カーテンコール 4



 ◆      4      ◆
 
 
「・・・あき!・・・千秋!!」
「んあ?ああ、何だ?」
千秋は”現実”に戻された。目の前には怪訝そうな高耶の顔がある。
「何だはこっちのセリフだ。なにボーっとしてんだよ」
「ああ、まあなんだ・・・美しい思い出にひたってただけだ」
高耶は更に訝しげに千秋を見る。過去に浸る様なキャラじゃねーだろと言いたげだ。
千秋は、そんな高耶の頭をくしゃっとかきまぜた。
「何すんだよ!」
「いや〜よかったなぁと思ってだなぁ」
「何がだ!うわ、やめろって千秋!」
千秋は更に高耶の頭をぐりぐりとかきまぜる。
「ほんとになぁ・・・」
ひとつつぶやいて、ぽんっと高耶の頭を叩き、千秋は笑った。
「・・・なんだよ。気色わりーな」
「べっつにーー」
「?」
何が何だかわからないという顔で、高耶は鳥の巣になった自分の頭を撫で付ける。
その時、千秋の視線が高耶の左腕で留まった。
「お前それ、あのブレスレットか?」
「ん?ああこれ?」
高耶は、自身の左手首にはめられたシルバーのブレスレットを見る。
「・・・直江にもらった」
精一杯のポーカーフェイスをよそおって答える。でもその愛しさに満ちた瞳は隠せない。
「あいつ、わざわざ特注で同じのを作らせたんだって。あきれるよなぁ」
伏目がちに、照れ隠しの不器用な笑顔を作って高耶は言う。
「・・・・・」
(おまえのそんな顔を見られるんなら、あの旦那は10でも100でも作るぞ)
千秋は内心だけでつっこみを入れた。
「しかし、よくできてるよなぁ」
千秋はまじまじと眺める。まあ、直江が作らせたんなら寸分の違いもないだろう。
「本当にそっく・・・り・・・」
ブレスレットを凝視したまま、千秋はそこで言葉をとぎらせた。
---そっくりだった。「あの時」のものと。

映画で使われたブレスレットは、撮影上の都合からワンタッチで装着できる留め金式のものだった。だが、今高耶が付けているブレスレットは、ネジで留めるタイプのものである。それは、「あの時」高耶がしていたブレスレットと・・・後に桜の木の枝で光ることになったあのブレスレットと全く同じものだった。「あの時」千秋が見たそれは、薄汚れていて痛んで歪んだものだったが、記憶は確かだ。
なぜそれを今、高耶が手にしているのか・・・なぜ直江が、わざわざ撮影で使った「本物」とは違うものを作らせたのか・・・千秋はその意味を考える。
(まさか・・・)

ゆっくりと、千秋がブレスレットから視線を上げると、じっと自分を探るように高耶が見ていたのに気付く。
表情は、ない。でもその目は、何かを潜ませた深い闇夜のような色だった。
「・・・何もかも、そっくりだろう?」
高耶が言う。
「ああ・・・」
千秋が答える。
---確認はそれだけで充分だった。
「直江にもらったんだって?」
高耶がうなずく。
「そうか・・・」
(直江もか・・・)
・・・考えてみれば思い出さない方がおかしいのかもしれない。
あんな魂に深く刻み込んだ記憶を、もう一度なぞらせるようなことをしたのだから。
「・・・よかったな。まあ、幸せになれよ」
「もうなってる」
「へいへい。ごちそーさん」
千秋は、あふれる思いをごまかすために大きく空を仰いだ。
その顔に紙ふぶきのように桜の花びらが舞い落ちてくる。祝福のファンファーレの音も聞こえてきそうだった。


「なあ〜に、2人でしんみり語り合ってるのよ。ほら景虎、コップ貸して!空じゃないのよ!」
いつの間にか、さっきまで色部にからんでいた綾子が目の前で一升瓶片手に仁王立ちしていた。
「さあーーじゃんじゃんいこーー!」
そう言って、高耶と千秋の空いたカップに強引に酒をついでいく。
傍らでは、綾子に開放された色部が苦笑いしながら、同情の視線を送ってきていた。それに同じように苦笑いを返しながら、高耶と千秋はありがたく綾子の注いだ酒をいただいた。


