カーテンコール 3



 ◆      3      ◆
 
 
「ハイキング向きな格好とはいえねーな」
 久々に見る黒スーツ姿の直江を見て言った。
 喪服だという黒のスタイルは、今、もうひとつの意味を持つ。この先も脱ぐことはないだろう。彼のために・・・それは殉教者の衣だった。

 直江の決意を聞き、何も言うことができなかった。
 驚きと共に、だが、すべてがストンと心におさまった気がした。
 こういうやつらだったよな。こういう生き方しかできないやつらだった。だからこそ、この俺が400年も振り回され続けたんだ・・・
 この先の、想像を絶する永劫とも思える時を思うと、何とも言えない気持ちになる。だが直江の、なんの気負いもなく、おだやかで、誇りに満ちた揺ぎ無い眼差しを見て、こいつなら大丈夫だと、そう思えた。・・・見届けたと思った。

 直江とわかれてしばらくの間、明けてくる空と照らされてゆく平野を眺めながら、様々な思いに浸っていた。でもそれらはすべて過ぎ去った風のようなもの。
「さ〜て、今日もがんばるとすっか!」
 ひとつ伸びをして、振り切るように春日山を後にした。
 ---その帰り道、千秋は「彼」と衝撃の再会を果たすことになる。


 「やあ、久しぶりだね。千秋」


 春日山を下りきったあたりで、聞くはずの無い声に呼びかけられた。
 どんぐり眼の柔和な顔立ちの青年が木漏れ日の中で微笑んでいる。・・・成田譲だった。
「成・・・田?」
 驚きに立ちすくんだ。
「お前・・・何で・・・」
 その時、目をむく千秋と譲の間に突風が吹いた。まき上げられた砂に千秋は目を覆い、そして・・・そのあとのことはよく覚えていない。
 ただ、たゆたう浮遊感を感じ、なにか大きな流れにのまれ、形をなさない様々なものが高速ですり抜け、時には自分をまとい、剥ぎ取られ、やがてひとつのものへと構築されていった感覚だけは覚えている。



 次に目を開けた時、世界は変わっていた。
 景虎がいて、元気な晴家もいて、色部もいて、直江もいた。
 平和な日常・・・それがあたりまえのように存在していて、そしてその中であたりまえのように生活している自分がいる。
 (何かこういう小説ってあったよな・・・エイリアンに化かされる話だったっけ)
 雄大なアルプスを望む贅沢なボロアパートで寝転がって考え込む。
 (どっちが夢だろうか?)
 ---その真実は、玄関の古びたブザーの音とともにあらわれた。

「覚えているよね?」
 ドアの向こうには、高校の制服を着た成田譲がにっこりと微笑んでいた。
「・・・どういうつもりだ?」
 その瞬間・・・千秋にはすべてがわかった。


