◆ 5 ◆
――ピーンポーン!
鳴るはずのないチャイムが鳴った。直江は、眉をひそめる。インターホンへ目を移すと、マンションのエントランスでなく玄関の方に赤いランプが点滅していた。すでに玄関前に来てるらしい。ここに直江はいることは、兄しか知らないはずだ。一体誰だろうか。
(用のある時は、携帯に連絡することになっていたはずだが・・・)
直江は携帯の着信履歴を確かめる。数件、女からの電話が入っていただけだった。
―――ピンポンピンポンピンポン!
焦れてきたのか、相手は激しく連打しだした。
―――ピポンピポンピポンポンポンポンポン!!
「誰だ!」
ドアの覗き穴から訪問者を見た直江は、思わずうっと声をもらした。
「直江さん、ここにいるんでしょう?浅岡麻衣子です」
黒いロングヘアに淡いピンクのコートを着た、清楚な顔立ちの女性がにっこりと微笑みかけている。その時、手の中で携帯が鳴った。見ると兄からだ。
「もしもし兄さん?」
「ああオレだが、実は今そっちに・・・」
「浅岡さんが来てるんですが」
「もう着いてたのか?いや、悪い。ついお前の居場所を教えてしまってな・・・」
「兄さん・・・」
直江は頭を押さえる。
「お前の居場所を教えないとここを動かないと、店の前で騒がれてな・・・変な噂が立ってうちの評判が落ちても敵わんから仕方なくだ。恨むなよ」
「それは・・・迷惑かけてすみませんでした」
「いや、お前のせいじゃないさ。なんとか波風立てずに上手くあしらってくれ。頼む!」
その切羽詰った声に、
「わかりました。なんとかします」
そう言うことしかできなかった。
「直江さん?いるんでしょう?開けてください。私凍えてしまいそう」
「勝手に凍えてくれ」という喉元まで上がった言葉を飲み込んで、直江はドアを開けた。会社の重要な取引先の娘ときては、邪険にはできない。
「メリークリスマス直江さん」
玄関に入るなり、麻衣子は満面の笑顔で大きな紙袋を直江に押し付けた。
「浅岡さん・・・こういうのは困ると言っているでしょう?」
「私、直江さんに喜んで欲しくて、一生懸命作ったんです。お口に合うかわかりませんけど」
紙袋の中身は、手作りケーキか。
「直江さん背が高くて大きいから、編むのもとても大変だったんですよ。暖かくなるように、たっぷり毛糸を使ったので寒い日に着てくださいね」
恐ろしいことに手編みのセーターもあるらしい。
「浅岡さん、これは受け取れません」
紙袋を返そうとするが、麻衣子は受け取ろうとしない。
「そんな!これは、私が好きでやってることなんです。遠慮なんてしないでください。受け取ったことで仕事上何か問題があるなら、会社の方にも、家族にだって絶対、私言いませんから!私・・・直江さんとは、親の会社とは関係なく、普通にお付き合いさせていただきたいんです!」
直江は、深いため息をついた。どうやったらそんな解釈ができるのか。
「では、会社も何も関係なく、私一個人としてあなたに言わせていただきます」
麻衣子は、期待をこめた目で直江を見上げる。
「私は、あなたとお付き合いしたくありません」
あえて「できない」ではなく「したくない」と言ってやった。麻衣子は目を見開く。
「・・・どうして」
「私には恋人がいます」
いないが、そういうことにしておこう。
「そんな!調査では特定の恋人はいないって・・・!」
「調査?」
直江は眉間に皺をよせる。麻衣子は、はっと口をつぐんだ。
「私のことを調べさせていたんですか?」
あきれた口調で直江が言う。
「だって私・・・あなたのことが知りたかったんですもの!直江さんは、私が何聞いても、いつもはぐらかして、本当のこと教えてくれないから・・・だから私・・・!」
「わかりました。本当のことを言います」
兄には悪いが、もう限界だった。
「私には心から愛している人がいます。あなたの好意ははっきり言って迷惑です。重要な取引先と摩擦を起こしたくなくて、今まで曖昧な態度をとってしまいました。その点は、悪かったと思っています。なので今、はっきり言わせてもらいます。私があなたを好きになることはありえません」
麻衣子は言葉を失った。見開いた目を潤ませ、しばらく何も言わずにじっと直江を見つめていた。
やっとわかってもらえたようだ。直江は清々した気分だった。
「そういう訳ですので、今後一切こういった真似はやめ・・・」
「私の気持ちを知ってて、なんでそんなひどい嘘ばかりつくんですか?!恋人なんていないんでしょう?!」
直江の言葉を遮って、麻衣子が叫んだ。恋は盲目とはよく言ったものだ。直江は、頭痛がしてきた。
「直江さんは・・・愛に臆病な人なんですね。でもお願いです。私の気持ちから逃げたりしないで」
眩暈までしてくる。
「だから直江さん、本当のことを言ってくださ・・・」
その時麻衣子は、奥から聞こえるかすかなシャワー音に気付いた。一瞬にして顔が強張る。その顔色を読んで、直江は言い添えた。
「今夜は、愛する人と一緒にすごしたいんです」
「そん・・な・・・」
「お引取りください」
紙袋を麻衣子に突き返す。
「嫌!信じない!!どうせ遊びなんでしょう?!恋人なんかじゃないわ!!」
「帰りなさい!!」
「そんないい加減な恋愛ばかりしてたら、直江さん一生幸せになんてなれないんだから!!」
泣き叫ぶ麻衣子と、玄関先で押し問答になる。
「ここにいれば、あなたが惨めになるだけです」
「嫌ァ!!」
「どうしたんだ?!」
割って入った第三者の声に、ふたりは振り返る。そこには、まだ髪から雫を落としたままの、バスローブ姿の高耶がいた。