「そういや旦那はどうした?さっきから姿が見えねーけど」
千秋はあたりを見渡す。
「はぁ?長秀あんたさっき何聞いてたのよ。直江は今、赤鯨衆メンバーを迎えに行ってもらってるんじゃないの」
「げっ!あいつらも来るのか?!」
千秋は、さも嫌そうに反応した。
(この晴家にあいつらが加わればどうなることか・・・)
「あいつらと会うの久しぶりだよなぁ」
それとは反対に、高耶の顔はほころぶ。
「なによ長秀、嫌そうね。今日は東西酒豪対決なんだから、あんたも参加すること!負けないわよぉ〜!」
意気込む綾子を見て、千秋はため息をついた。このあとの馬鹿騒ぎが目に見えるようだ。
「でもねーさん、もうすでにだいぶ飲んでんだろ?不利なんじゃねーの?」
「ほほほ、こんなの食前酒よ。これくらいハンデよハンデ」
けらけらと笑う綾子に全員お手上げだ。
「晴家・・・ほどほどにな」
「どうでもいいけど、自力で下山しろよ」
「だぁいじょうーぶよぉ♪まっかせ〜なさ〜い!」
色部と千秋がたしなめたところで、もはや暖簾に腕押し状態であった。
「ねーさん、ほら水。ちょっと酔い覚ませよ」
しょーがねーなぁと、高耶は水を注いだコップを差し出してやった。
「景虎ぁ〜!やっぱり景虎って優しい〜!」
そんな高耶に綾子はタックルするように抱きつく。
「うわっ!ねーさん!」
「甘やかすなよぉ〜大将」
千秋のあきれ声が飛ぶ。
「え〜い!直江のいない間にいっぱい触っちゃえ〜」
綾子そのまま、直江が居ないことをいいことに、ぎゅうぎゅうと高耶を抱きしめた。
「うわっ!こら、水がこぼれるって!」
顔を赤くして慌てる高耶を、きゃらきゃら笑いながら綾子はめいいっぱい抱きしめてやって、その頬にキスまでくらわせる。
「なっ!ねーさんやめろって!」
照れて真っ赤になる高耶を更に笑って、もう一度ぎゅっとだきしめ、そして、そっとささやいた。
「幸せになってね・・・景虎」
その声だけは、酔いを感じない真剣なものだった。
「・・・うん、ありがとう」
高耶は綾子の背にそっと手を置き、優しく叩いて言った。
「晴家、おまえも幸せになれよ」



 「おお〜い!仰木〜!!」
しばらくすると、遠くから懐かしい声が聞こえてきた。武藤潮である。嶺次郎や中川、兵頭、卯太郎の姿もあった。
「おう!死んだわりには元気そうじゃの、仰木」
快活に笑った嶺次郎が言う。
「怨霊に言われたくねーな」
立ち上がって迎えた高耶も笑って、互いの拳と拳を軽く打ち合わし、そして肩を抱き合った。
「また会えたな・・・嶺次郎」
その高耶の背に、どんっと何かがぶつかった。
「仰木さん!仰木さん!!」
振り返ると、卯太郎が泣きながら抱きついてきていた。
「卯太郎、元気にしていたか?」
高耶が優しく声をかける。
「はいっ!仰木さんもお元気そうで、よかったがです」
卯太郎はあふれる涙をぬぐいながら言う。
「本当に健康な体になれてよかったがですねぇ」
卯太郎のとなりでは、おだやかに微笑む中川の姿があった。
「ああ、全くの健康体だ」
高耶は笑う。あのころには見れなかった純粋な笑顔だ。
「おっ!いっただき〜」
潮がチャンスとばかりにシャッターを切る。
「・・・おまえも、相変わらずだな」
そう言ってあきれ顔を向けた高耶を、更に写真におさめる潮に高耶は頭を抱える。
「おまえなぁ〜」
「今度オレ、個展開くんだ。お前も絶対見に来いよ」
「・・・ちょっと待て。まさかオレの写真もあるとかいうんじゃないだろうな」
「お前の写真以外に何があるんだ」
きっぱりはっきり潮が言う。
「武藤てめぇ!!」
「仰木隊長、おひさしぶりです」
抗議しようと口を開いた高耶に、静かな声が呼びかけた。
「兵頭」
一歩さがった場所から見ていた兵頭が、頃合を見て近づいてきていた。
すっと差し出された手を見て、高耶は力強く握手をかわす。
「兵頭、あの時はありが・・・」
「そんなことを言う必要はありません」
高耶の言葉を遮って兵頭は言った。
「わしが、そうしたかっただけです」
「兵頭・・・」
「あれは・・・穏やかな死でした」
一呼吸おいて、つぶやくように言う。
「そうか・・・。ならよかった・・・」
兵頭の中で何かが大きく変わったようだった。
この現代世界では、「解死人」などというものは勿論ない。だが、はっきり口にはしないが、兵頭はこの世界でも同じように虐げられて、死と隣り合った生き方をしてきていた。そうでなければ、あの映画は作れない。だから譲はそういう設定にしているはずだ。現に、あの世界の記憶が無くとも、兵頭のその「生」に対する執着は「あの時」と同じものだった。
その兵頭が、穏やかな死だったという・・・
「あの時」、傷ついた兵頭を置いて直江の元へ走った時のやりきれない悲しみが昇華されるように高耶は感じた。
あの世界はもうない。だけど、その痛みも悲しみも思いも確かに存在した。高耶はこの先もずっと、それらを抱えて生きてゆく覚悟だ。それは、すべての記憶が戻った時に誓ったことだった。だから、今こうして兵頭の言葉を聞くことができて救われる思いがした。