 *   *   *


「どうやったのかは知らねーが、お前が何をやったのかはわかった」
 千秋はため息をひとつつき、長めの髪---失ったはずの『千秋修平』の宿体の髪をかき上げて言った。
「世界を都合のいいように作り変えたんだな?」
 目が剣呑とした雰囲気をたたえている。
「すべて、なかったことにする気か?」
 譲の笑顔が消えた。
「・・・オレはただ、高耶に『仰木高耶』としての人生をプレゼントしてあげたかったんだ」
「だからって・・・!!」
 千秋は思わず声を荒げる。
「成田・・・それは・・・・景虎も直江も望まない。あいつらはぬるま湯に漬かって満足するようなやつらじゃねぇ!お前は・・・あの2人が、これまで、築き上げてきたものを、壊したんだ」
 譲を見据えて、一言一言、区切るように言う。譲の表情は変わらない。
「上杉景虎としての生はもう、あの天御柱で終わったんだよ。だから、仰木高耶としての平凡で平和な時間をあげたいんだ。学校へ行ったり、将来の夢を持って、好きな人と一緒に生きる、平凡でおだやかな人生を。400年間も影虎として過酷な生き方をしてきたんだから・・・これくらいいいと思わないか?千秋」
「景虎はあれで終わったわけじゃねぇ!!」
千秋は怒鳴った。
「あのふたりの前にはまだまだ道がつながってたんだよ!お前だってわかっ」
「わかってるよ!!」
悲鳴のような声で答える。
「だけどもういいじゃないか・・・充分だよ、もう。あの時、あのふたりは最上の場所を見つけたんだ。そこへたどり着く方法を。あとはそこへ行くだけ・・・直江さんは必ずたどり着くよ。それは・・・オレが知ってる」
「成田・・・」
 時空縫合のできる譲には、見ることができるのだろう。・・・その約束の時を。
「だから、もういいじゃないか。新しい『仰木高耶』の人生をスタートさせても。人は皆そうだろう?ひとつの生を終えると、転生して新しく生まれ変わる。転生のかわりにオレがリセットさせてあげた。それだけだよ」
 千秋は黙り込んだ。
 成田の言い分もわかる。
 千秋自身、景虎の代弁者気取りで怒りをぶつけながらも・・・心のどこかでこの世界を喜んでいる。
 (こういう道があってもいいんじゃないか?)
「・・・だけど、それは、本人たちの意思を聞かずに・・・勝手にしていいことじゃない」
 千秋は自分自身に言い聞かせるように言った。
「高耶は・・・直江さんは、心のどこかで望んでいたはずだよ。本人たちに選択を迫れば、きっと迷う。でも・・・やっぱりこの世界は望まないだろうけどね」
 譲は少しうつむいて苦笑する。
「じゃあ・・・なんでわかっててお前は」
「オレが望んだから」
 顔を上げてきっぱりと言い張る。
「なっ?!」
「理由はそれだけで充分だよ」
「お前!!」
「本人たち記憶なくなっちゃうんだし」
 先ほどまでの悲壮さはどこへいったのか。言葉の出ない千秋に無邪気に笑いかけながら言う。
「まあ、例え記憶を取り戻すことになったとしても、戻せとは言えないはずだよ。だってこの世界にはAPCD患者はいないんだから。もう一度あの苦しみを味わえとは・・・被害者たちに言えないよね?高耶は優しいから」
 (この・・・悪魔め!)
 千秋は譲の笑顔を睨みつける。
「そんなに睨まないでよ。どっちにしてももう戻すことなんて無理だよ?大変だったんだからね。過去に潜って、修正したり補足したり。高耶の霊魂を回復させるのが一番難しかったなぁ。・・・矛盾を無くして、つじつま合わせて、やっとなんとか高耶の高校時代の「現実」を作り上げたんだから。なんか小さな端切れを集めて巨大なパッチワークでもしてるみたいだったよ」
 どこか自慢げに苦労話を披露する譲。・・・千秋は、改めてミロクの力を思い知らされた。
 頭を抱えてしまった千秋に、譲はこんな提案をする。
「もう取り返しがつかないんだからさ、これからみんながどう幸せに生きるか、前向きに考えようよ。千秋」
 恐ろしいほどの明るい笑顔で、固まってる千秋の肩をポンと叩く。千秋はめまいがした。
「なんで・・・オレだけ記憶が残っているんだ?」
 しばらく無言だった千秋が、ふと浮かんだ疑問を口にする。
 記憶さえなければ、こんなに悩むことなく『いつもの何も変わらない日常』で楽しく暮らせたのに。
「いっそのことオレの記憶も消してくれ」
 そう、投げやりなセリフを吐く千秋に譲は言った。
「話相手が欲しかったんだ」
「はぁ〜?」
「あの世界のことを話せる相手がね。千秋なら適任だと思ってさ」
「・・・・」
「千秋くらいキャパシティが大きくないと、飲み込めないだろう?」
千秋はため息をついた。あきらめと、お手上げのため息だった。
 (全く・・・)
 確かに今は混乱しているが、オレなら過ぎたことは過ぎたこととして処理して、新しいこの平和な世界でそこそこ楽しく生きていけるだろう。
「もう・・・勝手にしてくれ」
 そう言って天を仰ぐ。
「まあ、すべて無かったことにする気は無いけどね。千秋も協力してね」
 そう意味深な発言をする譲に、「今度は何をする気だ」と口をはさみかけた千秋だったが、それはさえぎられた。
「あっ!!もうこんな時間だ!今日は高耶に勉強教える約束だったんだ!」
 聞けば、高耶と譲は現在高校2年生だという。松本で直江が景虎に再会したのと同じ時期らしい。
「そうそう、その宿体に一応情報は入れてあるはずだけど、千秋はもううちの生徒じゃあないからね。どうしても学校来たかったら、また催眠暗示かけてからにしてよ。記憶があるなら力は使えるはずだから。それから直江さんと綾子さんは千秋の友人、色部さんは知り合いの医師。千秋と高耶とはガソリンスタンドで顔馴染みの店員と客の関係で、高耶が夜叉衆メンバーで知ってるのは千秋のみ。高耶と直江さんはまだこの世界では出会ってない。ということでよろしく!また連絡する。じゃね!」
 靴ひもを結びながら早口で説明した譲は、いそいそと嬉しそうに玄関を出て夕日の中軽やかに走って行った。
 その長く伸びる影が去るのをぼんやり見送ってた千秋は、あることに気づく。
「・・・つまり、オレがあのふたりのキューピッド役になれと?」
(なんでオレがあの2人を紹介しあわなきゃなんねーんだ!冗談じゃねえ!)
「あ〜あ〜。やってらんねーぜ」
 八つ当たり気味にドアを閉めると、部屋に突っ伏しるように寝転がってふて寝した。

