◆ 2 ◆「あ、来た!ここよ〜!」
満開の山桜の木の下で綾子が手を振っている。
満面の笑顔だ。
すでにレジャーシートが広げられ、地酒や地ビール、笹寿司やわっぱ飯、かんずり漬け、旬の本鱒の味噌漬けに塩漬け、いかの沖漬けにいかの塩辛、鮮魚の刺身、胎内牛のステーキ、まいたけの天ぷら、三角ちまき、笹だんご・・・等々、新潟特産品がずらっと並び、さながら物産展のようだ。
ビールや刺身は、わざわざクーラーBOXに入れて運んできたらしい。
強制労働をさせられ腹ぺこの千秋がつまみぐいしようとして綾子に怒られている。それを笑ってなだめる色部。その輪の中に高耶と直江が加わった。
---夜叉衆の花見のはじまりである。
「じゃあ、ここはやっぱり大将に乾杯の音頭をとってもらおうぜ」
みんなの手には酒の入った紙コップが渡ってある。酒はもちろんというか「銘酒 景虎」だった。
「よっ大将!ビシッと決めろよ!」
「景虎〜!『冥界上杉軍総大将の上杉景虎』風によろしくね!」
そのリクエストに高耶は、照れたような不器用そうな笑顔を浮かべ、みんなの顔を順に見回してからカップを持ち上げた。
「400年、ご苦労だった。・・・みんな、よくやってくれた。ありがとう」
ゆっくりと、ひとこと、ひとこと、かみ締める様に語りかける。
「今日をもって冥界上杉軍・夜叉衆は解散する。オレたちの400年に・・・」
「カンパーイ!!」
それぞれのカップを高々と上げて歓声があがる。
紙コップのぶつかり合う、コツンコツンというやさしい音が響いた。
「高耶さん、あまり飲みすぎてはいけませんよ」
どこかで聞いた直江のなつかしいセリフに、
「お前なあ、オレもう20だっつーの。子ども扱いすんなよ」
拗ねたような、でもちょっと嬉しそうな高耶の顔。
「そうよ〜花見で酒飲まないでいつ飲むってのよ!ほら直江もぐいぐいいっちゃって!!」
「お前はいつでも飲んでるだろうが」
あきれ顔でつっこむ直江に、笑いながら豪快に酒をつぐお祭り好きの綾子。
「あっ!何あんた一人でバクバク食べてんのよ!!」
「こんなもん早いもん勝ちだ」
奪い返そうとする綾子のはしをかわして、ふふんと鼻で笑う、でも高耶の好きな刺身には手を出さない素直じゃない千秋。
「すきっ腹に飲むと体によくないぞ晴家」
わが子の面倒をみるような世話焼きの色部。
『仰木高耶』が夢に見た光景がここにあった。
「長かったな・・・」
高耶がポツンとつぶやいた。
「こんな結末になるなんて・・・思わなかった」
「ええ・・・」
いろいろありましたね。と、直江が感慨深げに答える。
「ああ、本当になぁ。無事に終わってよかったぜ。おまえら一体どこ行く気かと思ったぜ」
千秋が鱒をほおばりながら言う。
「本当本当、マジあんたたちやばかったもん。監督に『幸せな結末にしてください!』って言っても取り合ってくれないし、あんたらに直接意見言おうにも、会わせてもらえないしさ・・・」
榛原はキャストらに、オフの時でも役を離れて会うことを禁じていた。
役上の人物が知りえない情報は、それを演じるキャストらにも知らせない。高耶に会うことができない環境にあるなら、現実でも会うことを許さない。そういう意味で一番つらかったのは、綾子や色部かもしれない。
「2人とも・・・強くなったな。いや、晴家も、長秀も・・・みんな、大きくなった」
「色部さん」
「おやっさん」
「色部さんには・・・本当にお世話になりました。勝手なことばかりした私を受け止めてくれました。感謝しきれません」
直江が頭を下げた。
「おやっさんは、貧乏くじばっかり引いてたよなぁ。最期も気がついたら消えてたし。ナレーションでさらっと事後報告は無いよなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・時間の関係上しょうがなかったんだろう。私は気にしてない」
