本各地の怨将退治に駆け回っていたこと。
高耶の赤い目は、鬼八の怨念によるもので毒を発するものであるということ。
生物を殺めるその毒は、今は孔雀明王経法によって抑えられ、この四国結界の中では、日常生活に支障はないということ。
四国へは、怨将がらみだけでなく、この治療も兼ねてやって来たということ。
――直江は、真実に嘘を織り交ぜながら、今の高耶に最低限必要な知識を与えた。上杉から追放されたことも、魂爆死についても一切触れない。
高耶は、一言一句聞き逃さないように、じっと、その非現実的な話を聞いていた。
「これが、4年前の高校生だったあなたが、この四国にたどり着くまでの経緯です。だいたいわかりましたか?」
「一応・・・」
鬼八の毒の説明中には、怯えを見せた高耶だったが、思っていたより冷静に受け止めてくれたようだった。
「なあ、さっきの医者とカメラ野郎は何者なんだ?廊下ですれちがったやつらは、全部ここの客なのか?」
それにしては、態度が馴れ馴れしすぎる気がした。
「仲間ですよ。この宿舎にいる者は皆」
「仲間?ってーと、上杉の人間か何かなのか?」
「いいえ・・・彼らは四国の怨将です。それに現代に死した怨霊が加わってできた『赤鯨衆』という集団です」
「え・・・?」
高耶は目を大きくした。そして次の瞬間、それは険をおびたものになる。
「じゃあ敵じゃねぇか!あいつら全員他人の体乗っ取ってるってことだろ?譲ん時みてーに!んなやつらさっさと調伏しろよ!退治にきたんだろ?!いつから怨霊の仲間になったんだお前は!」
直江は苦い顔をする。そう言いたいのは、こっちの方だ。
「仲間だぁ?ふざけんじゃ・・・」
「あなたが決めたことです」
思っていたより、語気がきついものになった。高耶は目を見開く。
「あなたが仲間だと言ったんです」
「オレ・・・が?」
直江は、ふーっと息を吐いた。思わず感情的になってしまった。
(今の彼に当たってもしょうがないのに・・・)
反省し、努めて穏やかに彼に話しかける。
「今のあなたには、彼らの力が必要なんです。その邪眼を治すには彼らの医療技術が不可欠なんです。そして、この四国の怨将たちを制圧させるためにもです」
だから上杉は赤鯨衆と協力体制をとっているのだと、直江はそう説明した。
「四国は、上杉にとって未知の領域なんです。だから、内部に詳しい者たちと組むことが必要なのです。それが被害を最小におさめることになるのですから」
納得できないという表情をしている高耶の顔を、覗き込むようにして、重ねて言い聞かせる。
「赤鯨衆が、この四国を統治できれば、我々上杉も管理しやすくなるのです」
赤い瞳を、深くえぐるように見つめて言う。
「それに彼らは、あなたが気に入った者たちです。いろいろ問題もありますが、いいやつらですよ」
ゆっくりと、しかし強く、言い含める。
「いい・・・ヤツ・・ラ・・・」
高耶は、ぼんやりと直江を見つめ返し、復唱する。
「ええ、そうです。今は、怨霊ということは置いておいて、彼らと普通につき合ってあげてくれませんか?」
「ウン・・・。ワカッ・・タ・・・」
直江は微笑む。
(上手く暗示にかかってくれたようだ)
ほっと胸をなでおろした。
今の彼に、何と説明したところで納得なんてできないだろうから・・・
例えどんなに上手く嘘をついても、聡いこの人は偽りから生まれる小さな矛盾点に気付くだろう。そして・・・苦しむことになる。
この無邪気な顔を曇らせたくは無かった。
せめて今だけは、心安らかに過ごさせてやりたい。記憶の無い今だからこそ・・・
嘉田らはきっと反対するだろう。記憶を失った彼に、事実から目を背けさせるような暗示をかけるなど、記憶を取り戻すのを妨害することになると。
でも、一体誰が彼の疑問に答えられるというのだろう?
上杉の総大将として400年間怨霊調伏を使命に生きてきた者が、なぜ今怨霊側についているのか・・・その答えは、『彼』自身もまだ出せていないものだった。血まみれになりながら、命を削りながら求めているものだった。
高耶は、夢から目覚めた後のように、パチパチと瞬きしている。
その彼の髪にそっと触れた。
「直江?」
「何も心配ありません・・・私が、あなたを守ります」
髪をすくように、やさしく頭をなでる。
「・・・ガキ扱いすんじゃねぇ」
直江は、くすっと笑う。
「させてください」
「おま・・・」
抗議しようと声を上げかけた高耶だったが、見上げた直江の顔に、ふと口をつぐんだ。
包み込むような優しい顔をしていた。だけどどこか、今にも泣き出しそうな、何か痛みを堪えているような、そんな表情だった。
「どうしましたか?」
じっと無言で見つめてくる高耶に、直江は怪訝な顔をした。
「あ、いや別に。・・・なんかお前、全然老けてねーなと思ってさ」
改めて直江を観察する。老けてないどころか、若返ったようにさえ見える。そして、相変わらず腹が立つほどいい男だった。
「なんかたくましくなったよなぁ。日にも焼けて、ワイルドっつーか・・・服装のせいもあるけどさ」
しげしげと、上から下まで全身を眺めながら言う。
「黒スーツ以外の服着てんのオレ初めて見た。お前、こんな服も似合うんだ。すっげー意外」
「スーツでは、ここでの戦闘には不向きなんですよ」
直江は、苦笑しながら答える。
「そういうあなたも、ずいぶんたくましくなっていますよ」
「・・・みたいだな」
変わったのは目の色だけではない。高耶は、細めながらも筋肉質な自分の腕を見つめる。右手で左腕を握ってみる。鍛えられたそれは、想像以上に固い感触を返した。握力も上がっているのを感じた。自分の体なのに、そうじゃないみたいだった。
「なあ、さっきの毒の話だけどさ・・・本当に大丈夫なんだよな?こんな風にオレと一緒にいて、手で触れたりしても、お前を害したりしないんだよな?」
恐ろしい伝染病におかされたような恐怖が、今になって、じわじわと湧きあがってくる。高耶の顔が不安に染まった。
「心配いりません」
「本当か?」
「ええ。そうですね、たとえば・・・・」
「?!!」
「こんな風に、あなたを力いっぱい抱きしめても、あなたの毒で私が死ぬようなことはありません」
「なおっ・・・!」
「更に言うなら、こうしてキスをしても・・・」
「うわっ!やめろ!バカ!ふざけんな!」
接近してくる直江の顔を、両手で必死に押し返す。
「わかりましたか?」
息がかかるほどの距離で直江は言った。
「わかった!!」
だから離せ!と、真っ赤な顔で暴れるというか慌てふためいている高耶を、直江は、なつかしい思いで見つめる。あのころの優しい思い出が、鮮やかに蘇るようだった。
「そんで、オレはこれから、どうすりゃいいんだよ?」
直江の腕から解放された高耶は、まだ赤みの残る顔でぶっきらぼうに言った。
「そうですね・・・とりあえず朝食にしましょうか」
お腹空いてないですか?と尋ねると、彼が口を空ける前に、そのお腹がグーッと返事をした。やっと緊張がほぐれたようだった。
「今、食堂へ行って取ってきますから、あなたはここで待っていてください」
直江は、笑みを漏らしながらそう言うと、高耶を残して部屋を出て行った。
2005.3.14 up高耶さんに暗示をかけときました。これしとかないと、どシリアスになってしまうのです。
できるだけ明るくいきたいと思います。お祝い小説だし。