記憶を取り戻した時、高耶は譲と話をした。彼の気持ちもわかったが、それ以来複雑で行き場のない思いを抱えていた。
でもこうして、死んでいった仲間の今際の思いを聞き、その後生きていられたら見れたであろう、みんなの成長した姿を見ると・・・今はただ嬉しかった。もう一度生きるチャンスを与えられたことに、純粋に感謝したい気持ちになった。
「今」は「あの時」の延長上にある・・・そう思えたからだ。

この時高耶は、堅城な城が一瞬にして砂上の城のように崩れ去ったような喪失感から、もういちど立ち上がる気力を与えられた気がした。
この映画を作ることには、こんな意味もあったのかもしれないと高耶は思う。もしかしたら記憶が戻ることも計算の内だったのかもしれない。撮影後、オレがこんな風に思うことまで譲は考えていたんだろうか。
(全くあいつにはかなわねーな)
食えない親友に高耶は降参した。



「わざわざこんなとこまで来てくれてありがとうな」
高耶は、とりあえずみんなを座らせてねぎらった。
「ああ、もうひとり来ちゅうんじゃが・・・そろそろ来るころじゃき」
嶺次郎が後ろを振り返って見る。
「おっ、来たようじゃ。楢崎〜!はよぅ来い!」
「た・・・た・・・隊長ぉぉ〜」
「楢崎?」
なぜかひとりだけ大荷物を持たされた楢崎が、息絶え絶えに高耶の前に倒れこむ。
赤鯨衆の面々は笑っている。ここへ来る前に何かひと騒動あったようだ。
「この程度で根を上げてどうする。もう一度鍛え直すか?」
「ひ、ひどいっす〜」
笑いを含んだ高耶の声に、楢崎は泣きを入れた。
高耶は、楢崎の腕をつかんで起き上がらせてやり、ついでにと服についた木の葉やら泥まではらってやった。
いつになくストレートな優しさをみせる高耶に、楢崎は疲れも忘れてじーんと感動してしまった。
が、次の瞬間、危機迫った様子でハッ!とあたりを素早く見回す。
(今、背後に感じた悪寒は気のせいだったか・・・)
楢崎は、てっきりそこにいると思っていた人物の姿がないのを確認して、ほっと息をつく。
「どうした?」
「あっ、いや、何でもないっす!え〜と、橘さんはどこにいったのかな〜なんて」
「橘なら一服してから来るっちゅーて、途中で別れたき。そのうち来るじゃろう」
嶺次郎が答える。
(ということは、再会の時くらいは多少のことなら目をつぶってやるという意味だろうか)
黒の神官の恐ろしさを知る楢崎は、そう判断した。
見ると、直江不在の影響か、夜叉衆含めみんなの高耶へのスキンシップが必要以上に多いように思う。
「仰木〜こっち目線くれよ〜!」
「誰が向くか!」
「仰木さん、これ四国の土産ですきどうぞ食べてください」
「おっ美味いなこれ!」
「仰木〜!わしの酒が飲めんっちゅーか?」
「もう飲めねーって・・・」
「いや〜ん、景虎、ほっぺが真っ赤でかわいい〜」
「うわっ!ねーさん化粧が付くって!」
「隊長、水をどうぞ」
「あ、サンキュー」
「いくら健康になったとはいえ、飲みすぎはよくないですき。嘉田さんもほどほどに」
「って、何脈とってんだ中川」
「ああ、つい癖で。元私の患者ですき」
「おまえはほんと、男にもてるよな〜」
「うるさい千秋!」
「そういえば、昔からそうだったな」
「勝長殿まで・・・」
「ちょっとーー私は女よ!」
---高耶に群がるみんなの様子は、まさに飴に群がるアリのようだった。
楢崎もあわててその輪に入っていく。
「た、隊長〜!お酌させてください!」
「もう飲めるか!!」
「あ、じゃあこれどうぞ!すっげー美味し・・・」
「悪ぃ。もうさっき卯太郎からもらった」
「え〜と、寒くないっすか?よかったらこの上着を・・・」
「・・・それはお前の役目じゃない」
「隊長ぉぉ〜〜」

---赤鯨衆も加わって、春の宴はさらに盛り上がっていった。



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 とまあ、こんな感じにしてみました。あいかわらずご都合主義をひた走ってます。
高耶さんや直江がいつ記憶をとりもどしたのか、他にも思い出した人はいるのか・・・
それはご想像におまかせします。
楢崎のキャラがなんかちがってる気もしますが・・・気のせいということで。

そうそう、言い忘れてましたが、榛原監督は『赤の神紋』シリーズのキャラです。
2004.10.14 up