実はちょっと気にしてたようだ。冒頭の沈黙が物語っている。千秋はあせってフォローに入った。
「だ、だいたい景虎の臨終シーンが長げーんだよ。星の話なんて悠長にしてんじゃねー!」
高耶がうっと酒にむせかける。その代わりにか直江が反撃した。
「長秀!あのシーンをもっと削れというのか?!あれでも足りないくらいだ!!削るならイカ焼き食ってるお前のシーンでも削ればいいだろう!」
「なんだと?数少ないオレの出番を減らす気か!千秋ファンが泣くぜ?」
酒のせいか白熱してきたふたりの間にまあまあ落ち着け、私のことは気にするなと繰り返す色部はやっぱり人がいい。
「そういえば私も最後、事後報告だったわ」
綾子がぼそりとこぼす。
「旦那のセリフで処理されてたよな」
「処理って何よ!本当は病院の回想シーンが入る予定で撮影もしてたのに、カットされるって聞いてがっかり」
「でも、ねーさん、あれって高坂が演じてるんだろ?」
その時の綾子の霊魂は高坂の体に入っていたので、演じたのは当然高坂本人だ。
「そーそー。あいつのおネエ言葉面白かったのに残念だわ」
「・・・それは残念だな」
いろいろ苛められた直江は強く同意する。
「でもさ、あそこであのシーンを入れると、下手するとシリアスからコメディになんね〜?」
高耶が、そのシーンを想像してプッとふきだしながら言う。
「だからカットしたんだろ。てゆーか榛原のやつ、はなから使う気なかったとみたね。オレは」
「え〜?じゃあなんのためにわざわざ撮影すんのよ?」
「余興」
「・・・・・」
あの監督ならありうるかもしれない。彼には人を食って楽しむ嗜好がある。
「それにしても無茶苦茶な監督だったわよねぇ。私なんて織田の捕虜になってる時、本当に監禁されてたんだから!1ヶ月も!晴家の心境を体感しろって・・・よく考えてみれば犯罪よねぇ?」
「よく考えなくても犯罪だろ」
千秋がつっこむ。
「そんでやっと開放されたと思ったら、景虎は怨霊の仲間になったっていうし、もう何がなんだか大混乱よ!」
監禁中は、撮影状況も何も一切の情報は与えられなかった綾子にとって、青天の霹靂どころか天地がひっくり返ったような衝撃だったにちがいない。
「ねーさん・・・心配かけてごめん」
謝る高耶に、あんたが悩んで選んで進んだ道だから、と綾子は微笑みかける。
「にしても、こんな展開になるとはな〜元々サイキックアクションで派手にドンパチやって、さっさと終わる予定だったらしいな。監督も実験的にちょっとやってみようみたいな軽いノリだったみてーだし」
千秋は『八海山』の封をあけながら言った。つかさず綾子のカップが差し出される。
「ああ、監督もまさか3年ものの大作になるとは思ってなかったらしいな。思いがけずいいものが出来たと礼を言われた」
直江が高耶の皿に胎内牛のステーキを取り分けてやりながら言う。
「直江の暴走がなければ、予定通りだったものね〜?」
綾子が意味深な視線を直江に送った。
「富山のあれか?」
千秋がにやにや笑って言う。
「あれは・・・びっくりした」
ステーキを頬張りながら、高耶が小声でつぶやいた。頬の赤みは酒のせいだけではなさそうだ。
「後でスタッフに聞いたけどよ〜脚本にキスシーンなんてなかったんだって?もう景虎大パニックだったよな、あの後」
千秋は赤くなってる高耶を軽く小突く。
「・・・監督に好きなようにやってみろと言われたんだ」
「で、暴走してったわけね?」
「猛獣の手綱を切るようなもんだな」
綾子と千秋に揶揄されて直江は憮然と答える。
「これがなければ、『本物』にはならなかった」