---その譲が更なる爆弾発言を投下したのは、その数日後である。


 *   *   *


「映画を作ろうと思うんだ」
 そんな第一声から始まった。
「・・・はぁ?」
 千秋の目が点になる。
「高耶や直江さんの歩んだ物語をさ、全部本人が演じたらどうかと思って。そのつもりで赤鯨衆の主要メンバーも蘇らせておいた」
「・・・・・」
 (蘇らせておいたって・・・その「体」は一体どこから・・・)
「足りない分はちゃんと補充しといたから現代人も無事だよ。安心して。まあ多少容姿が変わってる人もいるけどね。映画のストーリーを変えるような変貌ではないから大丈夫だよ」
 千秋の言いたいことを察し、譲が答える。
「・・・・・」
 千秋は深く考えないことにした。
「で、映画が何だって?何考えてんだ?素人がどうつくるってんだよ」
「もう種は蒔いてあるんだ。とある監督から近日中に関係者全員に出演以来が来ることになってる」
 なんでも、ストーリーの初期設定とキャスティング、映画の撮影方法など、その監督に暗示をかけておいたらしい。もちろんスポンサー斡旋への裏工作も完璧だ。
「あとは、あの榛原監督に任せておけばまちがいないと思うよ。そういうわけで千秋も出演してくれるよね?」
 そういって、またにっこりと微笑んでくるが、その目は笑っていなかった。口元だけの笑顔が恐ろしい。・・・千秋は反射的に頷いてしまった。
「ありがとう!あとのメンバーもオレが必ず首をタテに振らせるから安心してね」
「マジかよ・・・」
 譲は本気らしい。
それからしばらく映画のタイトルや構想について譲は熱く語った。
「・・・でさ、考えたんだけどタイトルは『炎の蜃気楼』なんていいかなと思うんだけど」
「おい」
「撮影は年単位になるだろうな」
「おい、成田」
「ん?何千秋?」
夢中に話す譲をしばらく無言で見ていた千秋は、疑問を口にした。
「・・・なんで今更あのドロドロぐちゃぐちゃの話を再現しなきゃねんねーんだ?新しいスタートを切るんじゃなかったのか?」
なんでこの平和な世界で再現する必要があるんだと。
「ああ、それはね」
譲は真摯な面持ちで言う。
「あの未来は消えたわけじゃないから。この先どんな未来へと進んでゆくのかは、今を生きる人たち次第なんだ。だからあの高耶のメッセージは伝えるべきだと思う。そうしないと、高耶に怒られちゃうしね・・・」
「まあ、そうだな・・・」
千秋はちょっと譲を見直した。・・・次のセリフを聞くまでは。
「実を言うとさ、この先の遠い未来のことなんて俺はどうでもいいんだ。破滅しようが滅びようが」
「おいおい・・・」
千秋は頭を抱えた。
「でも、オレは高耶が悲しむところは見たくないんだ」
「成田」
「それに」
 問うような視線を向ける千秋に、譲は、今度は本当に笑って言った。
「こんな物語を誰も知らないなんて、もったいないじゃない?」

---こうして、「炎の蜃気楼」の映画制作がスタートしたのだった。


BACK     >NOVEL TOP    >NEXT


 この、千秋と譲の会話は私の中の葛藤の声です。ある意味自分との戦いのような話。
途中、千秋のセリフに言い返せなくって、泥沼にはまってしまったりしてたんですが、
譲のあのセリフで万事解決しました。「私がそう望んだから」。同人の醍醐味を味わってます。(笑)

全部無かったことにしてしまうのは、やっぱり悲しいので、こんな展開にしてみました。
だって、「こんな物語を誰も知らないなんてもったいないじゃない?」。
キャラに私の代弁をしてもらってます。
できるだけ納得できるように・・・と、諸々の説明を入れるのが大変です。(^^;)
 ところで文章とかどうなんでしょう?今回ちょっとダダッと詰め込んだ感じかも。
2004.8.13 up