4年後のバースディ 7



 ◆      7      ◆
 
 
 直江が出て行くと、部屋は静寂につつまれた。
 こんな静まり返った空間にひとりでいると、現実感が薄れてきて「やっぱり夢なんじゃないか?」と思えてくる。
 高耶は窓を開けた。静寂を破ってセミの鳴き声が飛び込んできた。
「ぅあっちー。なんだこの殺人的な暑さは!」
 午前中だというのに容赦ない太陽の照りつけに、高耶は目を細める。
 4年前の松本の夏を基準にした高耶の感覚からいえば、温暖化の進んだこの気候は異常だった。
 空調の効いた室内に熱く湿った風が流れ込む。それは、なつかしい潮の香りを含んでいた。
「海で泳ぎてぇ・・・」
(あとで直江に頼んでみよっか)
 そう考えて、たちまち高耶の気分は浮上したのだった。


* * *


「―――と、こういう話になっている」
 自分が不在の時に嶺次郎らが高耶の部屋を訪ねるかもしれないと思い、食堂へ行く前に口裏を合わせておこうと彼の部屋へ立ち寄った直江だった。
「本当に、大丈夫なんじゃろうな」
 直江から説明を受けた嶺次郎は、高耶へかけた暗示の影響を聞く。
「真実を話したところで、あの人の精神にダメージを与えるだけだろう」
「そうですね。今の仰木さんには、受け止められないでしょうから」
 中川は、内心ほっと胸をなでおろした。そんな自己保身の心に嫌悪を感じながら。
「・・・わかった。今はおんしの言うとおりにしよう。仰木の記憶が戻るまでおんしは仰木の世話役ということにする。仰木の治療に橘の力が必要じゃと、みんなにはわしからそう説明しちょく」
「頼む」
「それはわしのセリフじゃ。なんとしても仰木の記憶を取り戻せ。宇和島決戦までにじゃ」
 直江は無言で頷く。
 それを複雑な気持ちで中川が見つめていた。
 赤鯨衆にとって仰木高耶は無くてはならない人間だ。だが、この厳しい現実に再び彼を連れ戻すのかと思うと、胸に痛みを感じた。

―――このままでいる方が仰木は幸せなんじゃないかってさ・・・さっき思っちまったんだ。

 潮の言葉が頭をよぎる。もう少しだけこのままでいて欲しいと、それが許されない現状だと知っていても、そう願いたくなった。
「仰木のことは、わしらと一部の幹部のみに知らせる。あとは他言無用じゃ。情報がもれんように気を付けよ」
 強く言い含めるように嶺次郎は言った。こんなことが知れれば、決戦前に皆の不安をあおることになる。ましてや敵にこの情報がもれれば、チャンスとばかりに今日明日にでも攻め込んでくるかもしれない。情報漏洩はなんとしても防がねばならなかった。
「仰木は記憶がもどるまで、人目につかん場所にいてもらおうと思うちょる」
 ここには、口の軽いおしゃべりな人間が多いからな、と、嶺次郎は苦くつぶやく。しかも、全寮制の学校のような閉鎖的な空間のせいか、情報はあっという間に広がる。それを防ぐには、彼を人目に触れさせないようにするのが一番いい方法だった。
「その場所が決まるまでは、あやつを自室から出さないようにしちょけよ橘」
「わかっている」
 直江は、強く頷いた。



* * *


「おせーなぁ」
 朝食を取りに行った直江が、なかなか戻ってこない。
「腹減った・・・」
 気持ちがだいぶ落ち着いたせいか、高耶は今、猛烈な空腹に襲われていた。寝て起きただけにしては、ちょっと異常なお腹の空きかただった。
(昨日オレ、晩メシ食わずに寝たとか?)
 夜通し直江と激しい運動をしたことなど知る由もない高耶は、首を傾げる。
 その時、ドアをノックする音がした。と同時に、勢いよくドアが開かれる。
「おせえぞ!どんだけ待たせ・・・」
「隊長!おはようございまっす!」
「?」
 そこには、待ってた人物ではなく、高校生くらいの見知らぬ少年がいた。
 やや脱色ぎみの明るい髪に、誰かを思い起こさせる派手な柄のTシャツ。足元を見れば膝の破れたジーンズをルーズにはいていた。年は高耶と同じくらいのようだ。正しくは「4年前の高耶」とだが。
(うるさくて生意気そうなヤツだな)
 これが、その少年――楢崎に対する高耶の第一印象だった。
「あの・・・遅かったっすか?」
 無言のまま、自分をジロジロ見つめる不機嫌そうな高耶に、楢崎は表情をこわばらせた。 いつもなら「おはよう」の挨拶くらいあるのに、それすらも無い。虫の居所がすこぶる悪そうだった。
「ええと・・・これが昨日頼まれてた資料っす」
 高耶の前に、分厚い封筒が差し出された。
「あの・・・隊長ぉ?」
 受け取る気配がない。
「・・・その机に置いといてくれ」
 しばしの沈黙のあと、やっと高耶は口を開いた。
(ここで「お前は誰だ?」と聞けば、あの武藤とかいうヤツの時と同じ目に合うかもしれない・・・)
 登場の仕方といい、嫌なデジャヴュを覚えた高耶は、あたりさわりのないセリフを選ぶことにした。
「あ、ハイ・・・」
 いつもなら高耶は、その場でざっと目を通して中身を確認するのが常だった。違和感を感じながらも楢崎は言われた通りに封筒を置く。なんだかわからないが、間の悪い時に来てしまったようだ。
「えっと、それじゃあこれで失礼しま〜す!」
 触らぬ神に崇りなし。早いとこトンズラしようと楢崎は足早にドアに向かった。が、その背中に声がかけられる。
「お前、朝メシは食ったのか?」
「え?あ、えっと、窪川出る前に一応パンかじってきたっす」
「・・・・・」
 またもや沈黙してしまった高耶に、楢崎はおそるおそる問い掛けた。
「あの・・・朝一で必要って言ってたっすけど時間大丈夫っすか?」
「予定が変ったんだ。それより腹減ってないか?パンだけじゃ足りねーだろ?オレも今から食うところだから、一緒に食堂に行かないか?」
 その顔には、先ほどまでの仏頂面は消えていた。そればかりか、かすかに笑顔を浮かべている。
「いいんすか?!」
 ぱあああと楢崎の顔が輝いた。
「ああ。案内してくれ」
「は?」
「何でもない。行くぞ」
 高耶は、さりげなく楢崎を先に歩かせて食堂へ案内させる。
(直江が来るのを待つより、自分で行く方が手間もかからなくていいだろうし、もし部屋に向かってるところなら、たぶん途中で会えるだろう)
 とにかく高耶は、空腹の限界だった。


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作文ができなくなってしまった。(汗)ノートに下書きもあったのにね・・・奮闘してます。
まあ、それもそのはず(?)1ヶ月以上も小説書いてませんでした。(あちゃ〜)設定自分でもわすれてるし。
ならっちの描写は、私の想像です。だって原作に詳しくかいてないんですもの・・・(ないよね?)
2005.4.18 up