直江は高耶に視線を向けた。
「あの時は、驚かせてしまって申し訳ありませんでした。・・・私の身勝手な感情をぶつけて、傷つけてしまいましたね。でも、あの時から『直江』は本物になったのです」
そして、「本物」の物語へとなった瞬間でもあった。
これをきっかけに、『炎の蜃気楼』はゴールの見えない険しい道のりを行くことになる。
「まったく、おまえらのせいで3ヶ月の撮影が3年になっちまったじゃねーか」
迷惑も甚だしいぜと千秋が愚痴る。
「まあ、いいじゃないか。おかげで素晴らしい作品になったんだから。本当に、いいものを見せてもらった。お前たちを誇りに思う」
「色部さん・・・」
「けっ。おれはこの作品のせいで『三国一のお人好し』だの『いい人』だの言われるは、たまったもんじゃねーよ」
映画はもちろんまだ公開されてないが、キャストらやスタッフの間ですでに囁かれてる。公開されればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。千秋にとっては全く不本意な肩書きだった。
「あら、狂犬だとか生臭坊主とか人間男性器だとか注射男とか言われるよりいいじゃない」
「晴家!!」
「まあ、そうだけどな。女王様とか白い獣とかメスカマキリとかマゾで淫乱とか言われるよかマシか」
「千秋!!てめーー!!」
「高耶さんに失礼だろ!」
その発言も実は失礼である。
「ていうか、そのネーミングの発案者はほとんどだんなだろ?」
「そうえいばそうよね」
「直江・・・てめーよくも!!」
「た、高耶さん!いや、これは・・・」
メラメラと怒りの炎を燃やしている高耶に直江はあせって弁解する。
「それにしても、まさか18禁マーク付くことになるとはなぁ」
千秋が更に煽るようなことを言いだした。
「おまえら本番で本番やっちゃったってマジ?」
「・・・・!!!」
高耶の顔が見事に真っ赤に染まる。
「ええ〜あの噂本当なの?!」
うそぉ〜いやぁぁ〜!と綾子が黄色い悲鳴をあげている。とても嬉しそうだ。
「お前らがくっついたあたりのことは見てねーから、試写楽しみにしてるぜ♪」
「私も。ずっと囚われの身でその辺の話ぜんぜん知らされてないから楽しみだわvv」
うつむいたままの高耶の表情は見えないが、赤く染まった耳や首が見える。
撮影中は無我夢中だったが、冷静に考えるとものすごいことをやってしまったかもしれない・・・あんなことやこんなことや・・・
居たたまれなくなって、高耶はそばにあったビールをぐいっと飲み干した。
「高耶さん?!飲みすぎですよ!」
「うるせー!飲ませろ!」
そんなふたりを千秋と綾子が、やんややんやとはやし立てる。
それを色部が笑って見ている。
幸せの風景だった。
一度は失われたはずの・・・
(こんな日が来るとは思わなかったな)
千秋は笑いながらそっと、真っ赤になってる高耶を見つめる。
確かに一度は失ったはずだった・・・永久に。
あの日のことを思い出す。
この春日山で、直江と待ち合わせた時のことを。
2004.8.13 up越後の特産品で、春に食べれてなるだけ旬のものをと、探すのが大変でした。
たぶんこんなとこだと思います。ああ腹が減ってきました。魚介類食べるなら冬が一番なようですね。
あと、春日山に桜の木はあるのか?とか、ネットで一生懸命探してました。
一応ありました。山桜の若木を地元の人が毎年植樹してるようです。
場所はもっと下の方みたいですが。(春日山城址の石碑のあたりには無いみたいですがフィクションてことで)
にしても、クーラーBOXを山頂まで運ぶのは大変そうですね。
(刺身は譲れなかった)千秋と色部さんが運ばされたのでしょうか。
私ならやってそうです。高耶さんへの愛と萌えパワーで。